紅蓮の魔術士 −3−

 バレフォルが翼をはためかせ、一瞬で固まっていた四人の間合いを詰めると、その両手から炎の剣を顕現けんげんさせる。

 アウローラとイザベラが、とっさにブリュンヒルデと両手の爪でその攻撃を受け止めたが、光と共に爆炎が上がり二人の体は大きくはじき飛ばされる。

 さらに残ったフリオとアンジェラに向かって炎の矢が放たれる。

『「ランド」「シールド」「強化ブースト」 “巌の絶壁ロックウォール”』

 アンジェラが二人分の防御壁を発生させて、直撃こそまぬがれるものの、結果は同じだった。

 これまでとは動きのパターンがまるで違っていた。

 常に間合いを取ってこちらをいたぶるように仕掛けてきたのが、逆に向こうから接近戦をいどみ、その火力でこちらを圧倒してくる。

 しくもそれは、ディーノとカルロをあわせ持った戦い方と言えた。


『おやおや、この程度なのかい? さっきまでの威勢いせいはどうしたのかなぁ?』

 それは本物の余裕だ。

 本人が言っていたように、アウローラたちの実力では虫ケラに等しかった。

「負けて、たまるもんですかーーーーーっ!!」

 イザベラが息を吹き返し、バレフォルに優るとも劣らないスピードで一気に接近し拳を突き出した。

 バレフォルはそれをすいすいとかわして反撃に転じようとした瞬間、その動きが何かにつかまれたかのように止まる。

 その足元を伸びてきた木の幹がからめ取っていた。

『小賢しいっ!』

 フリオとドリアルデが作り出した足枷あしかせは、炎の剣で切り裂かれ、一瞬で灰となった。

 しかし、その一瞬だけの時間稼ぎで十分だった。


『「ウィンド」「加速アクセル」「浮遊レビテーション」”疾風の翼ゲイルウィング”』

 空中へ飛び上がったバレフォルに対して、アウローラも飛行の魔術で追いすがる。

 敵が翼を持って制圧するのならば目には目を、空中戦ならこの四人の中ではアウローラが最も得意とするところだった。

『「ライト」「強化ブースト」「パワー」”戦女神の光槍ヴァルキリーランス”』

「はああああーーーーーっ!!」

 光のマナで強化された槍の一撃、アウローラはそのまま体ごと突進する。

 しかし、金属音が響いた手応えは、バレフォルが槍の穂先ほさきをその手でつかんで止められたものだった。

『君がこんなやり方でくるとはねぇ。彼の影響かな? 君が未だ、ありのままの姿を打ち明けられずにいる彼の』

 ささやくようなバレフォルの声に、アウローラは動揺どうようしてしまう。

 心に生まれたその小さなすきがわずかにアウローラの動きを鈍らせる。

 バレフォルの一撃がアウローラの肩口から胸を斜めに斬りつけ、魔衣ストゥーガから炎が燃え上がる。

「きゃあっ!!」

 ほんの少しのほころびが、戦いの中では命取りになるのだ。


姑息こそくですわ……ねぇっ!!」

 無数の本棚を足場にして、イザベラがバランスを崩したアウローラを受け止めて着地する。

『ついこの間、殺し合いまで繰り広げたというのに、うるわしい友情が芽生えたのかい?』

「それを仕組んだのはあなたではないですか! イザベラさんもフリオさんも、みんなあなたがもてあそんだ!」

 こんな感情むき出しのアウローラを見たのは、マクシミリアンが心ない暴言をディーノに浴びせた時以来だった。

「たとえ、あなたがどんな境遇きょうぐうであっても、誰かを苦しめる理由にするのなら、わたしはあなたを許さない!」

 迷うことなくアウローラは言い切って見せた。


『許さない……か。なら君は、自分の手が汚れていないと言い切れるのかい? その刃をディーノくんに向けたこと、本心で彼はどう思っているんだろうねぇ……』

 バレフォルは、アウローラが目をそらしたいことを巧みに付いてくる。

 人の心の奥底に隠した、最もみにくい部分を探り当てるかのように。

 それが、今まで人間をディロワールにしてきた中でつちかわれた観察眼なのだろう。

 だが、それに誰よりも激昂げきこうしていたのはアウローラではなかった。

「にゃあああああーーーーーっ!!」

 弾かれたかのようにイザベラは跳躍ちょうやくし、バレフォルへ一直線に襲い掛かった。

 繰り出される爪の連撃を炎の剣が受け止め、回転を加えた斬撃がイザベラの肉を裂き、白と桃色の毛並みを焼き焦がす。

 だが、イザベラは止まらない。

 バカの一つ覚えと確信したバレフォルは、炎の槍を作り出し、串刺しにしようとした瞬間、イザベラの姿が消えた。

『なにっ!? ……ぐはぁっ!!』

 消えたイザベラを探り当てようとバレフォルが周囲を見回した瞬間、背後から胴をイザベラの爪が貫いていた。

 何よりも特異とくいだったのは、腕だけが空間に空いた穴から突然現れ、一拍遅れてイザベラが姿を現したことだ。


『これはまさか空間転移?』

 イザベラと契約したシュレントはもともと空間と空間をつなぎ合わせる魔術を持っていた。

 それが彼女の激情げきじょうによって、届かない拳を届かせる力として発言したのか?

「他人を利用することしか考えない悪魔の手先が、わたくしのライバルを侮辱ぶじょくしないでくださいますこと! アウローラさんの力はあんなものじゃないのですわ!」

 それは、嘘偽うそいつわりのないイザベラの本心。

 長い間、アウローラと張り合い続けてきたイザベラだからこそ、他の誰よりもアウローラのことを買っていた。

「さぁ、言われっぱなしで満足ですの? “戦女神ヴァルキュリア”!!」

 イザベラの叱咤しったでアウローラの目に再び光が宿る。

 その瞬間、アウローラは自分の中で何かがのを感じ取っていた。

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