紅蓮の魔術士 −4−

 この感覚には覚えがあった。

 初めて見たのはディーノがテンポリーフォと戦っていた時、押されていたはずの魔獣を上回る力を発揮していた。

 そしてシエルとともに、ディロワール化したアルベと戦った時に自分にもそれが起こった。

 強い感情がトリガーとなってマナが湧き上がり、並みの魔符術まふじゅつ阻害そがいされてしまう、この空間にいるにも関わらず、今のアウローラは普段の状態を保っていられる。


(また出た……この力は一体なに?)

 能動的のうどうてきに自分の意思で出せないが、少なくとも今は目の前にいる強敵を倒すだけの可能性のある力だ。

『「ウィンド」「加速アクセル」「浮遊レビテーション」”疾風の翼ゲイルウィング”』

 アウローラは再び光の翼で飛翔ひしょうする。

 光のマナが満ちている今のアウローラは、普段と比べものにならないスピードでバレフォルの至近距離へと詰め寄る。

『スピードだけは上がったようだね』

 バレフォルは炎の剣でむかとうとした瞬間、アウローラはその眼前で急激きゅうげきに方向転換して上を取る。

『「ライト」「射撃シュート」「集束フォーカス」”聖なる弓矢セイントアーチェリー”』

 一点に凝縮ぎょうしゅくされた光の矢が一直線にバレフォルへ向かって飛ぶ。

 まさしく光のごとし速さを持った一撃は、イザベラの爪がつらぬいた傷口を寸分すんぶんたがわぬ正確さで撃ち抜いた。


『ごふっ!』

 バレフォルが口から漆黒の鮮血を吐き出し、初めてまともにダメージが入った。

(効いた!?)

 この好機を逃す手はない、ブリュンヒルデでさらなる魔術を構成する。

『「ライト」「強化ブースト」「パワー」”戦女神の光槍ヴァルキリーランス”』

 閃光をまとった槍での突きが、頭上から雨のごとく突き下ろされ、バレフォルの体制が大きく崩れる。。

 その翼が飛行を保てなくなったように、ゆっくりと落ちて行くのを追おうとした瞬間、アウローラは違和感いわかんを覚えた。


 普通に考えれば仕留める絶好のチャンス、だが、それが素直に通るほど戦いは甘くない。

 相手は本能で動く獣ではなく、人間と同じ思考をする存在。

 追い詰められながら、何も手を打たないはずがなく、アウローラは逆に後ろへと下がった瞬間、バレフォルとは別の黒い影が視界に飛び込んできた。

 影の正体は一匹のソルンブラ。

 初等部で一戦交えた時と同じように、制空権を手に入れようとしたアウローラにたいして、さらに頭上からの攻撃を狙っていたのだ。

 二度も味わわされた失敗の経験が、力を増していたアウローラが勇み足をなることを防いでいた。


 動きを封じる策を見破られたバレフォルは手のひらに無数の火球を出現させ、アウローラに向けて投げつけてくる。

『「ウォーター」「凍結フリーズ」「射撃シュート」”氷結の矢アイシクルアーチェリー”』

 一点突破型の”聖なる弓矢セイントアーチェリー”ではなく、拡散射撃型のこちらで迎撃げいげきすると、轟音とともに爆炎が上がる。

 それはアウローラの視界そのものを塞ぐほどの威力を持っていたが、着弾さえしなければ脅威ではなかった。

 攻撃はあくまでもおとり、アウローラは爆炎によってバレフォルの姿を見失っていた。


 姿をくらませたということは間違いなく自分を狙ってくる。

 そう考えてアウローラは警戒を強める。

 次第に爆炎は晴れていく中で、攻撃がいつくるのか、そのタイミングを見計らっていた。

 しかし、炎の遠隔攻撃も、近接攻撃もくるきざしがまるでない。

 不気味なほどの静けさの中で、戻った視界に映った光景に、アウローラは愕然とした。


『動かないでもらおうかな?』

 バレフォルはロープ状に伸ばした炎でフリオとアンジェラを縛り上げ、自らの前で盾に取っていた。

「なんて卑怯な! 誇りも何もあったものではありませんわね!」

 イザベラが叩きつける怒りの声も、どこ吹く風と言わんばかりだ。

『僕は君たちと正々堂々とした決闘などしているつもりは、最初からなかったものでねぇ。それを言ったら四対一で袋叩きにしてくる君たちはどうなんだい?』

「なーるほど、よーくわかりましたわ……。完っ璧に全力で叩きのめさなくてはならないことが!!」

『もちろん、ご自由に、フリオ君とアンジェラがどうなってもいいのならね』


(どうすればいいの? わたしとイザベラさんだけが生き残ってディーノさんたちを助けに行く?)

 全員死ぬか、半分死ぬか、アウローラは決断を迫られていた。

 アウローラの脳裏に残酷な選択肢が浮かぶが、仮に自分たちが武装を解除すればどうなるか?

 そもそも、バレフォルが自分たちを皆殺しにすることに変わりはない。

 ブリュンヒルデを持つ手が震えた。

(いつか、非情にならないといけない時が必ずくる。覚悟しなければいけない……わたしは)


「何言ってるのかな? ユリウス先生、いや、バレフォル」

 ぞくりとするような声が響いた。

 当の本人以外、誰もが背筋を震わせるほど、かわいた声色だった。

「僕を……僕たちを、なめるな」

 その瞬間、至近距離から大樹の枝が槍となってバレフォルの体を貫いた。

「アンジェラ先生! 息を止めて!」

 さらに枝の槍から真っ赤な花が咲き乱れる。

 神経に影響を及ぼす毒素を秘めたミレディゴラの花が噴き出したのは、先ほど通じると実証した猛毒の花粉だった。


 バレフォルが怯み、フリオとアンジェラを捕らえていた炎の拘束が解けて、二人の体が落ちる。

 アンジェラはとっさに飛行魔術を展開してフリオを拾い上げた。

「狙ってたの?」

「僕が攻撃を当てるにはこれくらいしか、方法がないから」


 だが、フリオが作り出した千載一遇のチャンスに、アウローラたちは動いた。

「にゃああああーーーーっ!!」

『「ウォーター」「落下フォーリング」「圧力プレッシャー」”鎮圧の瀑布サプレッションウォーターフォール”』

『「ライト」「強化ブースト」「パワー」”戦女神の光槍ヴァルキリーランス”』

 アンジェラが作り出した濁流だくりゅうがバレフォルの体を押し流したところへ、アウローラとイザベラの波状攻撃が叩き込まれ、バレフォルの鎧のような体がベキベキと音を立ててくだける。

 その胸に埋め込まれていた黒い宝石が、初めて姿を現していた。

『バカな、君たちごときにこれだけの傷を……ならば!』

 バレフォルは自分の体を中心に、強大な爆炎を放ちつつ、空間に穴を開ける。

 穴の先は元いた学園の地下空間、アウローラたちをこの空間に閉じ込めて焼き殺す算段と見て取れた。

「みんな、わたくしに捕まって!」

 イザベラの号令で、全員が彼女の体をつかむと、バレフォルがやったようにイザベラも空間に穴を開け、アウローラが全速力で飛行してくぐり抜けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る