第6話 主人公からの宣戦布告

 レオン・ブレイブ。

 勇者の子孫として生まれ、魔王を封印する力を持った唯一無二の主人公。

 貴族ではなく平民として生まれたものの、学年主席という優秀な成績を持ち、いずれ多くのヒロインに愛されることになる銀髪の美少年。

 その初期ジョブは『魔法剣士ルーンナイト』。近接戦闘と魔法の両方を使いこなすことができる選ばれた職業。数百万人に1人しかいないという設定で、ゲーム上にも2人・・しか登場しなかったジョブである。


「おお……!」


 椅子から立ち上がったレオン・ブレイブの姿に、俺は思わず感嘆の声を漏らす。

 何度となくプレイしたゲームの主人公がまさに目の前に立っていた。それはまるで町でハリウッドスターに遭遇したような感動である。

 しかし、歓喜に打ち震える俺をよそに、レオンは一瞬だけこちらを振り返って「キッ!」と強い眼差しで睨みつけてきた。


「む……?」


 ひょっとして俺を睨んだのだろうか。まだヒロインを寝取ってないし、恨まれる覚えは全くないのだが。

 そういえば、レオンは非常に正義感が強い性格で曲がったことが大嫌いだった。先ほど俺が意図せずとってしまった、場の空気を乱す反抗的な態度が気に入らなかったのだろうか。


「それではブレイブ君。新入生代表として、挨拶をお願いします」


「はい!」


 レオンはすぐに前方に視線を戻すと、迷いのない足取りで壇上に上っていく。

 そして、居並ぶ新入生を見回して口を開く。


「本日は栄えある王立剣魔学園、その新入生代表としてこの場に立つことができたことを、心から名誉に思います」


 レオンの口調にはよどみがない。

 おそらく、事前に代表として挨拶をすることを聞いていて、スピーチの内容を考えていたのだろう。

 ゲーム中ではこの辺りの描写はカットされていた。俺はレオンが何を話すつもりなのか、しっかりと耳を傾ける。


「僕は田舎生まれの平民で、本来はこの場に立てるような人間ではありません。僕がここに立っているのは、勉強を見てくれた友人、後見人となってくれたウラヌス伯爵のおかげです。まずは、これまでお世話になった方々と両親。そして、これからお世話になる教職員の方々、先輩方にお礼と挨拶を申し上げます」


「ふむ……殊勝な言葉を並べるじゃないか」


 こういう場でのスピーチがどのようなものかわからないが……おそらくレオンのスピーチは無難なものなのだろう。目立っておかしなところはない。

 ゲームの主人公だから『勇者王に俺はなる!』とか飛びぬけたことを言い出すんじゃないかと期待したのだが、拍子抜けである。

 しかし、次にレオンが放った言葉に度肝を抜かれることになってしまう。


「僕がこの学園に入ったのは、強くなってこの国を守るためです! スレイヤーズ王国は戦争もない平和な国ですが、決して憎むべき『悪』がないわけではありません! 僕はこの学園で強くなって、人々を苦しめる『悪』と戦っていくつもりです! そう……例えば、それが同じ学園に通っている同級生であったとしても!」


「…………は?」


 ありふれたスピーチから急展開。とんでもない宣言がその口から飛び出した。おまけに、壇上に立ったレオンの眼差しは完全に俺をロックオンしている。

 その意志の強い眼光につられるようにして、講堂にいる全ての人間の視線が俺に集まっていく。


「おいおい……マジか」


 いや、なんで俺がさらし者になっているのだろう。

 いくら稀代の悪役キャラとはいえ、まだ悪いことは何もしてないはずなのだが。

 俺は表情が引きつらないように顔面を引き締めながら、必死に事態の把握に努める。

 どうしてレオンはあんな宣言をしたのだろう。ひょっとしたら、レオンもまた俺と同じ転生者なのだろうか。

 その可能性はゼロではないが……どうも噛み合わないというか、違和感がある。

 もしもレオンがゲーム知識を持った転生者であったならば、ゼノン・バスカヴィルは魔王と並んで警戒すべき相手だ。その相手をいたずらに警戒させるような言動は避けるはず。


 まさか……すでにゲームのシナリオに変化が生じているのか。

 俺はまだこの世界に転生したばかり。俺の行動の結果として改変が生じたわけではないはずなのだが。


「…………もしかして」


 俺は1つの可能性に思い至る。

『ダンブレ2』は女性関係のトラブルによってスタッフが絶望し暴走したことで生まれた負の産物である。そのため、1作目とはまるで違った内容になっている。

 例えば、『ゼノン・バスカヴィル』は『1』に置いて学年次席として名前しか登場しないキャラクターである。学年2位の成績優秀者でありながら、モブどころかイラストすらもない背景の扱いを受けており、主人公やヒロインと会話をする場面すらなかった。

 それが続編で突如として脚光を浴びせられ、悪役主人公に祭り上げられてしまった。

 おそらく――いや、確実に、それはスタッフが当初に建てていた計画や設定とは異なるものだったはず。当初の設定では『ゼノン・バスカヴィル』は悪役でもなんでもなく、バスカヴィル家が悪の家系であるという設定も後付けされたものに違いない。


 本来の設定である『1』と、後付け設定された『2』を強引につなぎ合わせた結果、『1』の世界観にまで改変が生じてしまったのではないだろうか。


「…………」


 俺は奥歯を噛みしめながら渋面になる。

 もしも俺の推測が正しいのであれば、頼りにしていたゲームの知識がどこまでアテになるのかわからない。

 考えても見れば、同じ『ダンブレ』でもPC版とテレビゲーム版では微妙に異なっているし、修正パッチや有料追加シナリオによってもストーリーが微妙に異なるのだ。

 仮に俺がゲームのイベントに関わらないようにしても、予定通りにストーリーが進んでレオンが魔王を倒してハッピーエンドを迎える保証なんてない。

 例えゼノンがヒロインを寝取らずとも、勇者が魔王に敗れて世界が滅びる可能性だってあるのではないか。


「あー……ブレイブ君。同じ学校の生徒に対抗心を持って努力するのはとても良いことです。しかし、あまりやりすぎないようにしなさい」


 司会進行の教師がやんわりとレオンを嗜めて、席に戻るように促した。

 スピーチというか演説を終えたレオンは、最後にもう一度こちらを睨みつけてから椅子に戻った。


「それでは続きまして、これから3年間、皆さんを指導する教員の紹介を……」


 そこから滞りなく入学式が進められていったが、俺はその内容がまるで耳に入らなかった。

 暗い未来予想図。破滅につながっているかもしれない将来に気がつき、これからどうすれば良いのかひたすらに考え続ける。


 結局、最後まで明確な答えは出ることはなかった。

 暗雲立ち込める入学式は、鬱屈とした暗い感情と共に幕を下ろしたのである。


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