第3話 王立剣魔学園


 鍛錬場での一件でレヴィエナを味方につけた俺は、制服に着替えてから朝食を摂ってから家を出た。屋敷の敷地から一歩外に出ると、すでに馬車が待機している。

 馬車の横には『毒蛇の尾を持つ魔犬』の紋章が付けられていた。魔犬ケルベロスをモチーフにしたその紋章はバスカヴィル家の家紋である。


「いってらっしゃいませー! 坊ちゃまー!」


「う……」


 馬車に入るや、屋敷の門扉でレヴィエナが大声で手を振っている。その右手には白いハンカチが旗のように振られていた。

 たかが入学式に行くぐらいで大袈裟すぎる見送りである。初めて会ったときには鉄面皮のように表情が硬かったが、ちょっと優しい言葉をかけただけで見違えたように明るく変貌してしまった。


「……チョロすぎるだろ。DV男に捕まって人生を棒に振るタイプだな」


 DVの被害に遭う女性というのは、暴力男からたまに優しい言葉をかけられることで『この人は本当は優しい人なんだ』と騙されてしまうらしい。

『ゼノン・バスカヴィル』から日常的に暴力を振るわれ、俺に優しくされてあっさりと心を開いたレヴィエナは、まさしくその典型である。


「責任取って俺が面倒見てやらないとな……下手に外に放り出したら騙されて売り飛ばされちまいそうだ」


 俺は秘かに決意を固めて、馬車の窓から控えめに手を振り返しておいた。

 他にも見送りに出ているメイドや執事がいたのだが、彼らは揃ってレヴィエナの変貌に面食らっているようだった。それどころか、道を行く通行人までも何事かと集まってきている。。


「出発しろ。早く!」


「は、はい!」


 声を張って命じると、怒鳴られたわけでもないのに御者が慌てて馬車を走らせる。


「お坊ちゃまー! どうかお気をつけてー!」


「…………」


「お坊ちゃまああああああ! どうかケガなどせず、無事にお帰りをおおおおおおおっ!」


「……もう勘弁しろよ。戦場に行く恋人でも見送ってんのか」


 叫ぶような声援もやがて遠ざかって聞こえなくなる。俺は安堵の息をついて馬車の背もたれに体重を預けた。


「さて……ようやくゆっくり考えられるな」


 馬車の中には俺一人。馬を操っている御者はいるが、運転席にいるため気にはならない。


 早急に考えるべき議題は、どの程度までゲームのシナリオをなぞっていくかだ。

 今日の入学式から『ダンブレ』のストーリーが始まり、主人公であるレオン・ブレイブは2年の月日をかけてヒロインと共に成長して魔王を封印することになる。

 俺はクラスメイトとしてレオンやヒロインと学園生活を送るわけだが、どの範囲までメインシナリオに関わるべきだろうか?


 大前提としてヒロインを寝取ることはしない。当たり前だ。

 俺は他人の彼女を略奪して喜ぶ趣味はない。それどころか、普通に純愛が好みの正統派の恋愛観を持っている。『ダンブレ2』のような鬱展開には決して持っていかない。これは決定事項である。

 NTR展開を避けるのは性癖や倫理だけの問題ではない。ストーリーをなぞって俺がヒロインを奪った場合、もれなく世界が滅びることになってしまうのだ。


「勇者が魔王を封印する。ゼノンがヒロインを奪う。そして……絶望した勇者は魔王を蘇らせる……」


 あえて声に出して、『2』のエンディング場面を反復した。

 ゼノンはヒロイン全員をレオンから寝取り、最後に彼女達を抱く姿をレオンに見せつけるのだ。全てを奪われたことを悟ったレオンは絶望して、その果てに自らが封印した魔王を復活させてしまう。

 世界は魔王によって滅ぼされる。ヒロイン全員を寝取った勝利者であるはずのゼノンも、魔王が放った大規模魔法によって王都もろとも消し飛ばされてしまうのだ。


 これは絶対に避けなければならないバッドエンディングである。

 この未来を避けるためにも、俺はゼノン・バスカヴィルの代名詞である『NTR』を捨てなければいけない。


「……となると、そもそもレオンやヒロインには関わらないほうがいい。シナリオは無視して、レオンが魔王を倒してくれるのを待っていれば世界は救われる」


 そう考えると、問題は思ったよりも簡単なのかもしれない。

 自分が何もしなくてもレオンが勝手に魔王を倒して世界を救ってくれるのだ。俺は必要以上に動かなくてもいい。

 勇者ともヒロインとも関わらず、暢気に学園生活を謳歌していれば良いだけではないか。


「何もしなくていいとは楽な仕事だ。願ったりじゃないか」


 俺は会心の笑みと共に膝を叩く。

 ゲームの世界に転生したことで俺も世界のために何かをしなければいけないかと思っていたが、ゼノン・バスカヴィルは世界救済に必要のない人間なのだ。

 自分のことだけを考えて、自由に生きていけばそれでいい。友達を作り、恋人を作り。楽しい学園生活を送ればいい。


「難しく考えすぎていたのかもしれないな……主人公じゃあるまいし、世界を背負う必要はないか」


 俺が苦笑を漏らすと同時に馬車が止まった。どうやら目的地に到着したようである。御者が開いた扉から、軽い足取りで地面に降り立った。


「おお……!」


 目の前に巨大な建築物が立ちふさがる。

 上級貴族であるバスカヴィル家の屋敷よりも何倍も大きな建物。背後に伸びた時計塔は、ロンドンが誇るビッグ・ベンのごとく優雅に堂々と天へ伸びている。


 スレイヤーズ王国・王立剣魔学園。

 俺が前世でこよなく愛したゲーム『ダンジョンブレイブ』の舞台となる学校が、目の前のそびえ立っていたのである。


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