七不思議の『怪』

「それじゃあ! 第六九回学園七不思議研究会のお茶会を始めまーす♪ かんぱーい!」

「ですから、乾杯はしませんって」

 相変わらずのシエルに対して、アウローラがひかえめにツッコむ。

 日をまたいで土曜日の昼下がり、補習を終えた四人は旧校舎の教室に集まっていた。

 四人が囲う組み合わせた机の中央に乗せられた大皿には、一口サイズのタルトが乗っている。

 はしゃぐシエルを横に、ディーノは静かに紅茶を口に運ぶ。

 それとない態度で会食をすませ、変に波風を立てるようなことを口走らず、無難にことが運べばそれでよしと考えていたが……。


「……」

「……」

 向かい合って座っているアウローラも、カルロやシエルと雑談を交わすことなく押し黙ってしまっている。

 前回もだったが、会話のきっかけがつかめない。

 思い返しても、師匠と家族以外、同年代の人間相手に取り止めのない日常的な会話をした記憶が見当たらなかった。

 そんな自分が、ことを荒立てずに無難にしのごうなどと、考えたこと自体がおかしかったことに気づくのが遅すぎるというものだった……。


「ん〜、せっかくうまくいったかと思ったけど、相変わらずかな?」

 カルロが二人を茶化すように、タルトを口に運びながら話しかけてくる。

「別に……なんでもねぇよ」

「じゃあなに? 結局ディーノとアウローラは初めましてだったってこと?」

 シエルの問いに、ディーノの表情は一瞬だけ凍りつく。

 アウローラは昔のことを話していると察しはつくが、可能な限り平静をよそおって紅茶を口に運ぶ。

「え、えぇ……違う人だったみたいです……」

 アウローラがごまかすようにシエルに説明していたが、やけにぎこちなく見えるのは気のせいなのか、ディーノは判別がつかないでいた。


「そっか。まぁ、思い出の中の男の子が突然やって来るなんてのはやっぱり出来すぎだよね」

 シエルの何気ない感想も、ディーノにとっては針のムシロにいる気分がした。

『いっそのこと打ち明けてしまえばよかったではないか』

(バカ言え。今のこいつは、もうアーちゃんじゃない。今更ディーくんだって言ったって困らせるだけだ)

「ところで……。お前、アルマはいつ作ってもらう?」

 頭の中に声を響かす幻獣を突き放して、ディーノは紅茶を黙々もくもくと飲み干すと、なかば強引に話題をそらす。

 先ほどの補習は課題の内容から、座学による薬草学の基礎知識を復習だったが、来週はこうもいかないだろう。 

 えがくとしても愛用品を失うことは、時として大きなリスクとなる。

「そうですね。週が明けたら作ってもらいに行くつもりです」

「また、あの黒い宝石でも出たら溜まったもんじゃねぇ」

 初日に出くわしたことを思い出して、ディーノが口走ったその時だった。


「黒い宝石!?」

 シエルが血相けっそうを変えて叫ぶ。

 その時彼女は、アンジェラに助けを求めて不在だった。

「あぁ、魔獣の中に入ってたんだが、どうかしたのか?」

 ディーノはかいつまんで説明をすると、シエルは考え込んだ後に席を立って、黒板の横に設置された本棚から一冊の本を取り出して戻ってきた。

 薄いノートには手書きで『七不思議研究のまとめ』と書かれている。

 その題が示す通り、旧校舎に残る七つの怪談が事細かに調べ上げられていた。

『音楽室で夜な夜な鳴るピアノ』

『開かずの教室から聞こえる声』

『鏡の中の別世界』

『生物室に出没する謎の影』

『便器から絶え間なく水が出るトイレ』

『屋上へたどり着けない階段』

 そして『人が消えた教室』


「怪談がどうしたんだ?」

「場所も現象もバラバラなんだけどね。言われていることがあったの」

 シエルはいつもの明るい調子ではなく、この場の三人ともに説明する。

「七不思議に巻き込まれた人は"怪人"を見るんだって」

 今まで聞いたことのない響きに、三人は首をかしげていた。

「そう、黒い宝石が体に埋まってる、魔獣でもなかったら人間でもない。それを見てしまった人は、二度と帰ってこないんだって」

 雰囲気を作りながらシエルは続けたが、そこまで聞いて、ディーノの顔はあきれに染まっていた。

「帰ってきた奴がいなかったら、なんでそんなもんがいるって伝わってるんだ? 用は後から知った奴が適当に盛った作り話ってことだろ」


「うっ……、で、でもさ! 宝石があったんだよ! ディーノはいないって言い切れるの!?」

 論破ろんぱされかかったシエルが苦しまぎれに返すが、最終的にそれは神の存在を理論で証明しろというところまで行き着いてしまうことだろう。

「まぁ、魔獣なんてものが横行してるから、人間に近い化け物がいたら面白いって考えたんだろうよ。広めたそいつは」

 ディーノがあくまでも囚われすぎない見解を述べる事で、その時その場の議論は終息した。

 しかし、彼らはまだ知らない。

 その怪談が本当に意味している真実を……。


 月曜日の午後、ディーノはアウローラに連れられて、今まで知らなかった施設にやってきていた。

 本来ならば午後から実技の授業だったが、ディーノたちのクラスで起きた二度の事件を機に内容を見直すと言うことで、緊急の職員会議が行われるとアンジェラから話があった。

 その空間は、灰色と銀色と朱色が支配する、無機質で熱くそして聞きしれぬ"声"にあふれた場所だった……。

 一際目を引くのが、部屋の一角を埋める巨大な""だ。

 赤、青、緑、黄、白、紫、六色の宝石が埋め込まれたそれは、武器専門の鍛冶屋かじやでも、ここまで大きなものはそうないだろう。

 受付のような場所には、がっしりとした体格で白い口ひげをたくわえた初老の男が座って、宝石を観察している。


「何の用だ?」

 こちらに気づいたのか、短く声をかけてきた。

「先日、使っていたアルマを紛失ふんしつしてしまったんです。新しいのをお願いできますか? ウルスさん」

 アウローラがここへやってきた理由を端的たんてきに告げる。

 ここがアルマを製造せいぞうする施設で、目の前のウルスと呼ばれた男が専門の職人、新調しんちょうの依頼に来たとディーノは察した。

 アウローラが以前使っていたアルマの形状、使っていた宝石の種類などの詳細を伝えると、一週間ほどで出来上がるという回答が帰ってきた。

「随分と早いな」

「もともとオーダーメイドですから、作っていただくのはこれで二度目でなんです」


 アルマの中で最も一般的な形状は、アンジェラが使う長杖ロッドか、シエルが持つ短杖ワンドの二つ。

 しかし、各々の戦闘スタイルによって、使う魔術も違ってくる。

 そうなると、接近戦の用途も必要な生徒は、こうして本人の思考に合わせたアルマを作ってもらえると説明してくれた。

「刻み込む魔術は?」

「こちらでお願いします」

 ウルスの問いに対して、アウローラは五枚のカードをポケットから取り出して手渡す。

 見た事のない文字と図形が書き込まれたそれが、彼女たちの使う魔術だと言う。

『ほう、我らの言葉をこのように記したわけか。酔狂すいきょうな同胞もいたものだ』

 ヴォルゴーレがディーノの視界を通して見たカードに対して、感慨深げにつぶやいていた。

 できあがったアルマだけでは、魔術を使うことができない。

 アルマのかくとなる宝石に宿った"製霊せいれい"に、このカードで魔術を覚えさせる事で初めて完成だと言う。


 アウローラが前のアルマに覚えさせていたのは「飛行」「速度強化」「治癒」「射撃」「防壁」の五つ。

 カードには多くの種類があるが、製霊との相性や魔術士の力量によって覚えさせられるものは変化する。

 アウローラ自身とアルマの宝石は"光"のマナを持ち、"闇"のマナを扱う魔術は覚えさせることができないが、残り四つの魔術は問題なく扱うことができる。

 ただし、無尽蔵むじんぞうに魔術を覚えさせることは不可能であり、用途に応じて組みえることも重要という事だった。

「そっちのはいらないのか?」

 ウルスは後ろで付きそっていたディーノに問いかけてくる。

 恐らく、アルマのことを知らないと、これから先不都合が起こると気遣って、アウローラはここへ連れてきたのだろう。

「俺は、なくても使える」

 何度目かはわからない自分の中での事実を普通に述べた。

「そうか……、まだ廃れ切ってはいないんだな」

 ウルスは目を細めて嘆息たんそくする。

 横にいるアウローラだけが、さっぱりわからないといった風に二人を見ていた。


「こちらがその宝石の現物です。この宝石の埋まっていた魔獣は、生徒の証言から他の個体よりも凶暴性きょうぼうせいおよび危険性がより高くなっていると考えたほうがいいでしょう」

 アンジェラはディーノから譲渡じょうとされた黒い宝石の現物を、この職員会議で教師全員の前に提出し、先日の事件を説明したいた。

 会議室には彼女を含めてクラスの担任を受け持つ十五人の教師と、彼らをまとめる教頭、校長の計十七名が集まっている。

 その理由はただ一つ、訓練中に起きた二つの事件についてだ。

 起きた場所は、いずれも転移の門で学園から直接行ける場所、故に長年重宝してきたが、その安定がくずれ始めており、実際に被害を受けている。

「場合によっては、校外での訓練を制限する必要があると思われます」

 二つの事件に深く関わったクラスの担任であるアンジェラが、報告と自分の見解をべ終えると、職員室には沈黙がおとずれた。


 教師たちの反応は様々だった。

 純粋にこれから先のことを心配する者、大げさにとらえすぎだと楽観する者、ことが起きた際の自身の評価を気にする者。

 言葉には出さないが、表情が物語っていた。

「しかし、アンジェラ先生。一つ疑問がありますね。単にあなたの監督不行届ではないのですか?」

 教師の一人が突っついてくる。

 自分の力不足を、全体の問題にすり替えて隠蔽いんぺいしようとしているのではないかと。

 アンジェラは教師としては若輩者じゃくはいものであることも事実だった。


「それは、否定できません。ですが、他のクラスで同じ事が起こらない保証もありません」

 カチンと来そうな内心をおさえ込んで、反論を述べる。

 危険な目にうのは、自分たち教師ではなく生徒、彼らの未来がみ取られてしまわないためにこうしている。

「お二人とも、落ち着いてください。魔獣というのは往々にして、我々の想像を超えてしまうものです。アンジェラ先生だけを責めてもことは解決しないでしょう? 我々は生徒の模範もはんであらねばなりません。足を引っぱり合うのは模範ですか?」

 くすんだ金髪、長身痩躯ちょうしんそうくの男性教師がアンジェラに助け舟を出す。


「ユリウス。貴様も無駄にあおるでない」

 中央の席に座るのは、一見年端としはもいかない少女。

 しかし一言で周囲の教師が言葉を失うほどの存在感を発する彼女こそが、教師と学園をたばねる魔術士である。

「ひとまず、当面は学外での実技を控えよ。場合によっては王都の騎士団、傭兵をつのって調査も依頼する。黒い宝石とやらはわしのツテを頼ってみよう。学園長としての決定じゃ」


 その一声で会議は終了を迎え、教師たちは順々に部屋を後にする。

 アンジェラも退室すると、廊下の少し離れた場所で大きなため息をついた。

 一度の脅威きょういを味わわされてなお、事を未然に防ぐ事ができなかった自分の至らなさ、他の教師を頼ってみても一部ではあのように下に見られる始末。

「抱え込むのは毒ですよ」

 後ろからかけられた声に振り向いた先にいたのは、先ほど助けられたばかりの同僚どうりょうの姿があった。

「編入生に続いて波乱の連続、心中お察しします」

「それで、ユリウス先生はそんな私になんの御用で?」

 物腰は柔らかく、とぼけているようでもあり、容姿も相待って生徒からの人気は高い。

 年も近いからかアンジェラを低く見ない、割と気さくに話せる相手ではある。


「用がなくては話しかけてはいけませんか? まぁ、しいて言うのでしたら、あなたの沈んだ表情を見るのは、いささしのびない」

「私、既婚なんですけど?」

 ユリウスをジト目で見返すアンジェラの中で、カルロが大人になったらこうなるのではないかと、なんとなくイメージしている。

「これは手厳しい。ですけど、アンジェラ先生はそれくらいでちょうどいいのです」

 柔らかく微笑んで、ユリウスは去って行った。

 そう、確かに教師としては問題になる点もない、他人の変化に敏感びんかんでこうしてさり気なく気遣きづかってくれるのは、生徒人気の高さをうなずける。

 だが、そこに小さな違和感を覚えているのはアンジェラだけなのだろうか?

 彼の後ろ姿を見送りながら一人、考え込んでいた。

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