闘技祭の始まり

 補習ほしゅうを受けた土曜日から一ヶ月あまりの時がすぎ、特に大きな事件も起きず、比較的ひかくてき平穏へいおんな日々が続いていた。

 三月の下旬に学期の節目を迎えた事で学園全体でテストが行われた。

 成績次第では、進級できず同じ学年にとどまると聞かされたことで、無関心むかんしんな科目に集中できなかったディーノでも、その時ばかりは勉学に本腰を入れた。

 そして、四月始めの週のホームルームが始まる。

 アンジェラが教壇きょうだんに立ついつもの光景だと思っていたが、クラスの様子が違う。

 妙にそわそわして、緊張し浮き足立っているような。


「さーてみんな。今日は待ちに待ったテストの結果が発表されるよ?」

『えぇ~っ!』

 明るい調子で言うアンジェラに対して、クラスの面々は不満げな声をあげる。

「そうぼやかないの。今年もやるんだよ? 春の"闘技祭とうぎさい"」

 担任の口から聞きなれない言葉が出て来た。

 言葉から察するに、戦うことに関した何かなんだろうか?


「何があるんだ先生?」

 ディーノは手を挙げて質問する。

「そっか、ディーノ君は初めてね。闘技祭って言うのは、学年ごとに今学期のテストと普段の授業で優秀ゆうしゅうだった十六人の生徒が、日ごろの成果を披露ひろうするために戦うの」

 形式は男女別で八人ずつのトーナメント方式であり、勝ち進めば内申に特別な評価と賞与しょうよが与えられると言う話だ。

「選ばれた人は全力で戦って、選ばれなかった人たちは模範もはんにして頑張りましょうってこと」

 すなわち、生徒の力量を測るだけでなく、それを見せることによって普段の授業や訓練に対する意欲を高めるためのもよおしのようだ。


「ちなみに、初等部や中等部の子も見にくるし、親御おやごさんも呼びたい人は今週末までに申請してね」

 そこまで言ってから、アンジェラはディーノに対して察したような表情を送る。

「今明らかに、めんどくさいって思ったでしょ? 残念だけど他人事じゃないのよねこれが」

 勝ちほこった、と言うよりは悪戯いたずらっぽい感じにアンジェラは続ける。


「このクラスからは、なんと五人が選ばれました! まず、アウローラさん」

「は、はいっ!」

 アウローラはかしこまって起立し、一礼する。

「それからマクシミリアン君」

「当然の結果です」

 特に気にした様子もなく、すました返事をマクシミリアンは返した。

「三人目は、イザベラさん」

「ふふふ……証明して差し上げますわ! 誰が本当の一番かを!」

 みょうに気合の入った声を張り上げ、彼女はアウローラを指差していた。

 当のアウローラは、それを苦笑いで返している。

(めんどくさい奴は一人じゃなかったか)

 その光景を見て、ディーノは他人事のように心の中でつぶやいていた。

「四人目は、カルロ君」

「おっ! たまには女の子にかっこいいとこ見せますか♪」

「調子に乗んないのバカルロ!!」

 シエルと恒例こうれいと化したやりとりを見せるカルロはいつもと変わらない調子だ。

「最後に、ディーノ君」

 教室の空気が一気に変わる。

 謎の魔術を使う今年からやって来た編入生が、大きな催しに選ばれたのなら注目を浴びないほうが不自然と言うものだ。

「と言うわけで、今度の日曜は五人とも頑張ってね!」

 激励げきれいの言葉で、アンジェラはホームルームをしめた。


「めんどくせぇ……」

 午前の授業を終えたディーノは、屋上で一人サンドイッチを頬張ほおばっていた。

 ここ一ヶ月、ディーノの中で二つの大きな悩みがひしめきあっていた。

『なかなか楽しそうな催しではないか? 強い者に出会うチャンスかもしれんぞ?』

 ヴォルゴーレの言うこともわかるが、ここ一ヶ月でそう言った相手に出会えるとしたら、それは上の学年にいるとしか思えない。

 ならば見ることはできても、直接戦うことはかなわないだろう。

 むろん、第三者の視点で観戦かんせんすることによって得るものを軽視けいししているわけではないが、そう言った経験けいけん実戦じっせんを通し、肌で感じてこそ意義いぎのあるものだと思う。

 せめて学年による制限がなければとも思うが、それができないのは学園の事情があるのだろう。


「よーっす。一人さびしく食ってるね~♪」

 聞ききた馴れ馴れしい声とともに現れるオレンジ髪の男子。

 カルロが同じように紙袋に詰めたサンドイッチを持って、ディーノのとなりに座る。

「お前には『関係ねぇだろ』」

 眉間みけんにシワをよせた表情までマネをしながら、言葉の末尾まつびをかぶせてくる。

 そして、ニカッと笑って、自分の食事に手をつけ始めた。

 この男は相手に遠慮えんりょなどしないし、空気など読む気もさらさらない。

「ディーノはあれだねぇ。なんかあると、一人で飯食ってるよな」

「もともと、誰かと食う習慣しゅうかんがねぇんだよ」


 ディーノには師からの課題を完遂かんすいすると言う目的があり、それをないがしろにするわけにはいかないのだ。

 しかし、いくら考えても、この課題の意図いとがわからないでいた。

 師に匹敵ひってきする凄腕すごうでの魔術士がいるかと思えばそうでもない。

 なら、師が教えられないような、魔術に関する学問があるかと言われるとそれも違う。

 だが、ただ卒業するだけが課題だとは思えなくなって来たのだ。

 卒業というのは建前で、師の思惑は別にあり、それを達成するための条件をいくら考えても答えを見出すことができないのが、一つ目の悩みの正体だ。

 そしてそれがわからないまま、日々を浪費ろうひするのは避けたかった。


「なにをあせってんのさ?」

 なぜこうも簡単に見抜かれてしまうのか、カルロからの指摘してきに、ディーノは表情を変えた。

「いや、こーんな顔しててもわかりやすいよ?」

 またも眉間にシワをよせてマネをしながらカルロは答える。

「自分が思ってるほど、ディーノはポーカーフェイスできてない。ただ単にけわしい顔してるからみんながけてるだけさ」

『当たってるではないか』

(黙れ)

 頭の中でヴォルゴーレまでが便乗びんじょうしてくる。


「まぁそれはおいとくよ。目的ってヤツは、一人じゃないと達成できないのかい?」

「……わかんねぇんだよ。少なくともわかるまでは、時間を無駄むだにしたくない」

 そこまで聞いたカルロは、何かがわかったような相槌あいづちを打つ。

「そもそもディーノはさ、それを誰かに話した? 師匠から誰もたよるなって言われた?」

 与えられた課題は一人でこなすものだと考えていたディーノにとっては、まるでなかった発想だった。


「一人でわかんないなら、聞いてみればいいんだよ。僕には無理でも、アウローラちゃん達ならこころよく聞いてくれるんじゃない?」

「……それができたら、苦労しねーよ」

「まーたアウローラちゃんとなにかあったわけ?」

「何もねぇよ」

 不機嫌ふきげんさをかくしもせずに、ディーノは短く答えた。

 これが二つ目のなやみだった。

 あったとしても彼女に非があるわけではなく、問題があるとすれば自分の方だ。

 彼女と話すことをためらう理由は、首から下げた指輪に起因きいんすることだ。

 お互いに何も知らない子供同士なら、気やすく話してもいいのだろう。

 しかし、知らなかったことを知ってしまった今は……。


 シエルとのやりとりを見ても、アウローラがそんなことを気にする人間じゃないことは無論わかる。

 でも、それを自分たちが気にしなくても、周囲が好意的に見てくれるとは限らない。

 差別さべつ侮蔑ぶべつれきっているし、今さら何を言われようともかまいはしないが、クラスの面々からもしたわれるアウローラがそんな扱いを受けたらと思うと、ディーノは関わることに罪悪感ざいあくかんさえも感じる。

「ふぅん……。強いけど、弱いね」

「は?」

 カルロの放った一言の意味が、ディーノにはさっぱりわからなかった。

「答え知りたいかい?」


 ディーノはその問いに、首をたてにも横にも振らない、いや振れなかった。

 ふざけた謎かけと一蹴いっしゅうするのは簡単だが、何かひっかかると感じたからだ。

「じゃあ、今度の闘技祭でけようか。てっぺんとるか、僕と当たって勝ったらってのどう? どっちみち、手を抜いたりはしないだろ?」

 カルロと話すときだけは、どうしても調子が狂う。

 邪険じゃけんあつかっているつもりで、気づけば主導権しゅどうけんにぎられていた。

「ちっ……」

「来週がちょっと楽しみだね♪」

 舌打ちするディーノを見て、カルロはそれを肯定こうていと受け取った。

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