番外編 ウルザとレヴィエナの冒険 ⑥


 その日から、ウルザとレヴィエナは神殿に対する調査を開始した。

 王都の住民に聞き込みをしたり、神殿を訪れて神官から話しを聞いたり、酒場で噂話を集めたり、憲兵に金を握らせたり……主人であるゼノンの到着を待ちながら、あらゆる方面から情報を収集する。

 努力の甲斐もあって、数日後には神殿が限りなく『黒』であるという確信を抱くことができた。


 そもそも……王都で巻き起こる人身売買や誘拐事件の背景に王宮と神殿がいることは、誰もが知っている公然の秘密だったのだ。

 厳しい弾圧によって表立って口にする者はいなかったが……ルダナガという男が導師に就任して以来、国王がおかしくなってしまったと大勢の人間が口にしていた。


 マーフェルン王は身分に厳しく、高慢な性格の王である。

 だが……身分を重んじるがゆえに、身分に見合った義務についても厳格であり、不正や犯罪を憎む正義感の強い一面もあった。

 ゆえに、平民を見下すことはあっても圧政をしたりすることはなく、王都の住民からは頼りがいのある王として慕われていたのだ。


 だが……ルダナガが導師になってからというもの、王は神殿の権力を大幅に増大させた。

 民に重い税金を貸すようになり、王都に入るのに高額の通行税が必要となったのもこの時期からである。

 一部の正義感の強い貴族がルダナガを解任するように王に進言したが……彼らは二度と王宮から出てこなかった。王の怒りを買って処刑されたとも、ルダナガによって怪しげな儀式の生け贄にされたとも噂されている。


 マーフェルン王国に混乱をもたらしているのは導師ルダナガ。

 倒すべき敵の正体は判明し、あとはゼノンの到着を待つばかりとなった。


「だけど……そう易々とは終わらないのですね」


「まったく、困ったものですの」


 レヴィエナとウルザが顔を見合わせて溜息をつく。

 2人は周囲を武装した男達に囲まれていた。四方から殺気立った空気が刺すように伝わってくる。

 2人がいるのは街の郊外にある空き地だった。周囲を敵に囲まれた状況は王都にやって来た初日、無法者に襲われた状況と似ている。

 異なっているのは、2人を襲っている者達だ。彼らは無法者ではない。むしろ、その対極に位置する身分の人間達だった。


「おとなしくしろ!」


「貴様らを逮捕する! 抵抗せずにばくにつけ!」


「まったく……困りましたね。思った以上に早く目を付けられてしまったようです」


 レヴィエナとウルザを包囲しているのはこの国の官憲。マーフェルン王国の兵士である。

 鎧で武装した男達が二人を包囲して剣を向けてきていた。


 捕まるようなことをした覚えはない。

 ウルザとレヴィエナがしたこといえば、襲ってくる無法者を叩きのめしたこと、あとは神殿と導師について聞き込みをしたことくらいである。

 それなのに……何故か今日になって兵士が追いかけてきて、逃げ回っているうちに空き地に追い詰められてしまった。


「出来ることなら手荒なことはせずに済ませたいのですが……どうしましょう?」


「レヴィエナさん、もう殺ってしまいますの! 大丈夫です、黙っていればバレませんの!」


 バレるバレない以前に、2人の周囲には10人以上もの兵士がいる。どう考えても隠し通せるようなものではない。

 戦えば犯罪者として確定。戦わずに逃げたとしても、指名手配のお尋ね者になってしまうことだろう。


「坊ちゃまが到着されるまでは穏便にいきたかったのですが……失態です。私としたことがミスをしてしまいました」


 レヴィエナは悔しそうにつぶやきながら、これからどうするべきかを思案する。

 空き地の四方は建物の壁や塀で囲まれており、唯一の入口は兵士によって抑えられている。逃げ出すのであれば戦闘は避けられない。

 大人しく投稿すれば……どうなるかはわからない。すぐに殺されることはないと思うが、敵の手に落ちたとなればゼノンに迷惑が掛かってしまう。人質にされるかもしれないし、拷問や薬物によって情報を引き出される恐れがあった。

 現在進行形で兵士は2人を囲んでおり、ジリジリと距離を詰めている。時間の猶予もなさそうだ。


「仕方がありません。ゼノン坊ちゃまの足を引っ張るわけにも参りませんし……ゴーです、ウルザさん!」


「待ってました! ぶっ殺ですの!」


 レヴィエナの許可を得たウルザが嬉々としてジャンプする。

 鬼棍棒を振りかざし、正面にいた兵士の頭部にトゲ付きの金棒を叩きつけた。


「グギャッ!?」


「なっ……!」


「クッ……抵抗してきやがったぞ!」


「仕方がない……力ずくで押さえつけろ!」


 仲間がやられたのを見て、兵士らが殺気立って飛びかかってきた。

 相手はたったの2人。それも女性である。兵士らは当然ながら自分達が勝つだろうと剣を振るってきたが……彼らの予想はすぐに覆されることになる。


「フッ! ハッ! ヤアッ!」


「えい、えい、やあ、ですのー!」


 レヴィエナが剣と盾を使って兵士らを迎撃し、ウルザが腕力任せに金棒を振り回して兵士を倒していく。

 レヴィエナの防御は見事な鉄壁。兵士の剣を盾で上手に捌きながら、ここぞとばかりにカウンターの斬撃を繰り出す。

 ウルザの攻撃はとにかく強烈。金棒の一振りで大柄な兵士を容易に吹っ飛ばし、近くにいた別の兵士も巻き込まれて転がっていく。

 10人以上もいた兵士達がどんどん数を減らしていき……残すところはたったの1人となってしまった。


「ば、馬鹿な……!? ワシの兵士達がこんな簡単にやられるなんてあってたまるか!?」


 兵士らを指揮していただった年配の男が泡を食ったように叫ぶ。

 ほんの2~3分ほどで部下が壊滅してしまったのだ。現実を受け入れられないのも道理である。


「貴様ら……やはりレジスタンスの者達か!? 国王陛下に、導師様に楯突いてタダで済むと思うなよ!?」


「知りませんの。レジスタンスってなんですの? 美味しそうな響きですし……食べ物ですの?」


「なあっ!? まさか反乱分子と無関係なのか!?」


 キョトンとしたウルザに男が目を剥いた。

 どうやら……おかしな事情が背景にあって襲われたらしい。レヴィエナが男の首筋に剣先を突きつける。


「貴方には聞かなくてはいけないことがありそうです。ルダナガについても、レジスタンスとやらについても」


「グウッ……か、かくなる上は!」


「え……?」


 尋問しようとしたレヴィエナの前で、男が「ガリッ」と強く奥歯を噛みしめた。

 次の瞬間、男の瞳が真っ赤に染まっていき……そのまま崩れ落ちるようにしてうつぶせに倒れる。


「毒……情報漏洩を恐れて、自害したのですか?」


 レヴィエナは怪訝に目を細めながら、男の身体を調べようと近づいた。


「レヴィエナさん! 危ないですの!」


「キャッ!?」


『グガアッ!』


 しかし……次の瞬間、倒れていた男が勢いよく左腕を振るった。

 すんでのところで、ウルザがレヴィエナの手を引いて回避させるが……男の腕が叩きつけられた地面が爆発するような音を上げて抉れた。


『ウ……ガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!』


「な、何ですか!? この男は!?」


 男の変貌を目の当たりにして、レヴィエナが驚きの声を上げる。


 地面から起き上がった男はまるで悪鬼のような姿に変貌していた。






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