第4話 三人のヒロイン
馬車から降りて、学園の門をくぐる。
門の両脇には鎧を着た警備員が待機しているようだったが、事前に支給された制服を着ているため止められることなく素通りすることができた。
学園の敷地に入ると、正面に入学を祝うメッセージと共に入学式会場への道順を描いた看板が立てられている。
「くっ……緊張するな。俺ともあろう者が」
門から校舎までの道程を歩きながら、湧き上がってくる興奮に胸を手で押さえる。
続編によって絶望させられてしまったものの、俺にとって『ダンブレ』は何度となくプレイしたゲームだ。その舞台となった学園の敷地を歩いていることに、俺は心中で激しい感動を覚えていた。
まるで聖地巡礼をしているような気分である。胸の高鳴りを抑えきれず、表情が緩まないように必死に顔面の筋肉を引き締めた。
「ひっ……!」
――と、そんな俺の顔を見て近くにいた女子生徒が短い悲鳴を上げる。
いや、そんな人食い虎に遭遇したような表情をしなくてもいいだろう。いくら悪人面をしているとはいえ、何もしてないのに怯えられるのは傷つくぞ。
「ふう……へこんでテンション下がったぜ」
見ず知らずの女子生徒が怯えを露わにしてくれたおかげで、爆上がりしていたテンションが程よい具合にクールダウンされた。何度か深呼吸を繰り返して心を落ち着けて、これからの予定を頭に並べる。
これから講堂で入学式があるはずだ。その後はクラス別に分かれてオリエンテーションが行われる。
学校でのイベントはこれで終わりだが……その後はクラス委員になった女子の誘いでクラスの親睦会があった。そこで初めて、主人公であるレオン・ブレイブは物語に深く関係することになるヒロイン達と接触するのだ。
「伝説の親睦会イベントか……ふふっ、ククク……!」
「「「きゃあっ!?」」」
くつくつと思わず笑いをこぼしてしまうと、近くにいた女子の一団が声を揃えて悲鳴を上げる。制服のブレザーを着た3人組の女子生徒らが、身体を寄せ合ってブルブルと肩を震わせていた。
「…………」
いやいやいや、そこまで怖がらなくてもいいだろ!
そんな理不尽を感じてふと横を見ると、校舎のガラス窓に俺の顔が映っていた。
ガラスに反射して映し出されているのは、どう考えても悪巧みをしているようにしか見えない悪人面である。目はつり上がり、唇の間からは鋭い犬歯がのぞいている。
まるで捕らえた捕虜をどう料理してやろうか考えているような凶相に、俺の方が悲鳴を上げそうになってしまった。
「…………オーケー。落ち着いた」
これから人前では笑わないようにしよう。
俺は固く心に誓いながら、案内板に従って講堂に向けて歩いて行った。
〇 〇 〇
周囲を歩く生徒に避けられながらも、俺は講堂へとたどり着いた。
席順は決まっていない。早い者勝ちで好きな席を選べるようである。俺は中央よりもやや後ろの椅子に腰かけた。
すでに講堂の席は半分が埋まっている。新入生らはこれから始まる学園生活に思いを馳せて、周囲の生徒と和気藹々と盛り上がっている。
俺も周囲の生徒と世間話でもしてみようか。
そう考えて周りを見回すが……隣接する椅子には誰も座っていなかった。不思議なことに、先ほどまで腰かけていた者までどこかに行ってしまった。
「…………いきなりボッチかよ。別に寂しくなんてないけどな」
不思議と熱くなってきた目頭を押さえてポツリとつぶやく。
どうせ俺は悪役キャラ。悪人面で鬼畜寝取り野郎のゼノン・バスカヴィルだ。独りきりになったって寂しくなんてない。
やがて入学式が始まる時間になり、講堂の席はほとんど埋まってしまった。
ただし……俺の周りだけは四角形に綺麗に空いていたのだが。
「…………ふん」
俺は軽く鼻を鳴らしながら腕と足を組んだ。どうせ周囲に人はいないのだ。気を遣う必要なんてない。
入学式は学園長の挨拶、祝辞に始まり、滞りなく進んで行く。ゲームでは5分ほどの短いイベントだったが、現実ではもちろんそんな短くはない。教員の紹介やら来賓の挨拶やらで1時間以上も続いていく。
「それでは、入学試験の成績優秀者を発表します」
「む……」
白髪頭の教師の言葉に、俺はピクリと眉を動かした。
これはゲームでもあったイベントだ。入学試験の成績上位5名が順番に呼ばれて、席から立ち上がるのだ。
そして――これはメインヒロイン達のお披露目の場面でもある。
「入学試験、第5位。シエル・ウラヌス」
「はい!」
立ち上がったのは赤髪ショートカットの少女だ。短く折った制服のスカートからは健康的な長い脚がスラリと伸びている。いかにも元気娘といった顔立ちの彼女は、メインヒロインの1人である。
シエル・ウラヌスはスレイヤーズ王国の辺境に領地を持つ地方貴族の娘で、主人公のレオンとは幼馴染という間柄だ。
好奇心旺盛な彼女は幼い頃から屋敷を抜け出して領地の村々で遊んでいた。そこで知り合って仲良くなった友人がレオンであり、レオンを魔法学園に入学するように勧めたのもシエルである。
初期ジョブは『
「第4位。ナギサ・セイカイ」
「はっ!」
次に立ち上がったのは黒髪ポニーテールの少女である。背筋をピンと伸ばした凛々しい立ち姿。意志の強そうなキリッとした顔立ちは男子よりも女子から人気がありそうだ。彼女もまたメインヒロインの1人。
ナギサ・セイカイは遠い東の国からやって来た留学生だ。彼女の母国は日本とよく似た文化を持つ国で、彼女は剣術道場の娘として育った『サムライ娘』である。
初期ジョブは『
ナギサは複雑な事情を抱いてこの国に留学してきており、心に深い闇を抱えていたりする。その闇を晴らすことができるか……それが彼女を攻略するポイントになっていた。
「第3位。エアリス・セントレア」
「はい」
楚々として立ち上がったのは最後のメインヒロイン。金色のふわふわ髪を波打たせて背中に流した、いかにも貴族のご令嬢と言わんばかりの少女である。
ただ名前を呼ばれて立つだけの仕草からも育ちの良さが伺えており、周囲の生徒も息を飲んでその姿に見入っていた。
エアリス・セントレアもまたシエルと同じく貴族令嬢であったが、シエルが地方貴族の出身であるのに対して、エアリスは中央貴族の生まれである。父親は宮廷において『枢機卿』という教会を管理する役職についており、エアリスもまた初期ジョブは『
整った顔立ちはもちろん、全登場人物で最大の巨乳。豊満なスタイルにはまるで隙が無く、全身が余すところなく周囲の人間を魅了する完璧な美少女であった。
『ダンブレ』には大勢の女性キャラが存在するが、この3人は特にシナリオと深く関わってくるメインヒロインだ。
主人公レオン・ブレイブと共に魔王を打ち倒し……そして、悪役ゼノン・バスカヴィルによって心と身体を落とされることになる、哀れな被害者でもあった。
「ふん……そんな未来はもうないがな」
俺がゼノンとなったからには、NTR展開など許さない。
鬱展開は全て回避してシナリオを改善し、ゲームでは見ることができなかった本当のハッピーエンドを創り出してやる。
「第2位。学年次席ゼノン・バスカヴィル」
「ん?」
物思いにふけっていた俺は、自分の名前を呼ばれたことに目を白黒とさせることになる。
名前を呼ばれたら立ち上がる……そんな単純な作業すらも忘れてしまい、両腕両脚を組んだままの偉そうな姿勢で座り続けてしまった。
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