記憶の世界へ −8−

 光が指し示す先を目指して、アウローラとイザベラはひたすらに走る。

 行けども行けども黒一色の世界、本当に目的地へ近づけているのかとうたがいたくなるほどに気が遠くなってくる。

「もう! 一体どこまで行けばいいんですの!?」

 イザベラが苛立いらだちをぶちまくような声をあげる。

 アウローラも声に出さずとも、気持ちは同じだった。

 自分たちがこうしている間に、元の場所ではどれだけの時間が経過しているのか、シエルとカルロとフリオはどうしているのか、気がかりなことは多い。

 それに、心の中の場所で自分たちが原因にたどり着けたとして、本当にディーノを助け出すことができるのか?

 少なくとも、手元にはアルマがない。

 物理的な所持品を持ち込めているわけではなく、自分たちが学生服姿のままなのも、あくまでただのイメージに過ぎないのかもしれない。

 かと言って、ディーノの前で一糸まとわぬ姿をさらけ出すのも、それはそれで複雑だった……。

 指輪が指している光の道は進むほど、より強くくっきりと浮かび上がっている。

 ふと、何かが足に絡まったのを感じて、アウローラは足元をいじると、少しばかりねばつく細い糸が手先にからまっていた。

「なんでしょう、この糸」

「さっきから、足にからまってきてますわね……っきゃあ!」

 イザベラも同様にその糸をたぐって何かを見つけたのか、想像できない悲鳴をあげた。

 よく見ると、指に小さなクモがまとわりついていて、アウローラはそれを指で弾く。

「アウローラさん。へ、平気なんですの?」

「あんまり大きいのはともかく、森とか歩いてるとこれくらいはいますから」

 意外と動じていないアウローラの様子に、イザベラは意外な顔をしていた。

「けど、ようやく当たりましたわね。善は急げですわ!」

 気を取り直してアウローラとイザベラは、足に絡みつく糸など御構い無しに再び走り出す。

 そして、その先に行き着いて二人が目にしたものは、想像を絶する光景だった。

「ディーノさん! それに……ヴォルゴーレさん?」

 アウローラたちの直径三センチはありそうなほど太い糸で構成された、身の丈をゆうに超えるほど大きなクモの巣に、ディーノと、白と紫のドラゴンがグルグル巻きにされていた。

「これが、ディーノさんが受けた呪法?」

「とにかく! こんな糸切ってしまえば! ふんっ! ふんぬーっ!!」

 イザベラはディーノの方に近づき、糸に手をかけて見るがビクともしない、それどころか手がくっついてしまう。

 一見イメージしにくいが、クモの糸は下手な繊維せんいよりも強靭きょうじんにできている。

 ロープほども太さがあれば、普通の人間の力で引きちぎることは不可能に近い。

「イザベラさん!」

 アウローラはイザベラの体を強引に引っ張って見るが、ビクともしない。

「うかつでしたわ……わたくしのことはほっといて、別の場所を探してみて」

「その必要はないみたいですよ?」

 アウローラたちの周囲には、ギラリと光る無数の赤い光がにらみつけていた。

 指輪の光が強くなり、暗闇を照らした先にいたのは、黒い毛に覆われたクモの群れだった……。

 目に入る限りで、およそ二十匹ほど足を抜いて体長五〜六〇センチほど、大きめの犬ぐらいだろうか。

「い、いやあああっ! あ、あんなに大きいのがいっぱい!」

 姿を認識してしまったイザベラは、動けないことも相待あいまって半狂乱はんきょうらんの悲鳴をあげる。

 だが、脅威はそれだけではなかった。

『ホウ、ツマラヌト思ッテイタガ、若イ女子おなごノ魂カ』

 老人のようにしわがれた声の方向にアウローラたちが目線を送る。

 ディーノたちを絡め取った巣の中心には三メートルはあろう、大グモが自分たちを見下ろしていた。

「あなたが、ディーノさんに送り込まれた呪法なのですか!?」

 アウローラが大グモに対しても毅然きぜんとした態度で問いただす。

『イカニモ、我ガ名は”アトラナート”……深淵しんえんニ住マウ者ナリ。此奴こやつノ絶望ヲ喰ライ、我ガ娘達ニモ分ケ与エテオッタ』

悪趣味あくしゅみにもほどがありますわね! ディーノを返してもらいますわよ!!」

 大グモ、アトラナートに対してもイザベラは怒りの声を返す。

 クモに対する恐怖よりも、怒りがまさっているのだろう。

威勢いせいノ良イ女子おなごダ、二人トモしるしきざミ、我ガ娘トシテヤロウ』

「まっぴらごめんですわ!」

 しかし、イザベラはこの場を動くことができない。

 アウローラもこの場でどうやって戦えばいいのか、糸口がつかめないでいた。

 だが、クモの群れは待ってはくれず、襲いかかってくる。

 さほどスピードはないが、いかんせん数が多く、一度でも糸に捕まってしまえば、アトラナートの口ぶりからして自分たちはこの群れの仲間入りをしてしまうのだろう。

 こんな怪物になるために自分たちはここにきたわけじゃない。

(力が欲しい……。もっと力が、ディーノさんの助けになれるだけの力が!)

 逃げ惑うしかできないアウローラが、ほかに出来たこと、それは強く願うことだけだった。

 指輪を握りしめ、自分の無力さと臆病おくびょうさと卑怯ひきょうさをただ憎んでいた。

 その瞬間、アウローラの指輪から発された光が、ヴォルゴーレに向かって伸びた。

『その声、しかと聞き入れた!』

 今まで絡め取られて石のように動かなかったドラゴンが口を開いた。

『強く願うがいい! 全ての魔術は、願うことより始まるのだ!』

「なら、わたしはなりたい! 強く輝く本当の戦乙女ヴァルキュリアに!!」

 その瞬間、ヴォルゴーレから稲妻がほとばしり、アウローラの体にまとわれていく。

 天使のごとき翼を模した白銀の鎧と兜、そして三叉槍トライデントの形となってヴォルゴーレの力がアウローラの精神と一体となって具現化する。

 その姿は普段アウローラが魔術を使っている時の魔衣ストゥーガだった。

 アウローラは背中に光の翼を具現化させて飛び立ち、クモの群れに向かって三叉槍を振りかざした。

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