魔符術と魔降術
「ホームルームでも言ったけど、今日は本来の授業でもないし、テストにも出さないけど、みんなには知ってもらわなければいけないことを教えます」
アンジェラが、黒板にサラサラと何かの図解を描き始める。
左側に、一部に宝石を取り付けた剣や杖といった武器を持った人間、そして手に持った四角形はカードだろう、言葉を発する意味を持ったフキダシを最後に書き、武器から炎や水を放っている。
おそらく、アルマとカードによる魔術を簡略化したものだと、クラスの全員が察したことだろう。
そして右側には、体の中心に宝石のような図形を描いた人体のシルエット、背後に魔獣らしき影、左の図と違うのは稲妻や風を手から直接放っていることだ。
こちらの反応はイマイチだ。
「この絵の違いはなんだと思う?」
アンジェラが質問を投げかけるが、積極的に答えられる生徒はいないようだ。
優等生で通っているアウローラも、人格に問題があっても点数はいいマクシミリアンも、これには首を傾げている。
しかし、カルロだけは素知らぬ顔で他のクラスメイトに合わせているのが、ディーノにはわかった。
「みんなはわからなくて当たり前よ。本来は三年生になってから教える知識だからね。けど、ある事情が重なると、前倒しして教えることになっているの」
アンジェラは、こほんと咳払いをしつつ、左の図をチョークで指して説明を始める。
「こっちの図は、私たちが普段から使っている魔術を簡単に描いたもの。ここまではみんなもわかったはずよ」
続いて右側の図をチョークで指す。
「単刀直入に話すけど、今日の授業の内容は、ディーノ君が使っている魔術についてよ」
アンジェラの言葉に教室中の空気が変わった。
単純に驚いている者、戸惑う者、ワクワクした顔を見せる者、反応は様々だが、その誰とも違う反応を示したのはマクシミリアンであった。
「待って下さい先生! 彼は闘技祭で不正を行ったはずです! あんなものは魔術じゃない! それを見逃すというのですか!?」
「見逃すも何も、ディーノ君はれっきとした魔術士よ。それをこれから説明するから、静かに聞いていなさい」
マクシミリアンの主張は、斬って捨てるように否定され、苦虫を噛み潰す表情がより一層の険しさで、見る影もないほど歪んでいた。
「私たちが普段から使っている魔術は、アルマの核となる宝石とカードによって発動させるのはご存知の通りよ。だけど、厳密に言えばこの呼び方は少し違う」
左側にある図の上に、アンジェラは大きく名称を書き込んでいく。
「正確には《
「製霊が宿る宝石です」
アンジェラの質問にクラスメイトの一人が返答する。
一部では、なぜ今更それを掘り返すのだろうと、言葉のない声を表情が語っている者もいたが、アンジェラはそれも織り込み済みなのがわかる。
「そう。だけど製霊とアルマの製法が確立されたのは、およそ二〇〇年前のこと、ならそれより前の魔術はどうやって使ったと思う?」
教室の面々は首を傾げながら、頭の中で答えをひねり出そうと、それまでに受けた授業の記憶を反芻する。
そして、先ほどアンジェラが投げかけた問いをつなぎ合わせることができたのか、一人が挙手をする。
「お、フリオ君早いね」
「……ひょっとして、魔獣や幻獣の宝石ですか?」
クラスの面々はその回答に感心した声を上げた。
「正解! さらに言うなら、ディーノ君は最初から答え言ってるんだけど、覚えている人いる?」
新たに出されたキーワードと、それらを組み合わせれば、勘の良い人間ならアンジェラの次に出す答えに気づくかもしれない。
「結論から言えば、ディーノ君はアルマを持つ必要がない。それは《自分自身》をアルマにしているからよ……宝石を体の中に埋め込んでね」
その言葉で、クラスの全員が編入してきた初日の授業を思い出した。
ディーノがアルマの存在を不思議がっていた本当の理由が、ようやくクラス全員の中で合点が行ったようだ。
「それを現したのが、こっちの図ってわけ。闘技祭の時も、普段の実技演習の時も、ディーノ君は不正を行ったんじゃなくて、私たちの使う魔符術よりも古い体系の魔術を使っていたってだけの話なの」
右側の図解にアンジェラは単語を書き出していく。
「それが《
一通りの説明を聞かされても、はっきりと理解できた者の方が少なそうだ。
「先生、じゃあどうしてあんなに強い魔術……魔降術を教えてないし使わないんですか?」
「そうです! 洗練された新しい技術に、なぜ原始的な方法が勝てるというのですか!」
フリオの言葉に便乗するようにマクシミリアンが疑問を重ねる。
片や純粋な好奇心、片や納得のいかない現実への反抗といったところだろう。
「一つずつ返していきましょうか。まずフリオ君の質問なんだけど、魔降術は魔符術と違って明確な区分けをなされていないの」
製霊と違い、魔獣や幻獣の宝石は個体差が大きく、同じ種類でも同じ魔術を習得するとは限らない。
また、本人の資質と相性に大きく左右されやすく、それを不特定多数の人間に教え、広めることは極めて難しいという事だった。
「今は魔符術が普及しているから、魔降術士の割合は魔術士一〇〇人いても一人か二人くらいが良いところね」
実際、この学園にも魔降術士はいるが、四年生と五年生に二人ずついるぐらいだという。
「古い家系の子なんかは、学園に入る前から修行を積んでる子もいるわ。なんだけど、そこにもう一つの問題点があってね。魔降術はどんなに遅くても、子供の頃には宝石を埋め込んで魔獣、あるいは幻獣と一心同体となる契約を結ぶの。多分ディーノ君も、五歳くらいの頃には済ませているはずよ」
『五歳ぃっ!?』
一斉に驚きの声が上がった。
それぐらいの年なら、まだ初等部にも入るか入らないかと言ったぐらいの年頃から体に異物を入れて、戦うための力を手にしていたことになる。
「時間もかかるし人によって何を教えるべきかも異なる。だから、魔降術は一子相伝、あるいは師弟の間で受け継がれていく形式を取っているの。勘の良い子は気づいてるかもだけど、ヴィオレ先生も魔降術士だから」
クラスメイトの面々は、納得した者と戸惑う者が半々と言ったところか。
「そして、最後にみんなに伝えなければいけない事があります。軽い気持ちで魔降術を学びたいなんて考えない事」
アンジェラの口調は普段の明るさとかけ離れた、厳しく警告する種類のものになっていた。
「今日みんなに魔降術の事を教えたのは、正しい認識を身につけて欲しいからよ。魔降術は魔符術以上に資質と適性を要求される。それは戦う素質とは別のもの」
アンジェラは自分の胸に手を当ててアピールする。
「魔降術は魔獣、幻獣に自分の体と心を預けるもの。そのバランスが崩れてしまった魔降術士はただでは済まない」
「死んじゃうって事ですかー?」
アンジェラは嘆息し、険しい表情のまま続ける。
「それならまだ良い方よ。一歩道を踏み外した結果、人としての心を食われて《怪物》と成り果てた魔降術士の例は一つや二つじゃないわ。先生はみんなにそうなって欲しくはないし、もちろんディーノ君にもそんな風になって欲しくはないの」
クラス中が、しん……と静まり返って、アンジェラの言葉が反響しているようだった。
「みんなに普段から教えている魔符術は、魔降術をより安全に、多くの人が使えるように今日まで研究されてきたものだし、ディーノ君とカルロ君の試合を見れば魔符術が魔降術に絶対的に劣るものじゃないってわかるはずだって、先生はみんなのことを信じてるから」
クラスの面々に対してそう締めくくると、アンジェラはいつもの親しみやすい表情に戻り、同時に終業のチャイムが鳴った。
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