記憶の世界へ −4−

『いったいなんなんだよあんたは!』

 ディーノは魔術で作り出したマナのくさりしばり上げられ、住んでいるらしき家の中へ連れ込まれた。

『ほどけよこれ』

『やべぇ薬とかもあんだよ。暴れられたら困るんでな』

 あたりを見回せば、大量の書物と魔獣の心臓らしき宝石が机の上に乱雑に積まれ、薬品の調合に使っているのだろう大きなかまと隣の棚には薬のびんが並んでいた。

『あいつからは何も聞かされてねぇのか……その宝石が何か知ってるか?』

『知らない』

『あいつにあたしのことを聞いてここへきたわけでもない。エンツォとルーナは元気にしてるか?』

『死んだ……ずっと前に殺された』

 両親のことを聞かれたディーノは、それだけでも心の内にどす黒い炎が燃え上がるように表情を変えた。

『そうか……あいつはお前に魔術の存在を教えないままっちまったか、あいつらしいっちゃらしいな』

 女性は指先に小さな火を灯してキセルの中のきざみ煙草に火を移す。

 そして物憂ものうげにキセルをふかして煙を吐いた。

『お前、三つのころに病気にかかったことあっただろう?』

 ディーノは図星をつかれたように顔色が変わった。

『ルーナのやつが命がけでここへ来て泣きついて、あたしが死にかけたお前の体にその宝石を埋め込んで、マナを活性化させて治した……信じられねぇってツラだな』

 偶然ぐうぜん迷い込んだ森で、自分の両親の縁者えんじゃに会うなど、たとえディーノでなくても同じような反応をしたことだろう。

『あたしはヴィオレ。”焔星ほむらぼしの魔女”なんて呼ぶ奴もいるな。でもってルーナはあたしの妹だ』

『えええええっ!?』

 その驚きの声をあげたのは、記憶の中のディーノではなく、アウローラとイザベラだった。

「ヴィオレ先生が、ディーノさんのお母様の姉君!?」

「世間って狭いんですわね……」

 学園の元教師で、学園を去った現在でも逸話が残るほどの魔降術士、当の本人はこの時まで知らなかったようだが、ディーノは彼女のおいと言うことだ。

『ここであったのも何かの縁だ。色々と教えてやるよ』

『いらねぇよ』

『ほ〜、口だけは立派だな。けど、この森にあたしがいる限り、てめぇは一歩も出られやしねぇぜ? 実は出るときだけ作用する特製の結界が張ってあるからな♪』

『なっ! てめぇ汚ねぇぞ!』

『そっちが何も知らずに入って来たんじゃねぇか! それにてめぇはあたしにボロ負けしたんだから、あたしの所有物だ。さてと、まずは風呂とメシだな』

『なにしやがる! 放せ!』

 ヴィオレはディーノの体をかつぎ上げて家の外にある天然の温泉に服を脱がして投げ込んだ。

 水面に顔を出したディーノが見たのは、一糸いっしまとわず生まれたままの姿をさらけ出したヴィオレが飛び込んでくる光景だった。

 羞恥心しゅうちしんと言うものがないのかと思うヴィオレに思わず目をそらす。

『おーおー、ガキらしい反応だなおい♪ もっとこっち来ていいんだぞ?』

『うるせぇよババア』

『こちとらルーナと三つしか違わねぇよ! いい度胸だ!』

 ヴィオレがディーノの体を強引に引き寄せてくる。

『ろくに風呂入ってなさそうなのはともかく、痛々しい人生送って来てんな』

 ディーノの体は、以前アウローラが見たときと同様の傷だらけだった。

『見んなよ』

『っははははは! あたしだって大差ねぇよ』

 その細くくびれた腹部には何かに貫かれ、さらに火傷まで広まった大きな傷跡があった……。

『あたしはルーナと違うけど、ガキはちったぁ大人に甘えたっていいんだぜ♪』

『うぬぼれんなババア』

『可愛くねぇやつめ! そーゆーこと言う口はこうだ!』

 ヴィオレはディーノの首に腕を回して冗談交じりに占めてくる。

『お前がどう思おうがあたしはもう決めたからな。あたしに教えられること全部お前に叩き込んでやる!』

 こうして、ヴィオレとディーノの奇妙な共同生活が始まることになった。

「強引な方ですわね……」

「イザベラさんに似てますね」

「ちょ! それどう言う意味ですの! わたくしあんなガサツじゃありませんわ!」

 アウローラは記憶の中のヴィオレとイザベラの体型をじーっと観察して、自分の胸元に視線をうつし、小さなため息をついた。

 イザベラもヴィオレも女性らしい凹凸がはっきりとしたプロポーションで、ヴィオレに至ってはそれを惜しげもなく見せつけるような格好だけに、ディーノがあれを見慣れているとすれば、アウローラは自分の体型が見劣りしているように感じてしまう……。

「ディーノがそれをあなたに向かって直に口にしまして? わたくしだって胸だけで意中の相手を落とせるのなら、ディロワールになんてなってませんわよ」

 イザベラは、自分が犯した過ちさえも笑いの種にしてしまえるほど強く堂々と構えている。

 不安におかされてしまいやすい自分とは違う、ある意味ではよっぽど貴族然としていると思わされる。

「イザベラさんは強いですね。普通だったらそんなこと言えないのに」

「……そう言うところは嫌いですわ。遥かに前を走ってるくせに、無自覚なんですから」

 そうこうしているうちに、ディーノの記憶はさらに進んでいく。

 出会ってまずは、この森に群生している植物の成分とそこから薬を作り出す方法を叩き込まれ、徒弟とていとして最低限の料理と家事も教え込まれ、一ヶ月ほどは住み込みの家政婦じみたことばかりだった。

『さてと、ここはこの森の中でも一番危険な魔獣の群れが住み着いてる。一ヶ月ここで生き延びろ』

 それが終わってからは、人間では登れないような切り立った崖に囲まれた盆地へと連れ込まれたディーノはヴィオレに叩き落とされた。

 三年間さまよって慣れていると思わされたディーノだったが、そこはマナが拡散しやすく、作り出した稲妻があっという間に霧散してしまう。

 結果として剣だけで戦い抜かなければならなかった。

 魔獣と戦えば当然傷つき、思い通りに動くことはできなくなる。

 そのための手段として、ディーノはサバイバル能力を一から叩きこまれたのだった。

 拡散しやすいとはいえマナそのものは潤沢じゅんたくな森の中、魔術士の体に良く作用する植物が大量にあり、多少の傷や空腹はそれで癒すことができた。

 しかし、それは魔獣の側にしても同じことで、ディーノは奮戦しながらも倒し切ることが叶わない日々が続いた。

『ち、ちくしょう……。これでやっと十日か』

 こんな調子で生きていけるのか、それどころか自分がなんのためにこんなことをやらされているのか、ディーノにはさっぱり理解できないでいた。

『くくく、なら親と同じ場所へ行くか?』

『誰だっ!!』

 どこからともなく、今まで聞いたことのない声が聞こえる。

『さぁ、誰かな? そうそう、ここももうじき危険になるぞ。お前が毎晩ここで休んでいることを魔獣は察知さっちしている』

 ディーノも最初は錯乱さくらんしているのかと思ったが、集まり始めている魔獣の気配は間違いなかった。

 十一日目を迎えて得た教訓は、寝床をその日ごとに移動させなければ喰い殺されると言うことだった。

 奇妙な声の正体がわからないまま、終わりのわからない修行は続く。

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