第72話 姫巫女の死
「……やはり、こうなってしまいましたか」
砂漠の真ん中、周囲を大きな岩に囲まれた祭壇。
王女にして巫女であるリューナ・マーフェルンは手足を拘束されたまま空を見上げ、そっと溜息をつく。
頭上では少しずつ太陽が欠けようとしている。まるで怪物によって喰いちぎられていくようだ。
周囲が徐々に暗闇に閉ざされていく。闇の
砂漠の真ん中に設置された石造りの祭壇。その周囲にまるで供物のように子供達の死骸が散らばっていたのである。
「クカカカカッ! 日が
禿頭の老人がリューナの前に現れた。
老人は顔いっぱいにシワを刻んでおり、それなりの年齢であることがわかる。
しかし、身体つきは背が高くて精悍。身にまとった白い法衣をぶ厚い筋肉が押し上げていた。
シワくちゃの顔を歓喜の色に染めた老人。その男の名前をリューナは知っていた。
導師ルダナガ。
数年前に突如としてこの国に現れ、奇妙な術を使って国王の心を虜にした怪僧である。
「巫女が逃げ出した時にはどうなることかと思ったが……生け贄の羊は我らが手に戻ってきた! 小娘よ、光栄に思うが良いぞ。真なる支配者たる我らが主の贄になれるのだからのう。
「うっ……」
ルダナガがリューナの腕を掴で強引に立たせた。子供達の骸を踏みつけ、砂漠の中央に造られた祭壇へと連れていかれる。
リューナが祭壇の中央に載せられると四方から錆びた鉄の匂いが香ってきた。先に生贄にされた子供達の血の匂いである。
そうしているうちにも太陽は欠けていく。あと少しで完全に日が閉ざされるというところで……異変が生じた。
「「「「「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」
「ヒッ……!」
死んでいるはずの子供達の口から慟哭が漏れたのだ。
それはまるで怨嗟のような。悲哀のような。歓喜のような……地の底から響いてくる地獄の亡者の声のような声だった。
限界まで開かれた口から青白い何かが飛び出してきた。数十人の子供達の口から出てきた奇妙な球体が祭壇に寝かされたリューナの上に集まっていく。
「あ、ああっ……」
リューナの顔が引きつり、口からも自然と恐怖の声が漏れた。
天空では完全に太陽が閉ざされて周囲が闇に包まれる。それと同時に……それは起こった。
『+OGJRG`J`R』PIT`SVJ+GR`H*}=FJEWG*EJGGE`IEGッ!!]
人の声帯では決して発することはできないであろう奇妙な音。
獣が放つ雄たけびのようでもあり、幼子が母を呼んで泣きわめいているようにも聞こえる。
何もない空間に真っ黒な穴が開く。
穴の中から現れたのは……巨大な蛇の頭部である。
矮小な人間など一飲みにできるであろう巨大なアギト。身体は白い鱗によって覆われており、瞳の色は鮮血のような紅。
そして、額の部分には苦悶に歪んだ女性の上半身がついている。嘆きの表情を浮かべた裸の女性は水一滴の気配もなく、枯れ木のように乾いていた。
その口がパクパクと動いて何かを語っているが……リューナには声にならない声を聞き取ることはできなかった。。
「おお、オオオオオオオオオオオオオオオッ……! よくぞ、よくぞご帰還されました。我が主よ! 旧き世界の支配者、偉大なる神――イルヤンカ・ノブルナーガよ!」
ルダナガが砂漠に両膝をつき、主の帰還を
シワくちゃの顔を歓喜の涙が伝っていき、乾いた大地に落ちていった。
「あの忌々しき女神が貴方様を遠ざけて
その言葉を聞いて、リューナはようやく自分の置かれた状況を理解する。
(そう……やっぱり私は生贄にされるのね。この巨大な蛇――邪神の復活のための)
そして、同時に確信する。
目の前にいる神が復活してしまえば、何もかもが終わってしまう。
リューナが愛した人達も。リューナが愛した国も。この世の全てが根底からひっくり返ってしまうことだろう。
この世の地獄。黙示録のごとく破滅が迫っていた。
「+PUFJEUP*HG{=WIGF*B}RBHOW‘EGJ+{!}」
限界まで邪神の口が開かれる。裂けた口の中にあるのは舌ベロではなく、無数に伸びた人間の手だった。
これまでこの邪神に喰い殺された人間達が、新たな仲間を求めてこちらに手を伸ばしてくる。祭壇に寝かされて身動きができないリューナを引きずり込もうとしていた。
「…………!」
リューナは恐怖に身をすくめながら……一つの選択を迫られた。
邪神の贄になることなく逃れる方法はある。この日のために秘かに用意をしていた。
必要なのはほんの少しの覚悟。ひとかけらの勇気だけである。
「お姉様……お父様……」
リューナは愛する家族の顔を思い浮かべた。彼らを邪神の犠牲にするわけにはいかない。
迷ったのはわずか数秒。大切な人達を守るため……リューナは覚悟を決めて、思い切り奥歯を噛みしめた。
「ウッ……!」
ガリッと何かが砕ける音が鳴る。
奥歯に仕込んでいた毒が口の中に広がっていく。
特別に調合された即効性の毒薬が一瞬でリューナの命を刈り取り、喉の奥からどす黒い血液があふれ出てきた。
「なっ……貴様ッ!」
『GW」POGW’*G_KBJ’W{WQ’*VJGWGTPF¥}……』
ルダナガが怒声を上げる。
そして、どこかガッカリした様子で邪神がリューナから離れていった。
この巨大な蛇は生きた餌しか食べられないのだ。毒で汚染された生け贄など論外である。
リューナはあえて毒を飲んで自殺することで、邪神復活の生け贄となる未来を回避したのだった。
『=JBGWPGI*{=JBGWPGI*{B……』
生け贄を失ったことで邪神の身体が消えていく。
頭上では少しずつ太陽が顔を見せるようになり、皆既日食が終わっていこうとしている。今からリューナを治療して蘇生させたとしても、日食が終わるまでには間に合わない。
数千年ぶりに訪れた邪神復活の刻。それは一人の少女の覚悟によって、妨げられたのであった。
「そ、そんな……そんなああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
薄れゆくリューナの意識の中、ルダナガの絶叫が聞こえてくる。
ざまあみろと会心の気持ちが湧いてくるが……もうそんなものは気にならない。どうでもよかった。
(お姉様……お父様……どうか皆様、お元気で……)
リューナは愛する家族の幸福を願いながら、満足げな笑みを浮かべて息絶えたのである。
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