第7話 暗雲の帰宅


 入学式を終えた新入生は教室へと案内されて、オリエンテーションを受けることになった。

 新入生は入学試験の成績ごとにA~Eまでのクラスに割り振られている。学年次席である俺が入れられたのは当然ながらAクラス。レオンやヒロイン達と同じクラスである。

 オリエンテーションの内容は学園の設備や、授業のカリキュラム、1年のスケジュールについての説明であった。


 俺はクラスの1番後ろの席に陣取って、鬱屈した眼差しを黒板の前に立つ女性教師に向ける。

 結局、入学式が終わるまで考えても、今後の展望について良い案は浮かばなかった。

 シナリオが変わってしまった以上、必ずしもゲーム知識が役に立つとは限らない。俺は生き残るために、最大限の努力をしなければいけない。

 だからと言って、下手な行動をとってしまえば勇者であるレオンの行動を阻害してしまい、魔王討伐を邪魔してしまう恐れがある。

 俺はレオンを邪魔しないようにしつつ、自分が生き残って平穏な学園生活を送れるように立ち回らなければいけないのだ。


 もっとも確実なのは、レオンと仲良くなって魔王討伐を援護することである。ゼノン・バスカヴィルは主人公や魔王を除けば最強のキャラクター。勇者パーティーに加われば鬼に金棒なのだが……。


「……まあ、それは無理っぽいな」


 少し離れた席にチラリと目を向けると、烈火のような敵意の視線が返ってきた。

 そこにはレオンが座っており、視線が合うたびに親の仇を見るように眦(まなじり)を吊り上げてくるのだ。


「はあ……俺が何をしたというのだ」


 俺は何度目になるかわからない溜息をついて、目線を前方へと戻した。

 レオンは明らかに俺のことを敵視しており、和解して仲間になるなんてことができるとは思えない。

 正義感の強いこの男が、悪名高いバスカヴィル家の人間と友人になることなど不可能に近いのだろう。


「はい、それではこれでオリエンテーションは終了です。何か質問はありますか?」


 Aクラスの担任となった女性教師が話を終えて、銀縁メガネをクイッと指先で上げた。

 スーツを着た女性教師はいかにも真面目そうな顔つきをしているが、『ダンブレ2』ではゼノンによってレイプされたあげく、首輪をつけられて犬のように街中を歩かされるという哀れな末路をたどるサブヒロインである。

 ファンの間では「ワンコ先生」などと称される女性教師は、調教前は普通に真面目そうな女性教師でしかないのだが……あったかもしれない未来を思うと、どうしても彼女を直視することができず話が入ってこなかった。


「はい、それでは今日はこれで下校になります。クラブの見学会を観ていく方は、あまり遅くならないように気をつけてください。では、さようなら」


 ワンコ先生の挨拶により、学園生活初日が終了となった。

 クラスメイトが華やいだ声で、新しくできた学友とクラブの見学や親睦会の打ち合わせを始める。レオンも椅子から立ち上がって、幼馴染みヒロインのシエルと会話を始める。


「…………ふん」


 もちろん、俺に声をかけてくるクラスメイトはいない。ボッチ万歳、一匹狼上等である。

 俺は黙ってカバンをつかみ、教室を後にした。

 本当はこの後で親睦会イベントがあるのだが、この様子では俺が誘われることはないだろう。1人で教室に取り残される孤独を味わうくらいなら、さっさと帰ってしまった方がいい。


 校門まで戻った俺は、待機していたバスカヴィル家の馬車に乗って家路についた。

 学園生活が始まってすぐに孤立してしまったようだが、こればっかりは仕方がない。

 人間の好き嫌いの大部分は、出会って数秒の第一印象で決まってしまうという話を聞いたことがある。俺の場合、まず顔がいかにもな悪人面。おまけに、王国中に知れ渡った悪逆貴族家の人間だ。第一印象が良い訳がない。

 外見や家柄で相手を判断しない相手であれば親しくなれるかもしれないが……そういう人間が驚くほど少ないことは、日本もゲームの世界も同じだろう。

 こちらから歩み寄ってみようかとも思ったが、俺の場合、近づいただけで相手が委縮してしまう。いったい、どうしろと言うのだろうか。


「まあいいさ。そんなことよりも、さっさと家に帰ってこれからのことを考えよう」


 俺は言い訳をするように独り言ちて、馬車の背もたれに体重を預けた。

 10分ほど馬車に揺られていると、どうやら屋敷についたようで馬車が停止する。御者が先に降りて、馬車の扉を外から開けてくれる。


「お帰りなさいませ、ゼノンお坊ちゃま!」


「あ?」


 馬車から降りるや、メイド服の女性が駆け寄ってきた。ゼノンの専属メイドであるレヴィエナだった。

 屋敷から出て来たにしても早すぎる。まさか、門の前で待ってたというのだろうか?


「おいおい、いつからそこにいたんだ? いくら春先だからといって、今日は風だって……」


「いえ、そんなことよりも……旦那様がお待ちになっています。至急、執務室まで来るようにと……」


「旦那様って、もしかして……?」


 それが誰をさす言葉なのか察するのに数秒かかった。この屋敷でそう呼ばれる人間は1人しかいない。


「ガロンドルフ・バスカヴィルか……」


 俺は怪訝にその名前をつぶやく。

 その男はゼノンの父親であり、スレイヤーズ王国の夜を支配している悪の首魁の名前であった。


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