記憶の世界へ −5−
ディーノが奇妙な声を聞くようになって四日ほどの時が過ぎた。
マナの満ちている森の中での戦いは相変わらず
『おおおおおっ!!』
目の前には狼の姿をした
そもそも
ディーノが森の外で山賊や魔獣を相手に生きてこれたのは、稲妻の魔術を不完全ながら
一匹にとどめを刺しにかかる前に、残った二匹が同時にディーノの首を嚙みちぎりにかかってくる。
ディーノは避けることなく片方の一匹に向かって剣を振り下ろした。
大きく開かれた口に向かって刃が通り抜け、頭を真っ二つにするが、同時にもう一匹の牙が左腕に噛み付き、体重を支えきれずに転倒する。
噛みつきを振り切ろうと地面を転がるものの、効果は
自分の身ひとつで戦うことがこんなにも
使い方を理解できない力に、ただ無意識に
『苦戦しているようだな?』
おまけに頭の中に
それを強引に思考の外へと振り払って、現実を
手に持ったバスタードソードでは
かと言って、力まかせに振り切るのはいまやっているが、ほとんど効果がない。
さらに、残った手負いのもう一匹はディーノが弱って動きが鈍るのを狙っているように、距離をとって様子を
もっと取り回しやすいナイフでも持っていれば、腕に噛み付いて
『力を抜け』
『一体なんだよさっきから!』
『
視界がゆがんでくるほど、意識がはっきりしなくなっていく中で、ディーノはその言葉に従って目を閉じてみた。
閉じた目の先に広がっていたのは、様々な色彩の輝きを持った流れであった。
『これは……』
静かな青、安らぐような緑、
今のディーノに見えたのはこれくらいだった。
『それがマナ、今までのお前が見ようとしていなかったものだ』
目を閉じて本来は真っ暗であるはずの視界に現れた輝きは、不思議と気分が落ち着いていくのがわかる。
青はこの森と流れる空気、緑は生い茂る木々たちが持ちうる命、赤は今まさに自分を喰らおうとしている狼たち、そして紫は……。
『ようやく、お前に私が見えるようになったようだな。さぁ、私を知るがいい』
思い描いたイメージは今までとは違う、ただ相手を殺すと言う意志だけでは不完全だったものの本質をはっきりと感じた。
次の瞬間、狼に噛み付かれた左腕のマナを集中させ、紫に輝く稲妻がほとばしった。
『雷が……出た』
いくら出しても、周りのマナの影響で
怯んでいる狼にディーノは飛び込んで行き、再び稲妻をまとったバスタードソードが二匹の狼をなぎ払った。
『ようやくだ。お前はまだ最初の門を開けたにすぎない』
そして、そんなディーノの姿を崖の上から見ていた影が一つ。
『これで半分か、あたしの時より遅せぇが悪くねぇ。一ヶ月経つ頃には完全にものにできるか?』
ディーノの戦いは安定し始め、森に生息するほとんどの魔獣に引けを取らなくなってきた。
森の中に満ちたマナの存在を強く感じることによって、より自分のマナを活かしやすくなって来たと言うべきだった。
『ふんっ、はっ!』
バスタードソードを振り回すのも辛かったはずなのに、今は自分の一部であるかのようにさえも感じる。
『それはお前が世界の本質に気づき始めたと言うことだ。一部例外はあるが、この世界の全てのものにはマナが宿る。そしてその流れを理解することが魔術の始まりだ』
この声の主の正体は相変わらずわからないが、少し前の自分なら頭から否定していた言葉が真実であることを直感的に理解できた。
二十五日を迎えたとき、森の中に異変が訪れた。
いつも戦っていた魔獣の姿が見当たらず、今日の寝床を探そうと歩き回っている中で、ディーノ自身も森のマナがいつも以上に強まっていることを感じ。
それは、天候が荒れ始め、暴風や高波が起きる海のような変化だ。
『お前も気づいたか?』
『なにが起きてるんだ?』
ドスン、と大きく重い何かが地面を通る足音が聞こえてくる。
ぞくりと背筋に悪寒が走り、ディーノはとっさに茂みの中へ身を隠した。
生き残るためには、人並み外れた力だけでなく、身の危険を回避するための判断力も必要だ。
最初の頃はそれだけで一日が終わっていたほどだ。
それが、森の生活に慣れ始めた今になって再びやって来た。
茂みの影から視線を送った先にいたのは、狼たちなど比ではない二メートルはゆうに超えるほど大きな四足歩行の獣だ。
炎のように赤い毛皮に包まれた体は、おびただしい傷跡が歴戦の勇士を思わせる。
頭部の特徴からして、ネコ科の獣、
『やつは”スパーグレ”だ。あの体格からして通常よりも遥かに
内なる声がその正体を知っていたのか、説明してくれるが、言われなくても理解できることが一つだけあった。
こいつは間違いなく、この森の中で天敵のいない絶対的な存在であり、戦い慣れて来た自分でさえも勝てない相手だと言うことだ。
息を潜めてやり過ごすことだけが、今この場で自分が助かるための唯一の選択肢だった。
音を立てずにこの場から逃げようと、足をずらしたそのとき、バキッと乾いた音がした。
その小さな音にスパーグレは気づいた。
『グオオオオンッ!!』
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