紅蓮の悪魔 −2−
「兄さんを……兄さんをどこへやったの!!」
シエルは撃ち尽くした”
一つ一つが流れるように早く、十秒とかからぬその動作は一朝一夕でできるものではない。
シエルがこの時のために、影で鍛錬を積み重ねていたことは疑いようがないとディーノもフリオも理解した。
「さぁ、どうだろうねぇ? この鎧を剥ぎ取って聞き出してみるかい? それともその自慢の竜火銃で蜂の巣にしてみるかい?」
大仰な身振り手振りを加え、舞台の上にいる演者のごとく振る舞うバレフォルの言葉にシエルの表情は険しさを増し、向けられた竜火銃の銃身は大きく震えだす。
この空間の悪影響下にある体に鞭を打ってマナを絞り出し、空色の瞳が真紅に染まると錯覚させるほどの怒りに燃え上がり、竜火銃の引き金を再び引き絞ろうとした瞬間、その射線にディーノが割って入っていた。
「お前は引っ込んでろ」
バスタードソードの刀身を右肩に乗せて、後ろ足に体重を乗せた低い体制で構え、シエルに向き直ることなく端的な言葉だけで制止する。
剣術に明るくないシエルでも、それが正統派なものではないことは察しがつく独特の構え。
「先ほどの自分自身を垣間見るくらいには、冷静なようだね?」
バレフォルの言葉で、シエルはディーノの意図を理解してしまう。
熱くなっていたのは自分も同じで、このまま戦っては奴の餌食になってしまったところを止めに入ったのだ。
「シエルさん。今は、僕たちもいるよ」
隣のフリオも、緑色の淡いマナの輝きを身に纏い、目の前の敵を見据えている。
「おやおや、三対一だなんて、連れてくる人数を欲張りすぎたかなぁ」
一度冷静さを取り戻せば、その軽々しい口調がこちらの感情を乱すために紡ぎ出されている事実がすんなりと頭に入ってくる。
「言ってられるのも今のうちだよ! 三人で思いっきり袋叩きにしちゃおう!!」
それが、戦いの始まりを告げる鬨の声となり、三人はほぼ同時に動いた。
「やはりそう来たね。出でよ! 我が兵士たちよ!!」
バレフォルは小さな例の宝石のような黒い輝きを放つ屑石を周囲にばらまく。
指揮者のように両腕を振り上げた瞬間、屑石たちはガラス細工のようにくだけ散りながら無数の影を形成していく。
人間のようであり、爬虫類のようでもある、口には獲物を噛み切る牙を備え、両手の三本指からは鋭利に伸びた鉤爪、両足は草原をかける獣のようなバネを備えた人間とは逆の関節が備わっている。
「行くがよい、我が
『キシャーッ!!』
バレフォルの号令でも、ソルンブラと呼ばれた異形の獣たちはディーノたちに向かって襲いかかって来た。
ディーノは動じることなく一直線に、十匹以上はゆうにいるソルンブラの群れへと突っ込んでいく。
様子を見る限り、バレフォルの統率下にあるものの、知能は魔獣と大差ないレベルだろう。
ならば、数によってこちらを消耗させることが狙いと踏んで、ディーノは先陣を切った。
両手に構えたバスタードソードを横薙ぎに振り回し、稲妻を伴う一撃が最前列にいた三匹のソルンブラを両断する。
だが、その後ろにいた二匹が跳躍し、攻撃の隙を狙って落下の勢いとともに爪を振り下ろして来ていた。
「いちいち構ってられっか!」
ディーノは後ろでも横でもなく、そのまま前へと踏み込んでバスタードソードの切っ先を突き出し、一匹の胸を貫いた。
攻撃を受けたソルンブラは、砂煙が舞うようにしてその肉体を消滅させていく。
まるで、最初からその場にいないものであるかのように消滅していくこいつらは、ダメージさえ与えれば魔獣とは違って心臓部となる宝石を残すことなく絶命するようだ。
「ドリアルデさん!」
フリオはマナを集中して、制服のポケットに手を突っ込み、一泊おいて握ったまま出した両手を地面についた。
ディーノから遠い位置にいたり、あるいは相手にしなかった残りのソルンブラたちは、必然的に後ろにいるフリオやシエルを狙ってくる。
ここがどんな空間かもわからないが、魔術が全く使うことのできない場所ではないことは、モンテとの戦いでフリオはすでに知っている。
「育って!!」
フリオの両手から緑の光が地面を伝った瞬間、平坦だったはずの漆黒の石畳に凹凸が生じていき、ソルンブラの群れへと向かって伸びていく。
彼が契約した幻獣がそもそもなんだったのか?
なぜ、その幻獣と契約に至ることができたのか?
その答えを導き出すことができれば、フリオが何をしようとしているのかは容易に想像がついたことだろう。
伸び続けていったそれは、石畳を突き破って姿を現し、次々とソルンブラを絡めとって縛り上げていく。
その正体は、瑞々しい緑色で育っていく木の
フリオが手に持っていたのは、植物の種子だ。
魔符術でも魔降術であっても、マナだけで何もない場所から生命そのものを生み出すことはできない。
フリオにできたのは期末試験でそうしたように、すでにある植物の成長を促すことだけだった。
文字通りフリオは”種を蒔く”と言う過程を経ることによって、植物のない場所で植物を操ることを可能にする。
「すごいじゃん。あたしも負けてらんないね……」
シエルは竜火銃を一度腰のホルスターに納めて、懐から一枚のカードを取り出し念じれば、一振りの
それは竜火銃とは違って普段から見慣れた、シエルを象徴する魔術の証。
ある時は聴く者の心をつかみ、ある時は聴衆に声を届け、そしてある時は……。
「二人とも耳塞いで!!」
くるくると短杖を回して先端の宝石を口の前に持ってくる。
「ぶっ飛べぇぇーーーーーーーーっ!!」
人間の度合いを超えた大音響が、衝撃波となって敵対する者たちへ濁流のように襲いかかり、残ったソルンブラたちが雲散霧消していく。
これこそが、音と声を自在に操るシエルの魔術、”
テンガロンハットに、ベストにデニム生地のホットパンツ、開拓民の衣を借りながらも、二本の足で地上に上がった人魚がそこにいた。
「さぁ、残りはあんただけだよ!!」
アルマで拡声されたシエルの啖呵が、宙に佇むディロワールを突き刺す。
「ふむ……少々甘く見すぎたかな? では、第二幕を上げよう」
口調こそ穏やかなバレフォルだったが、その声色はトーンが一段階下がり、周囲の空気を震わせて、ディーノたちを斬りつけるかのような冷たさを孕んでいた。
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