二人目の七星

「行けども行けども一本道……迷いようはないけど、わたくしたちどこへ向かっているのかしら……」

「とにかく進むしかないんじゃないかな」

 フリオとイザベラもまた一本道をひたすら進んでいた。

『うーん、この辺は何も生えてないみたい。ごめんね』

 ドリアルデは周囲に植物があれば、それらを介して周囲の情報を得られるが、ここは地下のそれも石造りの建造物、有力な情報を得るのは難しいようだった。

「あなたは魔降術を使うようになったのでしたわね? 契約とはどう言ったものですの?」

 イザベラは後天的に魔降術を習得している身近な相手と二人きりになったことをまたとない機会と捉え、他の人間がいない今なら聞きだせることがあるかもしれないと踏んでいた。

 しかし、フリオは複雑な表情を浮かべていた。

「わたくしには話したくないってことですの? そ、それはまぁお世辞にも親しいとは言い難いことくらいわかりますわよ」

「ち、違うよ。僕が契約したのは、モンテ君たちに復讐ふくしゅうしたいって理由だったから」

 自分のこと以上に、自分の育てた植物たちがしいたげられ続けることに耐えられなくなり、あの三人にそれ以上の苦しみを与えることを望んだ。

「それに、ドリアルデさんが生まれたばかりだったから加減が効かなくて」

 契約した時点でのドリアルデは人格が子供であり、純粋であると同時に残酷でもあった。

 人間であれば常識や倫理りんりで踏みとどまるところを、ためらうことなく踏み切ってしまう危うさがあった。

 結果的にディーノが割って入ったものの、あのまま行けば自分は人の道を踏み外してしまっていたことは容易に想像できた。

「でも、あの時思い出せないことがあるんだ。その前に旧校舎で”誰か”にあったはずなのに、わからないんだ」

「まさか、バレフォル?」

「だったらあの時ディロワールにされてると思うんだ」

 シエルは条件を満たしていなかったからと推測していたが、思い出せない誰かの正体は未だわからずじまいなことを、フリオは今まで不安視していた。

『ひょっとして、契約した日にいたやつのこと?』

 ドリアルデが二人の会話に突然割って入ってきた。

「覚えてるの?」

『うーん、ちょっとだけ。声はフリオたちより大人の男だと思う。強い火のマナを感じたよ』

「強い火のマナ……」

 フリオは以前バレフォルとディーノの戦いを一度見ている。

 人間の時とディロワールの時、マナの性質が変わらないとしたら、学園にいる大人と言えば、魔術の素養に関係のない清掃員や用務員といった雑用係をのぞけば、必然的に教師の誰かと言うことだ。

「かなり有力な手がかりですわね。男性教師で火のマナの使い手……」

 性別とマナが特定できるのならば、かなり絞り込めるはずだ。

『まさか、一番最初にたどり着いちゃうかもしれないのが、一番ノーマークだった二人とは思わなかったなぁ』

 聞きなれない女性の声が突如、通路に響いてきた。

「何者ですの!」

 イザベラが反応した瞬間、二人の体にどんよりと重い空気と不快感が襲いかかってくる。

 ディロワールの常套手段である異空間へと引きずり込まれていたのだ。

 周囲に壁はなく、見渡す限りに宙をただよっている無数の巨大な目玉がこちらをギョロギョロと見つめてくる。

 足場はあるものの、不定形の何かに取り込まれてしまった錯覚を覚える風景は、悪趣味な絵画を思わせた。

 目の前には空中で足を組み悠然ゆうぜんと座る異形いぎょうの影があった。

「バレフォルじゃない!?」

 銀と青の金属のような光沢を放つ体で、魚類を思わせる流線型のシルエットは胸のふくらみや腰の骨盤の形から女性的、顔は目も口も存在しない初めて見るディロワールだった。

『自己紹介しておきましょうか? 私はディロワール七星の一人ウェパール、もっともバレフォルより弱いつもりはないよ?』

 フリオは魔降術を使うための種を手に忍ばせ、イザベラはアルマを使おうと身構えた。

 しかし、イザベラのアルマは具現化することなく、彼女のマナは次第に小さくなっていく。

「くっ! ここにきて!」

 能力的に戦闘向きとは言えないフリオと、満足に魔術を行使できないイザベラ。

 確実に数を減らすために自分たちは分断されていたと、二人ともが悟っていた。

「弱った相手をいたぶることしかできないなんて、同じ女として負ける気がしませんわ!」

 精一杯の強がりとともにイザベラは挑発をくれてやるが、ウェパールの挙動は微動だにせず、むしろ余裕綽々よゆうしゃくしゃくだ。

『私は野蛮な戦いって好きじゃないの。だからサクッと殺して終わらせるのがお互い幸せじゃない? この目たちを楽しませる死に顔を披露ひろうしてちょうだいね』

 ウェパールが動くと同時に、フリオは数粒の種を無造作に投げてマナを送り込む。

 瞬時に育った木が二人とウェパールの間に壁を作り出したと思った瞬間、幹ごと真っ二つにされ、水飛沫みずしぶきが舞う。

『あら、意外とやるみたいね』

「ディーノくんみたいにはいかないけど、僕だって戦うためにここへきたんだ!」

『それじゃあちょっとだけ……まじめにやらなくっちゃねぇ』

 予想外の動きだったのか、ウェパールの放った声色と雰囲気がひりつくような熱を帯び、それが明確な殺意だと言うことを、フリオとイザベラは瞬時に理解した。

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