第73話 巫女の夢
「夢……ですか」
どうやら、眠っていたらしい。
リューナの意識が覚醒し、徐々に視界がクリアになっていく。
目を覚ましたリューナが寝かされていたのは天幕の中。砂の上に広げられた絨毯の上だった。
「
頭がガンガンと痛む。今しがた見た夢が原因だろう。
リューナの巫女としての能力――『予知夢』を見た後には、多くの場合に頭痛に襲われてしまう。
しばらく、うずくまって頭を押さえていると、徐々に痛みが引いてきた。
「またあの夢……どうやら、『その時』が近づいているようですね……」
導師ルダナガに捕らわれ、邪神の生け贄にされる夢。
それはリューナが巫女として覚醒した時から何度となく見ているものであり、自分の人生の最期を訴えかけるものだった。
リューナは幼少時から自分の『死』を感じていた。年齢を重ねるたび、『死』は一歩ずつリューナの下へと近づいてくる。
姉であるシャクナはリューナのことを救おうとしたが……いっこうに予知夢は消えることはない。
まるでその終わりが確定した未来だと突きつけるように、何度も何度もその予知夢を見ていた。
「油断していました……最近は見ていなかったから」
しかし、半年ほど前からその予知夢を見なくなっていた。
いつも自分のそばに寄り添っていたはずの『死』の気配が消えて、代わりに見るようになったのは別の夢。
一人の男性によってマーフェルン姉妹が貪られるという淫夢だった。
「バスカヴィル様……」
恋焦がれるようにその名を呼んで、リューナは服の胸元をギュッと握る。
淫夢の主役。ありとあらゆる方法と体位で姉妹を抱き、欲望のままに喰らい尽くす……それはとてもではないが良い夢ではなかったのだが、リューナにとっては邪神に喰われることなく生き残れるかもしれないという希望の福音である。
最初のうちは、夢から目覚めるたびに羞恥のあまり悶絶していたのだが……いつしか、その青年が夢に現れるのを待ち遠しく思うようになっていた。
出会うよりもずっと前から……リューナ・マーフェルンはゼノン・バスカヴィルに恋をしていたのである。
「バスカヴィル……それがハニーの名前かい?」
「…………!」
起き上がったリューナの背中に第三者の声がかけられる。
慌てて振り返ると、いつの間にか天幕の中に褐色肌の背の高い男が立っていた。
「貴方は……悪魔ですね。私をここに連れてきた」
「YES、その通り! アンタの仲間の神官達を殺して、ハニーの元から連れ去ってきたイカした悪魔……地獄の騎士ヴェイルーンとは俺様ちゃんのことだZE!」
「…………」
リューナが表情を歪める。
一緒に旅をしてきた仲間……ハディスが背中を刺されて絶命したことを思い出したのだ。
せめてもの抵抗とばかりにヴェイルーンを睨みつけるが、上位悪魔である男には少しも響かない。鼻歌まじりに話しかけてくる。
「FOO……こう見えて、俺様ちゃんはアンタに同情してるんだぜ? 古神の復活のための生け贄になるとか、マジ可哀そうだよな。同じ男を愛する恋敵とはいえ……心底、哀れだNE」
「貴方はあの邪神……イルヤンカ・ノブルナーガについて知ってるんですか?」
「ああ……アレはそんな名前だったかNA? 知ってると言えば知っているが……まあ、親の知り合いという程度の関係だZE」
「親の知り合い……?」
「悪魔はあの女神がとある古神の身体と魂をバラして造った存在だからNA。太古の邪神の子供と言ってもいい。But……だからといって、別に邪神の復活を望んでいるわけじゃねえけどNA!」
ヴェイルーンは唇を舐めて、愉快そうに肩を揺らす。
「あの男……ルージャナーガに協力しているのはただの契約さ。生け贄を捧げられた対価として期間限定で雇用されているだけSA。ノラない仕事だと思っていたが……Vベリープリティーなハニーに出会たからラッキーだったZE」
「ハニーというのは……いいえ、いいです。言わないでください」
リューナは首を振って、愛する男に心から同情した。
どうやら……彼は厄介な男に目をつけられたようである。
「それで……私に何か御用ですか?」
「ああ、儀式の準備が整ったから迎えに来たんだYO。じきに日蝕の時。儀式の時間だからNA」
「くっ……!」
ヴェイルーンがリューナの腕を掴んで強引に立たせる。
リューナは抵抗しようとするが……悪魔と力比べをして勝てるわけもない。
されるがままに引きずられ、天幕の外へと連れ出された。
「さーて、アンタを助けるためにハニーはここにやってくるかNA? だとしたらグレート。今度こそ心行くまで愛し合うことができるんだけどNA!」
「さあ……どうでしょう。それは私にも見えません」
リューナは唇を噛む。
はたして、彼はここまでやってくるだろうか。
リューナを助けるために。死地になるかもしれない場所に来てくれるだろうか?
来て欲しいと思う一方で、危険だから来ないで欲しいと思うリューナもいた。
「私は……どちらを望んでいるのでしょうか?」
「同じ男を愛した仲DA。遺言があったら聞いてやるZE?」
「……ありませんよ。貴方の口から伝えてもらうことなんて。何一つとしてありません」
「FOO……そうかYO。だったら勝手にしな」
つれない返答にヴェイルーンが肩をすくめた。
リューナが連れていかれたのは大きな岩に囲まれた砂漠の祭壇。
夢で何度となく目にした『蛇神の祭壇』である。
「クカカカカッ……待ちわびたぞ。贄の羊。我らが真なる主への供物よ」
「…………!」
そこには一人の老人が待ち構えていた。
シワくちゃの顔だが、それに反してしっかりと筋肉がついた身体つき。
年齢も来歴も不明の怪僧――導師ルダナガである。
「貴様が逃げ出したときには随分と焦ったが、こうして手元に戻ってきて胸を撫で下ろしたわい…………ちょうど日が
かつて悪夢で聞いたのと同じセリフを吐き、ルダナガがニタリと笑う。
リューナの頭上では月が欠けはじめており、それはまるで太陽が怪物に喰いちぎられているようだった。
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