第8話 懲罰の鎖

 ゼノンの父親、ガロンドルフ・バスカヴィルもまた『2』に出てくるキャラクターである。

 とはいえ、ゼノンとの会話シーンがいくつかあるだけで登場するのは数えるほどだった。


 ただし、その悪名はこの国に暮らしている人間であれば、貴族から庶民まで誰もが知るものである。

 裏社会を束ねる首領。犯罪ギルドを支配下に置く管理者。千人近くのギャングを手下に持つ首領。罪もない人間を攫って奴隷として売りさばく金の亡者。数多の暗殺者を子飼いにして、気に入らない者は全て闇に葬る殺戮者。

 ゲームに出てきた情報だけでも、ガロンドルフが不世出の悪党であることがはっきりとわかる。出来ることならば顔を合わせたくない人間の筆頭だった。


 だが……どれほど関わり合いになりたくない人間であっても、ゼノンにとっては父親である。無視できるわけがない。

 俺は仕方がなしにガロンドルフの執務室まで行き、部屋の扉をノックした。


「入れ」


 中から短い応答が返ってくる。深く、渋みのある声音だった。俺は深呼吸を1つ吐いてからドアノブをひねる。


「失礼します。父上……」


「ブラッディチェーン」


「があっ……!?」


 部屋に1歩入るや、足元から黒い鎖が伸びてきて全身を拘束する。

 四肢を拘束する鎖から針を突き刺したような強い痛みが伝わってきて、たまらず床に倒れてしまう。


「久しぶりだな。息子よ」


「ぐ、うううううううううっ……が、あなた、は……!」


 床に敷かれた絨毯に横たわったまま見上げると、黒のスーツを着た壮年の男が俺を見下ろしていた。

 黒い髪をオールバックにして襟足を伸ばした男の顔には深い彫りが刻まれており、吊り上がった瞳は凍てつくように冷たい。目元には刀傷のような痕があり、男が尋常ではない修羅場を潜り抜けてきたことが空気で伝わってくる。


 この男こそがガロンドルフ・バスカヴィル。

 スレイヤーズ王国の夜を支配している、悪の首魁ビッグファーザーであった。


「ちち、うえ……なにを……!」


 鎖からはなおも激しい痛みが伝わってきている。

 この魔法は『ブラッディチェーン』。闇魔法の一つであり、相手を拘束して身動きをとれなくするものだ。この魔法の恐ろしいことは、相手の挙動を封じるだけではなく、時間経過による継続ダメージを与えることである。

 戦闘中に使用すれば敵を動けなくした状態で、ターンごとにダメージを与えられる便利な魔法だったが……我が身で喰らってみるとまるで拷問のようだった。


「今日は学園の入学式だったらしいな。我が息子よ」


「ぐ、が、あ……!」


 ガロンドルフが俺を見下ろして、静かな口調で言葉を紡ぐ。俺は痛みのあまりうめき声を漏らしながら、ぶ厚い絨毯を握り締めた。


「聞いたぞ。入学試験の成績は2位。学年次席だそうだな」


「う、あ……痛い……たすけ……」


「あんな小さな学園で、たかが200人ぽっちの新入生の中で1番にもなれないとは……心の底から失望したぞ。それでも栄えあるバスカヴィル家の長男か!」


「がっ……!」


 ガロンドルフが脚を振り上げて、俺の胴体を踏みつけた。痛烈な打撃に呼吸が詰まり、まともに息ができなくなってしまう。


「や、め……が、はっ……はっ……!」


「バスカヴィル家は、代々スレイヤーズ王国の夜を支配してきた強者の家系。その当主となるものは、最強でなければならない! 我が家の男子に敗北の二文字は許されぬ。貴様はバスカヴィル家の誇りに泥を塗ったのだ! この痴れ者めが!」


「あ……が……お、ゆるしを……ゆるして……」


「フンッ! フンッ! フンッ!」


「あ、がアアアアアアアア……!」


 部屋の中に何度も打撃音が鳴り響く。ガロンドルフは俺の身体を何度も何度も蹴りつける。背中を、腹部を、顔面を……やがて俺が悲鳴すらも上げられなくなると、ようやく気が済んだらしく虐待をやめた。


「う…………」


「この程度の打撃で身動きも取れなくなるとはな……つくづく、見下げ果てた息子よ。もはや興も削がれた。次の試験で主席の座を奪うことができなければ、こんなものでは済まされないと思え」


「…………」


「私はしばらく仕事で留守にする。家令の言いつけをよく聞き、鍛錬を怠らぬように」


 言いたいことをは全て言ったとばかりに、ガロンドルフはうずくまっている息子を放置して部屋から出て行く。

 入れ替わりにメイドのレヴィエナが執務室に飛び込んできて、俺の身体に飛びついてくる。


「ゼノン坊ちゃま! ああ、何とおいたわしい……!」


「うっ……!」


「坊ちゃま、坊ちゃま! しっかりしてくださいませ!」


 すでに拘束の魔法は解除されているが……父親の虐待によって受けたダメージが身体の芯まで根強く残っており、顔を上げることすらできなかった。

 レヴィエナが俺の身体を起こして、ふくよかな胸の中に抱きしめる。


「ゼノン坊ちゃま……すぐに治療いたします。もう少しだけ我慢を……!」


 レヴィエナが薬らしきビンを取り出して俺に飲ませる。薄れゆく意識の中で、それが回復効果のあるポーションであることに気がついた。

 痛みに支配された身体に活力が満ちていくのを感じながら……俺は辛うじてつなぎとめていた意識を手放したのである。


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