空っぽの心を埋めるもの

 爆音ばくおん轟音ごうおん炸裂音さくれつおん

 ひたすら吐き出される大火球をディーノはかわし続けていた。

 鋼鉄の剣一振りで、目の前の巨大な合成ディロワールを相手にしなくてはならない。

 こっちはろくな攻撃手段を持たず、そして一発でも直撃すればお陀仏だぶつという時点で絶望的と言えた。

 初めてヴィオレにつけられた修行を思い出す。

 スパーグレと戦ったあのときは、生きるも死ぬも自分だけの問題ですんだ。

 しかし今は……。


 合成ディロワールの中に閉じ込められた、ソフィアとレオーネを助け出さなくてはならないと思うと同時に、頭の中に雑音が響く。

 自分のもう一つの姿は、あの二人にとってただの怪物にすぎない。

 あの恐怖に怯えきった顔が頭をよぎるたびに、体に震えが走る。

 その一瞬の硬直で、目の前に迫る大火球をよける動きが鈍り、ついにディーノは爆炎に飲まれた……。

 壁に叩きつけられて、肺に残った空気を吐き出しながら、そのまま着地もままならずに前から崩れ落ちるように倒れる。


『強いけど、弱いね』

 いつかカルロが言っていたことが頭に浮かび上がってきた。

 今なら、その答えがはっきりと見えてくる。

 両親を失ってから、無我夢中むがむちゅうで生きてきた。

 やがてヴィオレとめぐり合って身につけた力は、同年代の学生など軽くねじ伏せられる。

 だが、どんなに戦う力をみがいても、ふとしたきっかけで心はボロボロになってしまった……。

 ディーノが奥底に隠した本心は踏みにじられることにおびえる子供のころのままだ。

 他人を拒絶きょぜつし、うたがい、遠ざけてきたのは、そうしなければもろい自分の心を守れなかったからだ。


 魔降術を失った自分にできることなんか、たかが知れている。

 それでもなお、矛盾を抱えながらここへ来た自分を、ディーノは心の中であざ笑う。

 ソフィアとレオーネを助け出したところで、一体なんの特になると言うのだ……。

 助けられるにしても、こんなバケモノのぬけがらなんかより、アウローラやアンジェラの方が気分もいい。

 少しずつ、意識が遠くなっていく……。

 再び起き上がったとしても、死に至るまでの時間が少し変わるだけ。

 そんなふうに考えると、視界に映る景色が移り変わっていく。


 白い石畳に赤い屋根の街並みと、どこまでも続く青い空と海、そこは思い出したくもない故郷。

 家族とともに高台の小さな家で、もういない両親が待っている。

 もうこのまま目を閉じてしまえばと思った瞬間、家は炎に包まれ、両親は焼け焦げた灰と成り果てる。

 暗闇の中をひた走り、魔獣を、人間を、誰であろうと何者であろうと剣で容赦ようしゃ躊躇ちゅうちょもなく殺し、流れる血で作り上げた真紅の道を進む。


「お前がここに来て何年だっけ? 歳はいくつになった?」

「たぶん、十五は越えた」

「そうか、途中からになるけど仕方ねぇな。これからてめぇに最後の修行を課す」

 ディーノが記憶を駆け抜けて行き着いた先は、すべての発端となった日のことだった。

「王都にある”イルミナーレ魔術学園”、そこに通って卒業しろ。それで晴れててめぇの修行は終わりだ」

 最初は、一体なにを言っているのか、主旨が理解できなかった。

「……は?」

「学園だ、が・く・え・ん! てめぇぐらいの年頃のやつが集まって勉強してる」

「別に困ってねぇよ。あんたに散々しごかれた」

「あたしのツテで推薦すいせんしておいた。この間やらせた問題があったろ? あれが編入試験だ。めでたく中途入学できるぞ♪」

 思い出すだけでも、バカらしくなってきた……。

「いいから行け! 言っとくが、留年したりわざと退学したら破門のついでに、あたしが直々にブッ殺しにいくからな!」


 ヴィオレの無茶振りは今に始まった事でもなかったが、最初の頃から嫌々ここへ来ているようなものだった。

 大勢の人間と同じ空間にいるだけでも、息苦しくて仕方なくて、自分がどんな目で見られているのか想像もしたくなくて。

 誰とも深く関わらずに、卒業まで自分の魔術を磨き上げて、誰の記憶にも残らずにさっさと去ってしまいたかった。でも……。

『ディーノさん』

 その暖かい声と共に、腰まで伸びた美しい金の髪をなびかせた一人の少女が現れる。

 出会った頃の姿じゃなく、この学園で再び出会った今の姿で自分を呼んでくる。


 ぴくりと、ディーノの指先が動く。

 現実には数十秒と経っていなかったのかもしれないが、長い夢をさまよっていた気分だ。

 震えながら両手をついて上半身を起こし、使い込んだ愛剣を探す。

 かたわらに横たわっていたバスタードソードを、ディーノは再びつかんで立ち上がった。

「まだ死ねねぇ……。あいつだけは悲しませない」

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