第5話 悪人顔の受難

「うげっ……」


 自分がやってしまったことに気がつくのに数秒がかかった。

 気がついた時にはすでに時遅し。いっこうに立ち上がらない『ゼノン・バスカヴィル』に、生徒達からざわめきの声が上がってくる。


 最初は誰が『ゼノン・バスカヴィル』かわからない様子の新入生であったが、どうやら彼らの中に俺の顔を知っている人間がいたらしい。彼らの視線を追って、すぐに俺の元へと視線が集まっていく。

 おまけにあつらえたように周りの席が空いており、格好の視線の的となっている。ざわめきは大きくなる一方だった。


「バスカヴィルって……あの凶悪貴族?」


「先代国王を暗殺したって噂の……」


「犯罪ギルドの……そうそう……」


「隣国と内通してるって聞いたけど……」


 新入生の間からはヒソヒソと不穏な言葉まで上がっている。覚えのない悪評まで上がっており、俺を見つめる視線には恐怖と嫌悪が入り混じっていた。

 まずい。入学早々に悪目立ちをしてしまった。俺は顔を引きつらせながら、焦って立ち上がろうとする。


 しかし、それよりも先に司会進行をしていた教師が溜息をついた。


「やれやれ……本当に仕方がありませんね」


 初老の教師はモノクルをかけた目でこちらを睨みつける。


「ゼノン・バスカヴィル君。貴方が入学試験の結果に……学年次席という立場に不満を抱いている気持ちはよく分かりました。上級貴族の後継ぎとして、あくまでも頂点を目指す姿勢は評価に値します。ですが……ここは王立剣魔学園。実力主義のこの学園では、貴族も平民も公平です。生まれによって特別扱いをすることはありません。いかに侯爵家の人間とはいえ、学内で無礼な態度は慎みなさい」


「…………」


 いや、全然違います。立ち上がるタイミングを逃しただけです。

 俺はそもそも入学試験なんて受けてはいない。受けてない試験の結果に満足も不満もあるわけがないだろう。反抗的な態度をとるつもりなんて少しもないのだ。


「むう……」


 さて、どうしたものか。

 ここで先生の指示に従ってすごすご立ち上がってもいいのだが、それはあまりにも情けなくないだろうか?

 別に格好をつけたいわけではないが、ここであっさりと屈して恥を掻くようなことがあれば、今後の学園生活でイジメとかに遭うかもしれない。さすがにそれは避けたいところである。

 とりあえず、座ったまま謝って反応を見てみようか?


「……これは失礼をいたしました。ご忠告、肝に命じましょう」


 と、俺は椅子に腰かけたまま軽く頭を下げた。


「…………」


「…………」


「…………」


 ……何でこんなに静まり返っているのだろう。

 たしかに生意気な口調だったかもしれないが、一応、謝罪はしたはずなのだが。

 あっちのメンツも保たれたはずだし、俺のことは流してさっさと先に進んで欲しいのだが。


「……そうですか。あくまでも反抗的な態度を戒めるつもりはないということですか」


「は……?」


 初老の教師が苦虫を噛み潰したような表情でつぶやく。

 いやいやいや! 別に逆らっているわけではなくて、ちゃんと謝罪をしたはずだ。文脈をもう一度確認してくれ!

 しかし、この悪人面のせいなのか。それともふてぶてしい態度がオーラとして放たれてしまっているのか。どうやら教師はもちろん、周囲の生徒も、俺が教師に反発した態度をとっていると受け取っていた。

 顔はともかくとして、本当に悪かったと思っているのに何でこうなってしまうのだ。

 困惑する俺をよそに、教師は「ほう」と重い溜息をついた。


「いいでしょう。今日はめでたい席ですから、これ以上の追及はやめにしましょう。今後も態度の改善が見られないようでしたら、どうなるかわかりませんよ」


「…………」


「では、成績優秀者の発表を続けます」


 俺が何をしたというのだ。

 うっかり立つのが遅れたことがそんなに罪だというのか。

 そもそも、『ゼノン・バスカヴィル』という名前をまだ呼ばれ慣れていないのだ。咄嗟に反応できなくてもしょうがないじゃないか。

 俺がそんな理不尽に打ちのめされていると、最後の成績優秀者――学年主席の名前が読み上げられる。


「入学試験第1位。学年主席、レオン・ブレイブ!」


「はい!」


 先ほどまでの剣呑な雰囲気を吹き飛ばすような明るい返事とともに、1人の男子生徒が立ち上がった。

 癖のある銀色の髪を揺らして立ち上がった少年。彼こそが『ダンブレ』の主人公にして勇者の子孫――レオン・ブレイブその人である。


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