紅蓮の魔術士 −2−

「これが、先生の本気……」

 絶対零度ぜったいれいど極低温きょくていおんによって白銀に染まった世界を見たフリオはつぶやく。

 ここまでの全ての攻撃は、バレフォルにこれを悟らせないための仕込みであった。

 逆にこれで仕留しとめきれないとしたら……、アンジェラの中に一抹いちまつの不安がよぎる。

 アンジェラは悪く言えば器用貧乏きようびんぼうのタイプだ。

 先天的せんてんてきに水のマナを持って生まれ、道を極めた魔術士が同じ魔術を放てばこの空間全てを凍らせることが可能だったはずだ。

 そして、その不安はすぐに的中してしまうことになる。


 作り上げられた氷の柱がピシッ、ピシッと音を立ててヒビ割れていく。

 そして、内側から氷は砕かれ、バレフォルが再び姿を現した。

『ククク……なかなか悪くなかったよ』

 イザベラは契約したばかりで魔術が少ない、フリオは相性が悪すぎる、アウローラはアンジェラと同じくバランス型。

 やはり、この四人では決定的な火力に欠ける。

 ダメージを与えられるが、体のどこかにある黒い宝石を砕くには至っていない。

『そろそろ終わりにしようか? 虫ケラの相手をしている時間もあまりないものでね』

(まさか……)

 バレフォルが口走った単語にアンジェラは、記憶の彼方にあった出来事を思い出した。

「それが、あなたの本心だったの?」

『なんのことかな?』

「どうしてそんな姿になってしまったの? ユリウス?」

 三人が信じられないと言わんばかりの顔つきになっている中で、アンジェラは確信を得ていた。


「嘘だろ!? だって先生がそんな人には……」

『ううん、あのマナの感じ! フリオがあいつらに仕返しする前にいたやつだよ!』

 ドリアルデがダメ押しのように声を上げる。

 生まれて間もないとは言え、幻獣に対して持って生まれたマナを隠すことはできないということのようだった。

 そして、みるみるうちにバレフォルがディロワールから元の人間の姿に戻っていく。

「正解だよ……。だが気づくのが遅かったみたいだねぇ」

 それは間違いなく、教師のユリウスだった。

「なぜ、よりにもよってあなたがこの学園を!?」

 アンジェラは感情をむき出しにしてユリウスに向けて問いかける。

 元は同じこの学園の卒業生だっただけに、本当ならこんな現実を一番信じたくないのはアンジェラだった……。


「君はいつまでも学生のままだねぇアンジェラ……。そういうところが、私は嫌いだよ」

 吐き捨てるように言い放ち、ユリウスは再びバレフォルの姿に戻る。

 絶大なる炎は魔降術でも魔符術でもなく、ディロワールの力だった。

 まだ誰もその事実を知らなかった時代にと言うことは、ユリウスがこの学園を実験場にしているのか、あるいはさらに前からディロワールはこの学園にいたのか。

「私は、急に変わってしまったけど、あんたのこと尊敬してた……。同じ落ちこぼれだったから、きっと血のにじむような修行を重ねて実を結んだと思っていた」

『なのに、悪魔に魂を売った強さだなんて』

 アンジェラのセリフを先読みするかのように、バレフォルは口を開いた。

『僕からすれば、君の方が理解できない。君ならば分かるだろう? あの時代の学園がどれだけ酷かったかを』

「だから、私はそんな学園を少しでも良くしたかったから先生になった! あなたは違ったの!?」

 今のアンジェラは生徒たちの前で教鞭を振るう大人ではなく、アウローラたちも知らない学生時代、あるいは素の姿なのだと三人は理解できた。

『君なら、そう聞いてくるだろうとは思ったよ。この学園はディロワールなどいなくても悪魔の巣だった。ずっと跡形あとかたもなく灰にしてやりたかったよ』

 ユリウスの根源は、落ちこぼれだった時の劣等感。

 あの年の夏、経緯けいいは知れないが、バレフォルはそこにつけ込んでユリウスの体を手に入れたのだ。

『僕はねぇ、この学園も、魔術士も、貴族も、全て滅ぼしたい。これは全て足がかりだ。この学園で仲間を増やしてね』


「そんなの、絶対に違います!」

 それをさえぎったのはアウローラだった。

「ユリウス先生のことはわからない。みにくい人は星の数ほどいても、そんな人ばかりじゃない! 自分が変わって人も変えていけばいい。人は成長できます!」

『残念だが、君のようにあれる人間など一握りどころか一つまみだ。大多数は自分が醜いことすらも気づかない、気づこうとしない、人を踏みにじることで優越感を得ようとする生ゴミが多すぎるんだ』

 アウローラはブリュンヒルデを再び構えた。

「待って! アウローラさんにそんな真似はさせられない!」

 アンジェラもシェリアニアを構えて再び戦闘体制に入った。

「いえ、先生だけにこんな戦いをさせたくないんです。わたしは人を背負わなければいけないから」

「二人で盛り上がらないでくださいな! わたくしだっておりますのよ! そして、ディーノにちゃーんと向き合うことですわね」

 イザベラも戦意を失ってはいないようで、アウローラに皮肉交じりの一言までおまけにしていた。

「僕も戦う。先生を見てると、他人の気がしないんだ。僕も、みんながいなかったら先生のようになったかもしれない……」

 フリオは自分のしたことを思い出していたのだろう。

「だから、止めよう」

 この場にいる誰一人として、戦うことをあきらめてはいなかった。

『まさか、君たち相手に本気を出さなければならないとはねぇ』

 バレフォルが指を鳴らした瞬間、アンジェラの魔術で作り出した氷が一瞬で蒸発する。

 そして、その背中から炎と骨で構成されたコウモリのような翼が鈍い音を立てて現れた。

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