大博打と言う名の糸を渡れ

 立ち上がったはいいが、未だに具体的な策があるわけでもなかった。

 合成ディロワールはディーノを大火球で攻撃しながらも、フリオが作り出した樹木の拘束こうそくを無理やりねじり切ろうとしていた。

 ミシミシと音を立てて、その幹が少しずつちぎれて行くのがわかる。

 やつが完全に自由を取り戻せば、今の自分ではどうにもならない。

 だからと言って、がむしゃらに突っ込んで行くだけでは、状況は一向に好転することはない。

 こんな時こそ、一度冷静になって相手を観察する。

 一度死にひんして、ようやくディーノはそこへと立ち返るに至った。


 今はまだフリオの拘束が生きていて、自由に身動きをとることができない。

 だからこそやつは、大火球でこちらを足止めしてくる。

 しかし、わざわざ自分を遠ざける必要がどこにあるのか?

 魔降術の使えないディーノのことなど、向こうにしてみれば大した脅威きょういになるとも思えない。

 つまり、近づかなければわからないことがある。

 それを解き明かすには、二匹のディロワールがアウローラたちを引きつけている今こそ、ディーノにとってはピンチであるが、その裏を返せばチャンスがあるかもしれなかった。


 ディーノの目には光が戻り、再びバスタードソードを構えて突進する。

 牛やイノシシのような考えなしでも、時間稼ぎのため消極的しょうきょくてきに逃げ回るのではなく、勝機をつかむための前進。

 地響きのような振動と共に、合成ディロワールの右腕を絡め取っていた木の幹がへし折れて自由になる。

 そして、ディーノへの向かって巨大な爪を備えた腕が、その巨体では想像もつかないほどのスピードで迫ってきた。

 ただ受け止めたとしても、体躯たいくによる質量しつりょうの差で、押し戻されてしまうだろう。

 ならば、取るべき行動はたった一つ。


 ディーノはさらに大きく踏み込んで、床を転がって一撃をやり過ごし、隙だらけの手首にしがみついた。

 攻撃するために伸ばした腕が再び元に戻って行く。

 ディーノの狙いは相手の攻撃を利用して、移動距離をかせぐことだった。

 走るよりも速く胴体が近づいてくるが、そう事はうまく運ばないと言わんばかりに、もう片方の腕が伸びてくる。

 ディーノの意識が右腕に集中している間に、左腕の拘束も自由になり、眼前に再び爪がせまる。

 しがみついた手をディーノは離して、落ちながらも片手に握っていたバスタードソードを体の前に持ってきた。


 火花を散らしながら刃と爪がこすれ合って、かろうじて直撃を避けるが再びディーノは床に叩きつけられる。

 それでも、距離はずっと縮まった。 

 真下にいれば両腕のリーチは逆に攻撃の邪魔となり、口から吐き出す大火球は自分自身をまきぞえにするため撃っては来れない。


 足元を走りながら見上げると、胸の中に閉じ込められたソフィアたちと目が合った気がした。

 自分たちがここへたどり着くまでの間に、未知の恐怖をどれだけ味わったかは想像できない。

 それでも自分にできる事は最初からたった一つだった。

 胸の中央にある鳥のような頭と黒い宝石、確かフェニックスと呼ばれていたディロワール。

 バレフォルの口ぶりからして、あれが目的のかなめだと言う事は想像できた。


 なら、あの宝石を砕けば全ては終わるのか?

 しかし、ディロワールの倒し方が魔降術士と同様に宝石をくだくにしても、それには宝石の持ったマナを上回るだけの威力を持った魔術が必要になる。

 それに使えたとしても、そのダメージがソフィアとレオーネに伝達されれば、最悪の結末が待っている。

 冷徹れいてつ、いや冷酷れいこくになりきれない自分たちのような人間を相手にするならば、あの二人は格好にして最高の盾だった。


 考えれば考えるほど、その手口の悪辣あくらつさには、胸を焼きがすほどの怒りがわき上がってくる。

 そして同時に、最も恐れる結末がディーノにもう一つの感情を呼び起こさせた。

 だからこそ、それを絶対にさせてはならない。


 ソフィアとレオーネにダメージを与えず、合成ディロワールだけを起用に都合よく倒せるような魔術や技術などディーノには心当たりがなかった。

 せめて、あの二人を引きはがせでもすれば状況は変わるかもしれない。

 足の間をすり抜けながら、ディーノは背中の方へと抜けた瞬間だった。


 ベキベキと鈍い音が響き、ついに全身の拘束を合成ディロワールが引きちぎり、巨大な赤い翼でディロワールが飛び立った。

 ディーノはとっさに跳び上がって尻尾しっぽの先をつかんだ。

 ゆれ動く尻尾に振り落とされそうになりながらも、ディーノはそのまま上を見上げた。


 よく見ると、合成ディロワールの背中は無数の管が集まっていた。

 あくまでも生命体ではなく、いにしえの機械を混ぜ合わせた作り物に過ぎない。

 期末試験でイザベラとともにもぐった遺跡いせきにも、タイプは違えど人工の敵はいた。

 

 パーツで構成されているのなら、どこかにソフィアとレオーネをらえた部分とつながるパーツがあるかもしれない。

 それを引き当てることができれば、あるいは……と考えるが、同時にそれは気づいたところを狙わせる罠の可能性もある。


 手がかりが一つ見つかれば、難題なんだいも増えていく。

 ソフィアとレオーネを助け出すためには、綱渡つなわたりと言うよりも糸を渡るほどのあやうく酷薄こくはく選択肢せんたくしを突きつけられていた。

 魔術さえ使えれば、たやすく背中まで飛んでいけるが、今なお内に秘めた竜の声は聞こえない。

 だからと言って、ここであきらめてしまえば、ディーノはもう二度と言葉をかわすことができない気がした……。

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