第74話 最後の賭け


 リューナが祭壇へと連れていかれ、邪悪な儀式が開始された。


「光栄に思うが良いぞ。真なる支配者たる我らが主の贄になれるのだから。旧き世界の復活のための礎になるがよい」


「あ……」


 ルダナガがリューナの腕を掴み、砂漠の中央に造られた祭壇へと連れていく。

 悪夢と同じ。まるで与えられた脚本をなぞっているかのようである。

 リューナをここまで連れてきた悪魔――ヴェイルーンは少し離れた場所で岩山を背に立っており、退屈そうな顔で儀式を見物していた。


「…………!」


 鼻を突いてくる血の匂い。

 祭壇の周囲には子供達の亡骸が積まれている。

 心なしか、夢とは人数や顔ぶれが異なるような気がするが……やがて彼らの口から慟哭と共に青白い魂が抜け出てきた。


「「「「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」」」」」


 子供達の魂をエネルギー源として異界の門が開かれる。

 女神が邪神を閉じ込め、鍵をかけた檻がまさに開かれようとしていた。

 皆既日食によって、地上から女神の加護が弱まっている時だからこそできる御業。

 導師ルダナガ――否、魔王軍四天王にして邪神の眷属であるルージャナーガが千年間、待ち望んできた瞬間である。


『+OGJRG`J`R』PIT`SVJ+GR`H*}=FJEWG*EJGGE`IEGッ!!]


「おお、オオオオオオオオオオオオオオオッ……! よくぞ、よくぞご帰還されました。我が主よ! 旧き世界の支配者、偉大なる神――イルヤンカ・ノブルナーガよ!」


 邪法によってこじ開けられた異界の門から、額に女性の乾いた上半身をつけた大蛇の頭部が現れる。

 リューナにとっては何度となく見た光景。悪夢の繰り返しだった。


「お姉様……お父様……」


 リューナは他人事のように現れた邪神の頭部を見上げながら、心の中で大切な人達の顔を思い浮かべる。


「それに……バスカヴィル様……」


 最後に口から出てきたのは愛する男の名前だった。

 リューナの脳裏にこの数日間の出来事が走馬灯のように流れていく。

 オアシスで突如として空から降ってきて、いきなり裸を見られてしまった。

 怒った姉と決闘することになり、ハラハラしながら愛する二人の戦いを見守った。

 ともにダンジョンに足を踏み入れ、悪魔と戦った数日間。

 彼が寝ているベッドに潜り込んだときには……本当は胸がドキドキしてほとんど眠れなかった。


「+PUFJEUP*HG{=WIGF*B}RBHOW‘EGJ+{!}」


「…………」


 限界まで邪神の口が開かれた。裂けた口の中から人間の腕が無数に伸びてくる。

 これまでこの邪神に喰い殺された人間達の腕だった。新たな仲間を求めてリューナめがけて手を伸ばしてくる。


「…………」


 リューナは奥歯を噛んだ。すでにそこには毒が仕込まれている。

 旅を始める直前……シャクナに神殿から連れ出される前に仕込んだものだ。

 この時のために奥歯に付けておいた毒。それを飲むならば今しかない。

 毒を飲めば、夢であったように邪神の復活を阻止することができる。邪神を異界に還して、この国は救われるのだ。

 だが……リューナはそれを噛み砕くのに躊躇してしまった。


「…………バスカヴィル様」


 この場にはいない男の名前をつぶやく。

 わかっている……彼はここには来ないのだ。

 ひょっとしたら、リューナを助けるために向かってきているのかもしれないが、もう間に合わない。

 それこそ、瞬間移動でもしてこなければ儀式を止めることはできないだろう。

 毒を飲むしかない……それは自明の真理だった。


「………………………………やめた」


 しかし、それでもリューナは自死することを放棄した。

 両手を挙げながら、奥歯の毒を噛み砕くことなく口を開く。


「私は死なない。残酷な運命になんて殺されてやらない! バスカヴィル様が運命を打ち砕いてくれることにこの命を……世界を賭ける!」


 リューナは満面の笑顔で言い放つ。

 視界の端では、死の直前で笑い出した生け贄にルージャナーガが怪訝な顔になっていた。

 だが……そんなことには構うことなく、恐れるものなど何もないとばかりに迫りくる邪神へと得意げに唇をつり上げる。


「私はあなたの餌なんかじゃない! 食べられてなんてやらない! だから……永遠にそこで閉じ籠ってなさい!」


{~GOWGI}WHKJW}#TE23-^TGBN*ETW~=HJS}W?」


 邪神の口から無数の手が伸びてきてリューナの身体を掴んでくる。

 恐るべき力で巨大なアギトの中に引きずり込まれそうになり……それでも、リューナの笑みは崩れない。


「私は信じる! 愛する人を……バスカヴィル様の勝利を信じる!」


「そうかよ……よく吠えた!」


「…………!」


 聞きなれた声。聞きたかった男の声が鼓膜を打つ。

 哀れな生贄を大蛇の口に引きずり込もうとしていた腕が残らず切断され、リューナの身体が何者かに抱きとめられた。


「人質のお前が耐えてみせたんだ……だったら、俺も根性を見せないわけにはいかないな! 邪神だか蛇神だか知らんが……死んでいいぞ!」


「バスカヴィル様……!」


 まるで地獄から出てきたような邪悪なオーラを鎧のように纏った青年。

 つまり……ことゼノン・バスカヴィルは、リューナの身体を抱きしめたまま剣を振ったのであった。






――――――――――

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