鋼と黄金 −2−

 試合開始の合図とともに両者は構える。

 ディーノは愛用のバスタードソードを両手に持ち、刀身の根元を肩にかつぐようにして構え、後ろ足に体重をかけた広いスタンスを取っている。

 マクシミリアンは、自身のアルマである細剣エペを片手で持ち、その切っ先をまっすぐディーノに向けている。


 彼のアルマはナックルガードの部分に、かくとなる黄色の宝石だけでなく、色とりどりの小さな宝石を数多く散りばめた金細工がほどこされ、白いローブ状の魔衣ストゥーガは、金糸と銀糸による派手な刺繍ししゅうが施された、彼の姿を絵画にでもすれば『贅沢』というタイトルがぴったりだと誰もが思う事だろう。

 対峙している二人の距離はおよそ十メートル、片や黒ずくめの服に飾り気のない武器、片や白を基調に金と銀の派手な装飾が眩しい。

 勝利を確信しきった笑みを浮かべているマクシミリアン、対して表情を崩さないディーノ。

 こうしてみると実に対照的だった。


『両者、にらみ合っています。まずは探り合いかー?』

 シエルの実況が合図になったのか、マクシミリアンが動いた。

『現れ出でよ、黄金の剣たち』

 エペを振るマクシミリアンの周囲に集まるマナが、次第に形を作っていく。

 彼のアルマに近い形状をした十本の剣が、宙に浮いた状態で付き従うかのように取り巻いている。

「驚いて声も出ないかい? これこそが僕の魔術 "神に選ばれた輝かしき者ブリランテマクシミリアン"だ!!」

 声高に自分の魔術を歌い上げるマクシミリアンだったが、観客席もディーノも違う意味で絶句ぜっくしていた。

 自分の扱う魔術や戦闘スタイルに、自称じしょう他称たしょうにかかわらず異名いみょうを持たせるのは珍しくない。

 だが、わざわざ自分の名前を組み込む美意識びいしきは、高すぎる自己顕示欲じこけんじよくと相まって強烈な痛々しさを放っている事を、本人は気づいているのだろうか……。


『あ、あ~……センスって人それぞれだよね~。それは置いといて、アンジェラ先生。物を作る魔術って、便利すぎない?』

 シエルが素朴な疑問をアンジェラにぶつける。

 黄金を自由に作り出せるのなら、金貨でも作って一生遊んで暮らせる事だろう。

『そうでもないの。物質精製の魔術は《土》のマナが得意な分野だけど、本物じゃなくて限りなく近いマナでできた模造品もぞうひんなわけ。

 魔術士の力量によるけど必ず時間制限があるし、何より普通の精錬せいれんした金属はマナを持たないからすぐわかるの。だから《土》の魔術を使ってるみんな? 偽物の金貨を作って買い物したら捕まるからね?』

『というわけでしたー♪ さっすがマナ学の先生だね♪』

めても何も出ないよ? シエルさんはマナ学と算術で赤点ギリギリだったんだから、もうちょっとがんばること』

『生徒の成績バラさないでよー!! ん? でもそれだとアルマだって金属製だよね?』

『興味出てきたなら、シエルさんは今週末に特別授業しよっか?』

遠慮えんりょさせていただきますー!!』

 シエルとアンジェラの掛け合いに、観客席ではどっと笑いが起きた。


 だが、ディーノだけは周りがどれだけ騒がしくなろうとも、眼前がんぜんの敵だけを見すえている。

 真冬の湖中こちゅうを思わせるほどんだその目は、神経を逆撫さかなでしてゆがめたマクシミリアンの表情までも克明こくめいに写し込む。

「妙に落ち着いてるね? それとも悟ったのかい? 己の敗北を!!」

 マクシミリアンがエペをディーノに向けて振るう。

 作り出された十本の剣は、一斉にディーノへと向かって矢のように真っ直ぐ飛び、彼の敵意を上乗せしたかのごとく襲いかかる。

『マクシミリアンが動いたーっ! ディーノはこの攻撃をどうしのぐ!?』


 まくし立てるようなシエルの実況、しかしディーノはまゆひとつ動かさずに魔術をり上げる。

 胸元から紫のマナを発し、一拍遅れてディーノの力の根源が轟音ごうおんとともに天から呼び寄せられた。

 観客たちがそれを視認しにんしたのと、十本の剣がぶつかり合って砂煙すなけむりを巻き上げたのはほぼ同時だった。

「ふっ……これが格の違いというものさ」

 己が絶対的強者であることを微塵みじんうたがわないマクシミリアンの笑み。

 視界が戻る頃には、無様に横たわった下民の姿を見下ろす光景が広がっている確信を持ち、エペをカードに戻そうとしたが……。


「なっ……!?」

 その先には、何事もなかったように剣を持ったディーノの姿があった。

『な、なんとーっ!! 金の剣が炸裂さくれつして試合が決まったかと思われましたが! ディーノは全くの無傷ですっ!!』

 ディーノは意にも介さず再び剣を元の位置に構え直し、変わらずマクシミリアンを見すえるその目はこう語っているようだった。

『もっと、撃ってこい』と……。

「くっ……"まぐれ"は二度と起こらないぞ!!」

 今度は本数を二倍に増やし、さらに剣だけでなく、貫通力に秀でた"騎兵槍"や、重量と威力を持たせた"戦斧"と、精製する武器にバリエーションを持たせて再度攻撃を試みる。

「行けっ!!」

 再びディーノの真正面から武器たちが襲いかかる。

 自分の実力が圧倒的に上だと信じきっているマクシミリアンは、ディーノに対しても力でねじ伏せるという思考に支配されている。

 それゆえに左右、背後、真上と多方向から攻めて相手を翻弄ほんろうする発想が頭から抜け落ちてしまっていた。


 ディーノはひるむこともおくすることもなく、再び稲妻を剣に落とし、呼吸をするかのように、武器の大群たいぐんに向けて振り下ろした。

 再度、爆音が響く、今度はよりわかりやすく、観衆の誰の目にも止まるように、マクシミリアンの作り出した黄金の武器たちが、ガラス細工のように砕け散る光景をありありと見せつけた。

「な……なぜだっ!」

 信じられない、とマクシミリアンの表情は口に出さずとも語っているのがわかる。

 物質精製ぶっしつせいせいの強度は、マナの密度みつどが物を言う。

 純金の硬度こうどなど関係なく、黄金の武器が見かけ倒しにすぎない理由は、マクシミリアンの慢心まんしんに他ならない。


 至極しごく単純たんじゅんで、カラクリですらない答えだが、彼はそれを現実と受け入れることはないだろう。

「これならどうだっ!!」

 再び精製された武器たちが、今度はディーノを取り囲むように様々な方向へと軌道きどうを描く。

 このまま、乱心して無駄撃ちでもしてくれれば、それだけで終わっただろうが、作戦を切り替えるだけの余裕はまだ残していたようだ。

 だが、ディーノはあくまでも表情を崩さず再び構え、軸となる右足に力を入れた。

「今度こそ逃げ道はない! 終わりだ!」

 前後左右そして上、全方位から攻撃すれば、どこかしらは当たる。

 一撃で仕留めることよりも、じわじわとけずっていく方向にシフトしたつもりだろう。

 無数の武器がディーノに直撃するかと思われたその瞬間、右足を踏み切ってディーノは前に出た。


 自ら攻撃を受けに行くかと錯覚さっかくさせるその行動だが、さっしのいい者ならばそれが計算くだと気づくことだろう。

 マクシミリアンは武器の軌道を全てディーノに狙いを定めてある。

 対処できるのが一方向だけなら、それ以外からの攻撃は武器同士をぶつけてしまえばいい。

 直撃の寸前で移動することで、追尾ついびできたとしても方向転換するすきを与えず、正面の道さえ開けてしまえば、かわすことは可能だ。

『全方向から降り注ぐ武器の雨嵐! だけどディーノはお構いなし!』

 マクシミリアンは学園の同学年で飛び抜けていても、筋道すじみちを見すえて己をみがいた"本物"だけが持つ気迫きはくなどまるで感じられない、児戯じぎに等しいレベルだとディーノは確信していた。


 タイミングを見誤みあやまれば自分は背後か全方位から串刺しにされるが、才覚はあっても、それにおごり高ぶっているだけの男を恐れる理由など何もない。

 どれだけ武器の数が増えようとも、どんな軌道を描いて攻撃してこようとも、ことごとく打ち落として道を作り前進するディーノの姿は、さながら"戦車チャリオット"だ。

「バカな!? そんなバカな! ありえない、こんなことがあっていいはずがないんだぁぁぁっ!!」

 追い詰められたマクシミリアンは、自分を取り囲むように、黄金の盾を精製する。

 だが、会場の誰もが分かりきっている。

 ディーノは何度目かわからない稲妻を剣に落とし、叩き込まれた一撃にやすやすとその盾が粉砕され、転倒したマクシミリアンをかすめて地面に大穴を開けていた。


『決まったぁ!! 物凄いカミナリ! 物凄い一撃! 戦車の進撃を止められるのは誰もいないのか!』

「……ひっ! ひいぃっ……」

 仰向あおむけで倒れたマクシミリアンの顔は涙でひしゃげ、そのすぐわきにはディーノの剣が地面に突き立てられていた。

 ガクガクとふるえる彼のローブは股間に黄色のシミが広がり、アンモニア臭をかせる。

「ナマクラは、お前の方だったな」

 会場中が唖然あぜんとなった静けさの中、ディーノは短くつぶやくと剣を鞘に納めてきびすを返す。

 マクシミリアンは、己を支えていたものが全てズタズタに成り果てたのか、目を見開いたまま、あんぐりと開けた口はよだれをたらして失神していた。

「勝者、ディーノッ!!」

 審判の勝ち名乗りを合図に静寂が一転、大歓声となって会場を揺るがしていたが、その場から去って行くディーノの耳にはただの雑音でしかなかった。

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