開かずの教室 −2−

 シュレントがマナを集中させて行く。

 マナでできていると思われる結界に対して、シュレントは自分のマナを強引にねじ込んで穴をこじ開けていくのが、ディーノ以外の全員がさっすることができた。

『さ、さぁ早く! 順番に抜けてって!』

 人が一人ずつようやく入り込める大きさの穴を開けるだけでも、シュレントには相当な負担がかかるのだろう。

 それぞれ順々に中へと入って行き、最後にシュレントが通り抜けて空間の穴を閉じた。

「初めて入ったよここ……」

 シエルがらす感想とは裏腹に、外から見ている時と同じなんの変哲へんてつもない教室でしかない。

「やっぱり普通に使えるはずなのよね。昔の先生はなぜここを閉鎖したのかしら?」

 しかし、アンジェラだけはどこか懐かしさを感じているらしい。

 その原因を探れば、何か分かることもあるかもしれないが、今は置いておいた方がいいだろう。

 教団、黒板、掲示板に壁も柱も、触ったり叩いたりを手分けして試してみるが、隠し扉やそれを開ける仕掛けらしいものは見当たらない。

 だが、何もない場所をわざわざ結界を張っているとも考えられないだけに、このまま引き下がるのも違う気はしていた。

「ねー、アンジェラ先生のクラスってどんなだった?」

 沈黙ちんもくが続くのが耐えられてなかったのか、唐突とうとつな話題をシエルが切り出した。

「そうね……。昔は今より実力や身分の差での風当たりがひどかったかな。どちらかが優れている人は親しまれたし、劣っていれば、その……」

 アンジェラの言葉は尻すぼみになって行く……。

 最後の授業で自分が落ちこぼれだったことを、アンジェラはクラスの全員に向けて告白している。

「あとは、ユリウス先生が同じクラスだった」

「え、なにそれ初耳、やっぱりあの頃からすごかったの?」

「そんなことないわ。むしろ先生と同じ魔術がてんでだめで、みんなからバカにされてたんだけど、夏休みをはさんで進級したら、もの凄い炎の魔術に目覚めてて、今思えば魔降術だったんじゃないかって思うの。それでついた名前が”紅蓮”」

「うっへぇ、バカルロとはえらい違いだね」

 ユリウス自身は人当たりの良い教師として評判だし、憧れている女子生徒も数多い。

 カルロとは正反対で紳士的な応対も人気の理由だった。

「剣士の旦那さんとはいつ出会ったの!?」

「それを今聞く?」

「えー、じゃああの写真のことを」

「先生相手にそう言う交渉しちゃうのかなぁ、シエルさん? シエルさんだけ夏休みに出すマナ学の宿題を三倍にしちゃおうかなぁ」

「いやー! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいー!」

 教師が生徒と同レベルになってどうするのかと、心の中であきれ返りながら、ディーノは床の方で一歩ずつ打診だしんしていた。

 異物が入っていたり、空洞があれば何か違う音が聞こえてくると踏んだからだ。

「ったく、こんな調子でみつかんのか……」

 ひとりごとを呟いて、周りの面々の状況を確かめようと上を向いた瞬間、ディーノは固まってしまう。

「え、あ……ディーノさん?」

 それまで下の方に集中しすぎてしまっていたために、人がすぐ間近にいることに気づけないでいた。

 壁の方を調べていたアウローラのすらりと伸びた白い脚と、学生服のスカートの内側に隠れて、本来なら見られてはならない女性の大事な部分を守る純白のショーツまでしっかりとディーノは視界に収めてしまった……。

「なっ! すまん! い、いやこれは違う! 違うんだ本当に!」

 ディーノは慌てて視線をそらして、しどろもどろになりながら距離をとった。

((気まずい))

 アウローラは顔を真っ赤にしながらも、そのまま言及することもなかったが、違う意味で空気が重くなった。

「ほーほー、いやつよのう、ライバルとしてはどんな心境かなぁイザベラさんや」

「そこでなぜ話題をわたくしに振りますのシエルさん? 他意はないことくらいわたくしもアウローラさんもわかっておりますともええ、シエルさんこそカルロがいたらよかったですわね」

 イザベラが茶化しにかかるシエルを抑揚よくようのない早口で切り返してさらにおまけまで付け加えていた。

 そして、この場にいないカルロのことを指摘されて、シエルの表情が変わった。

「ただの腐れ縁だってば、く・さ・れ・え・ん!」

 そして、そんな空気を断ち切ったのは意外な人物だった。

『フリオ、ここなんか変』

 ドリアルデが指摘したのは掃除用具入れだった。

 確かに手狭てぜまだが、よっぽど肥満ひまんでなければ人が入れなくはない。

 フリオが実際に中を開けてみると、ただの掃除用具入れに見えたが、中に入っている道具を全て外へと出して床の部分をフリオが触れると、違和感を覚えたようだ。

「みんな下がってて」

 フリオがマナを送り込んで行く。

 木でできているのなら、ドリアルデが中を探るのはたやすい。

「この下、空洞になってる。これかな」

 つぎ目の部分に空気が通っているのを確信したフリオが手を入れてみると、用具入れの床が外れた。

 階段などはなく、暗くて見えないが床下に何かがあるということだろう。

 フリオはポケットから種を一つ取り出すと、反対側の壁にそれをくっつけてマナを集中した。

 すると種は急激に成長してつるが伸びていき、掃除用具入れの穴へと向けてのロープとなった。

「それじゃあ、先生が先行するからみんなは後から来てね」

 アンジェラはそう言って蔓を握って下へと降りていく。

「お前ら先に行け、俺とフリオはその後で行く」

「え、でもディーノくん。こういう時は」

「ディーノは先ほどの一件を気にしているみたいですわね。わ、わたくしは別に見られても」

「いいからさっさと行けっ!」

 からかってくるイザベラに怒り交じりの声をあげてそっぽを向いた。

(イザベラさん、あんまりいじるのは良くないです)

(わかってますわよ。でも、ディーノがなんとなく変じゃありませんこと?)

 アウローラとイザベラは小声で話しながらシエルも順々に下へ降りる。

 それを確認してからフリオとディーノも中へと入って行った。

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