鋼と黄金 −1−

 闘技祭の当日を迎えた日曜の朝、会場は晴天せいてんの下、大歓声だいかんせいにぎわっていた。

 どのような仕組みかはわからなかったが、グラウンドのあった場所にゴミひとつ落ちていない無機質むきしつ平坦へいたんなフィールドと、それをかこう観客席。

 それはさながら、王都の方にあるはるか太古たいこ闘技場とうぎじょう彷彿ほうふつとさせる風景だった。


『さぁ! 今年も始まりました春の闘技祭! 実況は高等部二年二組のシエルちゃんでお送りしまーすっ! そして、解説はあたしたちのクラスの担任、"四重奏カルテット"アンジェラ先生でーすっ!』

 自分のとなりに座る担任教師を紹介しつつ、シエルが短杖ワンド型のアルマを使って、会場中に景気けいきのいい声をひびかせていた。

 彼女の魔術は声や音を自在にあやつる、こう言ったことにはうってつけなのだろう。

 本人の明るさも相まって、会場をいい具合にわかせていた。


 中央のフィールドには五学年ごとにりすぐられた計八十人の生徒が並び、その中にはディーノの姿もある。

 客席から遠いからか、その姿はさほど奇異きいな反応は見られていないが、試合が始まればそうもいかない。

『そして〜、開会の言葉は学園長先生が送ってくれま〜す。できたら全校集会より手短にお願いしたいで〜す』

 シエルが露骨ろこつに気だるげな声色で紹介すると、八十人の正面に設置された壇上だんじょうに、十歳前後にしか見えない少女が現れた。

 長い髪はき通るような水色、金色の大きな眼はどこか生意気なまいきな態度が似合いそうで、すそを引きずってしまいそうな長さで体つきに合わないように見える白いローブ姿。

 一見すればただの迷子なのかと錯覚するが、ディーノもヴォルゴーレも彼女からはっせられる何かを敏感びんかん察知さっちする。


『ほう、どうやら只者ただものではないぞ』

(……師匠と同じくらいか?)

『かもしれんな』

 あれぐらいの実力者を相手にできるなら、ボロボロにされた敗北はいぼくでも意義いぎのあるものになるやもしれない。

「まったく、失礼なことを……。気を取り直して、学園長のシャルロッテ・オルキデーアじゃ! ここにならぶ者達よ。日ごろの成果を存分ぞんぶんしめすが良い! 選ばれなかった生徒達も、彼らを見ておのれかてとせよ!」

 シエルからの言葉が応えたのか、学園長と名乗る少女による開会の言葉は手早く済まされて壇上から去った。


『試合の前にルールの説明を行います。

 勝敗は選手の気絶きぜつや外傷による戦闘不能せんとうふのう試合放棄しあいほうき、および|戦闘続行不可能と判断した場合に審判しんぱんが終了させます。

 反則行為はんそくこうい、審判の指示の無視等は失格および、後日その生徒にはペナルティが課せられます。

 それではこれより、一年生から順番に試合開始していきます。他の出場者たちは一度ひかえ室にお戻りください』

 解説席にいるアンジェラにうながされて、会場の準備が進められていく。

 戦いの祭りが今始まった。



 一年生の試合が始まり、遠巻きに歓声が聞こえてくる。

 ディーノは試合に備えて、自身のバスタードソードを入念に手入れしていた。

 他の生徒達が持つアルマのような宝石もなければ、つかにもつばにも装飾そうしょくひとつほどこされていない無骨ぶこつ風体ふうてい、相手を斬りせるためにきたえ抜かれたはがねの刀身はにぶい輝きを放っている。

 八年間、師匠ヴィオレと出会う前から共に戦い続けてきた一振りだった。

 他にも試合を控えている生徒が何人もいるが、積極的に声をかけてくる者はいない。

 試合を前に準備運動をしている者もいれば、目を閉じて動かずに呼吸をとととのえている者、ディーノのようにアルマのチェックに余念よねんがない者と様々だ。


「やあ、熱心なことだね」

 かけられた声に対して振り向いた先にいたのは、長い銀髪のクラスメイト、マクシミリアンだった。

「何の用だ?」

「組み合わせは見なかったのかい? 最初の試合は僕と君だ」

 貼り付けられたような笑顔、だが瞳の奥に輝きはなく、える事のない敵意が燃えていることは明らかだった。

 ここ一ヶ月間は一方的にかたまれることもなく、鳴りをひそめていたが、今この時になって声をかけるということは、当人の中では終わっていないらしい。

「座学だけでここまで来れたことは、素直に賞賛しょうさんの言葉を送ろうじゃないか」

「何が言いたい?」

「実を言うと、君と当たることが出来て良かったと思っている。この僕が直々じきじきに君のペテンをあばくことができるからさ」

 どうやらマクシミリアンの中で、ディーノの魔術はそう言った認識のようだ。

 アルマを持たずに行使される魔術自体が、彼にとっては現実感のない代物だと言うことらしい。

 だが、こうして突っかかってくるもう本当の理由は一つしかないと断言できる。


「君のようなペテン師にだまされたままでは、アウローラが実に不憫ふびんだ。婚約者であるこの僕が直々にたたつぶし、彼女の目を覚まさせてやらねばならない!」

 大仰おおぎょう身振みぶ手振てぶりとともに、芝居しばいがかった口調でディーノを糾弾きゅうだんする。

 やはり、そこに行き着くかと内心でディーノはあきれていた。

 この男は、自分が世界の頂点であり、自分以外が自分の意のままに動くことが当然であると信じ切っている。

 高い地位にいればプライドや自信というものは下位の者を統率とうそつするために不可欠なのであろうが、行きすぎたそれは慢心まんしんという名の毒となり他者を攻撃する牙となる。


「君がどんな手を使って、アウローラをそばにおいているかは知らないが、僕が勝てば今後卑怯ひきょうなマネはやめてもらおう! インチキをそのみすぼらしいナマクラごと粉砕ふんさいしてあげようじゃないか」

「あいつが誰といようが、あいつ自身が決めることだ」

余裕よゆうのようだが、真実は結果が示してくれる。せいぜい悪あがきしてくれたまえ」

 言いたいことだけを言って、マクシミリアンはディーノから放れた。

 どうやら、アウローラと距離きょりいた程度ていどでは彼の妄想もうそうおさまらないようで、ディーノの存在は、さしずめ自分から婚約者こんやくしゃをかすめ取ろうとするみにく盗賊とうぞくと言ったところか。

『彼女の心中しんちゅうさっする』

(俺が女でも近づきたくない。顔以外は最悪だ)

 いつもはうっとうしい頭の中の相棒と珍しく意見が合う。

 だが、ディーノにとってはそれ以上に看過かんかできないことが一つだけあった。

「ナマクラか……」

 日ごろから命を預ける相棒を、たった一つだけ残った一番大切なつながりを、奴は侮辱した。

「味わってもらおうじゃねぇか」

 手入れを終えたバスタードソードをさやに|納《おさめると、ディーノは目を閉じて呼吸を整え、やがてやってくる自分の出番に向けて集中力を高めていった。

 やがて一時間ほど経って、審判をつとめる教師から試合の始まりを告げられ、控え室を出た。


『ここからは、二年生の一回戦です! 注目の第一戦目はこの二人!』

 景気のいいシエルの実況とともに、両端の入り口から、ディーノとマクシミリアンが面と向かうように入場する。

『まずは前年度も出場経験ありで優勝候補の一角。マクシミリアン・ロックス・ブルーム! ちょっとまぶしすぎやしないかと思う金ピカの武器が今日も飛び交うのかー!』

 マクシミリアンは周囲の歓声に応えるように大手を振って入場する。

 その姿は戦場から戻り凱旋がいせんする将軍しょうぐん彷彿ほうふつとさせ、戦う前から勝利を確信しているかのような威風堂々いふうどうどうとしたものだ。

『そして、もう一方は先月ここへやってきた転校生ディーノ! アルマも使わない謎の雷と剣が黄金の武器を撃ち落とすのかっ!』

 シエルの紹介ともに入場していくと、歓声は次第にみ、どよめきに変わっていく。


 クラスメイトだけでなく他の学年や年少の生徒に保護者、普段よりもはるかに多い人数が気にしているのは、観客席の中に一人として同じ者のいない容姿だろう。

 闇夜のごとし黒髪に同じ色の魔衣ストゥーガ、アルマでもない武器を持ったディーノは他の魔術士と比べれば、観客達の目には明らかに異質いしつな存在にうつっている事だろう。

 だが、どんな視線を向けられようとも自分のやることは一つ、試合の合図を待ち集中力を高めようとしたその時だった。

「おにいさーん! がんばれー!!」

 静まり返った会場に響いた、あまりにも場違いな子供の声。

 目線を動かした先には、見覚えのある女の子がディーノに向けて手を振っていた。

 ディーノ達と違う白の制服、ここにいるということは、この学園の生徒であることに違いない。


『あーっと! 意外すぎるほどのかわいい声援が飛んできたーっ!!』

 シエルがそれを魔術で拡大した声で、大げさに盛り上げると、便乗したのかちょっとした笑い声とともにささやかな歓声がやってくる。

『覚えているか? あの船でお前が助けた子だ』

(たった今忘れたよ……)

 集中しかけていたはずが、肩の力どころか体の力が抜けそうだ。

 ディーノの初戦は、自身の想像とは大きくかけ離れたイロモノの空気をまとうこととなった。

「おほん! 両者、定位置へ」

 審判が咳払せきばらいをして、ディーノとマクシミリアンは線でしるされた初期配置へと移動して対峙たいじした。

「それでは……始めっ!!」

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