戦女神と突風

「両者定位置について、はじめっ!!」

 アウローラとイザベラが、カードからほぼ同時にアルマを顕現する。

 それが試合開始の合図だった。

 ディーノもよく見知っている三つ又の槍をアウローラが構え、対するイザベラのアルマはバチンと小気味のいい音を立てて地面を叩いた。

 変幻自在のしなやかな動きで、鋭い痛みを伴う打撃を浴びせるその武器の総称は鞭。

「行きますわよ!」

 先に動いたのはイザベラだった。

 距離にしておよそ十メートル、見た目には射程範囲を超えている場所にいるはずのアウローラに対して、鞭の打撃が届くようには思えない。

『我がアルマ、蛇の如く!』

 だが、そんな周囲の予想に反して、鞭はアウローラめがけてぐんぐんと伸びて行く。

『アンジェラ先生、あれってどうなってるの!?』

『アルマの金属は通常の武器とは違って、マナを通す性質を持っているの。普通の武器として使うには脆いけど、使い手のマナと魔術、そして応用と発想力次第で強度や形状を自由に変化させることも可能よ』

 観客の疑問を代弁するかのようなシエルの実況に対して、アンジェラは噛み砕いて説明を付け加えた。

『てゆーか、シエルさん? これは一年生で習うことのはずなのに、どうして忘れてるのかな~? 明日の振り替え休日は補習にした方がいい?』

『勘弁してー! 宿題ちゃんとやりますからー!』

 一部で笑いが巻き起こる観客席をよそに、対するアウローラは動じない。

『光よ、我に翼を』

 アウローラの背中には光の翼が現れ、ふわりと浮き上がって初撃を回避したかに思われた。

「甘いですわ!」

 鞭の軌道が意志を持ったかのように、アウローラを追尾する。

『呑み込め! 渦よ!』

 イザベラの詠唱と共に、空気がざわつき始めた。

 緑の光を放った鞭の周囲を風が渦巻いて、細い鞭が大蛇のように翼を食いつくさんと襲いかかる。

『我が翼に、風の加護を!』

 詠唱と共にアウローラの体は加速し、蛇を翻弄する。

 急激な加速と方向転換でイザベラの鞭をかいくぐり、そのまま槍を突き出して突撃する。

『光よ、貫く刃となれ!』

 アウローラの槍が光のマナをまとい、閃光と共に放たれた突きはギリギリでイザベラの頰をかすめた。

 そのまま横をすり抜けて距離を保つ、間合いの外からの鮮やかなヒットアンドアウェイに観客席がわいた。

『速い速い! 逃げるアウローラに追うイザベラ! この拮抗はいつ崩れるのかー!?』

 イザベラの大蛇が宙を暴れ回れば、アウローラがそれを華麗にかわして接近して攻撃、そこから反撃に移られる前に即座に攻撃圏からの離脱を繰り返す。

 さながら音楽盤レコードを繰り返し聞くかのように一進一退の攻防が続くと思われた最中のことだった。

 徐々にだが、その視界に空とは違う色が混ざり始めていることに、アウローラは気づかないでいる。

「きゃぁっ!!」

 自分を追ってくる大蛇から目を離さずにいたはずが、背中に痛みが走る。

 そのまま体のバランスが崩れて落下したところへ、二発、三発、四発目の追撃が襲い掛かった。

 痛みの走る体を無理やり立て直して、再び宙を舞おうとする彼女の視界は黄土色が広がっていた。

 拮抗を崩すべく、先に動いていたのはイザベラの方だ。

「ようやくお気づきになられて!?」

 イザベラはただ無作為に攻撃を続けていたのではない。

 風をまとった鞭が地面から砂を巻き上げ、やがてそれは嵐となって視界を遮っていたのだ。

 全く見えなくなるほどではないが、変則的な軌道で迫り来る鞭を飛ぶだけでかわし続けることは至難の技だ。

「本番はここからですのよ!!」

 砂を巻き上げながら、風の大蛇が再びアウローラをめがけて襲いかかる。

 しかし、この戦法には盲点がある。

 それは鞭自体が風をまとっていること……すなわち視界を遮っている砂をかき分けながら自分を狙ってくるということだ。

『アウローラが鞭に突っ込んでいくー!?』

 シエルの絶叫が響く。

 一見すれば暴挙とも取れる行動の先に活路はある。

 迫り来るイザベラの鞭を最小限の動作でアウローラはかわし、鞭にまとわれた渦をたどるように加速する。

 そこだけが、砂嵐をくぐり抜けるトンネルとなってイザベラ自身へ至る道が開かれていたのだ。

 黄昏のような彼女の長い髪が、砂嵐の先に見える。

 そして、手札に忍ばせたカードを切るならばこのタイミングだ。

『凍てつく刃よ! 大地を白く染め上げろ!』 

 青いマナの光が槍の穂先を覆い、周囲の空気に氷の粉が舞い始める。

 アウローラは槍を持ち替え、上半身をバネにしてイザベラへと目掛けて全力で投擲する。

 槍は大蛇のハラワタをなぞるかのように、まっすぐ砂嵐をかき分けて突き進んでいった。

「これはっ!?」

 狙いはイザベラの足元。

 突き刺さった槍は、まとった水のマナを一気に解放し、地面から大木のごとき氷柱を築き上げた。

 氷に半身を埋め込まれたイザベラの姿を視界に納めたアウローラは勝利を確信していた。

 宙を舞って戻ってくるアルマを手にとって着地した時には全てが終わっていると。

 その一瞬が結果を分けた。

「っ!?」

 背中に走る激痛が、アウローラに現実を叩きつける。

 風はまだ止んではいなかったのだ。

 イザベラは凍らされながらも、意識がなくなるまでマナを振り絞り続けていた。

 風の大蛇が頭を潰される前に、最後の力を振り絞ってアウローラを噛み砕きに迫っていたことを、攻撃が決まったと言う達成感が忘れさせてしまったのだ。

 翼を失った戦女神が氷原に激突するのを見計らったかのように、力を使い果たした大蛇が絶命し、ただの鞭へとその姿を戻す。

 砂嵐が止んだ会場で、アウローラとイザベラが意識を失っていた光景は、時さえも凍らせた静寂だけが支配しているようだった。

「両者戦闘続行不能! この試合引き分け!!」

 審判の声だけが会場に響き、観客席には今までと打って変わったどよめきが起こる。

『な、なんと引き分け! 結果は引き分けです! 予想だにしなかった展開にあたしも驚きを禁じ得ません! えー、つまり第一試合で勝った三組のリリアーナさんは自動的に決勝進出が確定します』

 氷柱に埋まったイザベラが救出される中、シエルが結果を会場に告げる。

 そして、両者が担架で保健室へ運ばれた頃には、次の試合に向けて会場の整備が始まっていた。

「どうする? アウローラちゃんのとこに行くかい?」

 観客席で一部始終を見ていたカルロが、ディーノを茶化すように話を振ってくる。

「……やめておく。かけてやれる言葉が思いつかねぇ」

 嘘偽りない本音を静かに返した。

 それに、保健室には他の生徒も運び込まれていることを考えれば、自分だけが勝手に押しかけても迷惑というものだ。

「今に始まったことじゃないけど、不器用なこって」


   *   *   *


 しばらくして、アウローラは保健室のベッドで目を覚ました。

「……あれ? わたし確か」

「わたくし達、引き分けですってよ」

 つっけんどんな声が隣のベッドから聞こえてきて向き直ると、そこには毛布にくるまったイザベラが腹立たしげな顔でアウローラを睨みつけていた。

 どうやら、アウローラの放った氷の魔術で負ったダメージがまだ抜け切らないようだ。

「そうですか……。ディーノさんのようにはいきませんね」

 自嘲気味に微笑むアウローラを、イザベラは訝しげな顔が戻りそうにない。

「あの下民のどこがいいんだか……」

 聞こえないほど小さな声でボソリと呟いた。

 最初から、アウローラが自分など眼中にないと突きつけられた気分だった。

「とっとにかく! いい気にならないことですわね! わたくし、まだ負けていませんから!!」

 ビシッとアウローラを指差してイザベラは叫ぶが……。

「ここには他の子も寝てるんだから、静かになさい」

 保険の教師にたしなめられて強引に寝かしつけられる。

 そして、アウローラはどうして自分がここまで敵視されているのかも理解できないでいた。

 闘技祭における二組の面々が残した戦績は、ディーノの棄権とこの試合での引き分けで、普通とは違う意味で記憶に残る結果となったのは言うまでもなかった。

 続く三年生、四年生、五年生と順々に試合は消化されていき、重傷を負った参加者も出ず、春の一大イベントは無事に終わりを告げることとなったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る