七不思議研究会の秘密

 時を同じくして、旧校舎の部室。

 その日はお茶会でもなく、残った六つの不思議に関するまとめを洗い出していた。

 むしろ、本来の活動内容としてはその方が合っているはずだと言うのに、シエル以外の誰もが違和感を禁じ得ないでいた。

「実際、あれから何も起こってねぇよな?」

 ディーノは頭に浮かんだ疑問を、そのままシエルに対してぶつけた。

 確かにマクシミリアンの一件では、この部室からアウローラを監禁していた奇妙な礼拝堂へと道は繋がっていたのはわかる。

 しかし、次に起きたモンテたち三人は、他の不思議に大きな関わりもなく放課後に堂々と襲いかかってきた。

 自分たちを三組に分断する目的以外に、策がなかったとも考えられるが、学園の怪談話が深く関連しているとは言い難かった。

「屋上は普通に行けるよね」

 フリオの新しい花壇を作った屋上への階段には、たどり着くことがなくどこへ繋がっているかも分からないという内容の怪談だったが、いつ行ってもそう言った様子はない。

「開かねぇこと以外に変わったところのない教室もな」

「鍵がないから、中は確かめようがありませんでしたね」

 ディーノとアウローラが以前調べた開かずの教室も、特に変わったところのない使われなくなっただけの教室といった具合だ。

 残りは四つだが、どれもこれも怪談の域を出ることもない。

「シエル、ひとつ聞いていいか?」

 ディーノは真剣な面持ちで彼女の空色に輝く瞳を見据える。

「おっ、アウローラちゃんに、イザベラちゃんと続いて、これはまさかハーレム展開が待ってたりするのかなぐふぉっ!!」

 横から茶化しにかかったカルロの顔面に、無言の右ストレートを叩き込んで黙らせる。

「お前はなんで、怪談調べようなんて思ったんだ?」

「前にも言ったじゃん♪ 学園生活を楽しくしたいからだって」

 シエルは臆面もなく返答するが、ディーノはその答えに満足することはない。

「ただ楽しくってんなら、どうしてわざわざ戦いに首を突っ込もうとする? 歌でも歌ってるならともかく、俺がここへ来るよりずっと前からこんなことをしてる理由はなんだ? その煮え切らねぇ答えを繰り返すうちは、お前のことを俺は信じられない」

 それが、ディーノの率直な疑問だった。

「……わかった。じゃあ、ドアも窓も閉めて。あ、カーテンもお願い」

 少し俯いて、つぶやくようにシエルは言葉を発する。

 カルロとフリオがそれぞれ言われた通りに、黄昏時が近づく部室は暗がりが支配し始める。

 それを確認すると、シエルは制服のポケットから学生証を取り出し、挟み込まれた一枚の紙切れを机の上に広げた。

 古ぼけて変色した一枚の写真には、この学園と同じ制服を着た、ディーノたちと同じくらいと思われる少年と、一緒に写っているのは十歳前後の少女。

「この子はシエルさん?」

「まぁねぇ♪ 写真からでもほとばしる美少女オーラは隠しきれないよね〜♪」

「いいから本題に入ってくれ」

 フリオの指摘にシエルはおどけながらも答えるが、ディーノは顔色一つ変えずに急かした。

「一緒に写ってるのは、シエルちゃんの年上彼氏かな?」

「そっ! バカルロなんて足元にも及ばない〜って違うっての!」

 放たれる掛け合いこそいつものものだったが、恒例の一撃が飛んでこないことから明らかに空気が違うことが面々は見て取れた。

「あたしの……兄さんだよ」

「お兄さんもこの学園に通ってたんですか?」

 アウローラの一言にシエルは黙ってうなづくが、その表情に底抜けの明るさはまるで感じない。

「でも……いなくなっちゃったんだよ。生きてるのか死んでるのかも分からない。死んだってことで、学園からお詫びのお金いっぱい払われたけど、あたしは納得できなかった。兄さんの真相が知りたくて、お父さんもお母さんも反対したけど無理言ってここに来たの」

 いつも教室を湧かせるムードメーカーの彼女が明かして来なかった秘密は、四人ともを絶句させるには十分だった。

「学園の中をあちこち調べても、せいぜいバカやってるなってみんなが思ってくれたら儲け物かなって」

 部活動という名目に隠されたあまりにも重い動機と真実に対して、その場にいた誰もが想像もし得ないものだった……。

「信じてもらえないかもだけどさ、戦いにみんなを巻き込むつもりはなかったんだ。こっそりこんなのも準備してたわけだし、あたし一人だってディロワールと戦うんだから!」

 懐から竜火銃ドレイガを取り出して、大仰な仕草を混ぜながら笑顔で構えた。

「ざけんな」

 しばしの沈黙が訪れた後、ディーノは眉間に皺の寄った顔を崩さずボソリとシエルに返す。

「そだよね……あたし自分勝手だったよね。退部しても……」

「俺は降りねぇよ。あんなことはもう繰り返したくないからな」

 たとえディーノがこの場を離れようとも、見えざる怪物たちが今さら自分たちを見逃すとは考えにくい。

 ディーノ一人ならば退けることはできるかもしれないが、これから先も次々と学園に通う誰かが怪物たちの標的にされ続ける。

 少なくともシエルが戦う理由が邪なものでないのならば、一緒にいても構わない。

 アウローラだけではない、見知らぬ誰かであっても救うことが自分の目指す道へとつながっていく。

 それがディーノの結論だった。

「僕もこの力を役立てるって自分で決めたんだ」

 次に腰を上げたのはフリオだったことに、その場の誰もが驚いた。

 特にディーノは信じがたいと言わんばかりの視線と表情をフリオに向けて送っている。

「お前本気で言ってるのか?」

「ディーノ君にも、みんなにも良くしてもらっておいて、僕だけ逃げるなんてできないよ」

 その言葉と目にははっきりと迷いのない意志がこもっている、あの姿を見たときと同じで臆するどころか全てを受け止めたかのようにフリオの顔つきはブレない。

「だってさ、一番弟子もなかなか様になってるんじゃない?」

 カルロがディーノの方に馴れ馴れしく手を置きながら茶化すのを、例のごとく眉間にシワのよった視線と手を払う無言の返答を送っていた。

「恐ろしい敵がいるとわかっているんです。シエルさんだけを置いて行くなんて絶対にできません。カルロさんもそうでしょ?」

「可愛い子とお茶できるなら、僕はなんだっていいよ♪」

 一番戦いから遠ざけるべきだとディーノが考えていたフリオが動かないのだから、アウローラとカルロが一緒にくると答えるのは十分予想できたことだった。

「つまりやることは増えたってわけだね。シエルちゃんのお兄さん探して、妹さんを僕にくださいってお願いしなきゃ♪」

「うん……ってどさくさまぎれに何言ってんの!!」

 シエルの飛び蹴りがカルロの顔面に炸裂するのは、わずか一瞬の出来事であった。

 教室の端まで転がったカルロの表情は、少しばかりニヤついていたのだがそれを察知する人間は誰もいなかった。

「シエルさん。シエルさんはご自分で思っているほど、嫌われてはいませんよ。そうでなければ、今まで一緒にいたはずがないんですから」

「アウローラ……」

「一緒に頑張りましょう。ね?」

 アウローラはシエルの両手を握って、優しげな笑顔とともにまっすぐと見据えて言い切った。

「これじゃあたしがバカみたいじゃん! もう、みんな後悔しても知らないんだからね!! 学園七不思議研究会ファイオーっ!!」

『ふぁいおー』

 暗がりの部室で響く声には温度差がありながらも、新たな戦いを予感させていた。

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