第68話 勇者の血統

「なっ……何を言って……」


「そんなにおかしなことを言った覚えはないぜ。レオン・ブレイブ」


 俺の発言を受けて驚愕に目を見開くレオンに、俺は淡々とした口調で言葉を続ける。


「一見して平和に見えるこの世界だって……皮を一枚剥いてみれば、魔物の脅威や人間の悪意が蠢いている」


 ウルザが捕まって奴隷となり、競売にかけられたように。

 エアリスがクラスメイトに無理やりパーティーに入れられて、ダンジョンの奥底で置き去りにされたように。

 ナギサが家族を殺され、仇討ちのためにこの国にやって来たように。


 この世界――『ダンブレ』の世界は、決して平和なものではない。

 半年もすれば魔王が復活して、混乱の坩堝に陥れられることになるのだからなおさらである。


「なあ、レオン。もしも俺がお前の敵になった時――お前は自分の大切な人間を、俺という敵から守ることができるか?」


「それは……!」


「みんな仲良く、大いに結構な話だ。弱い者を思いやることが悪いなんて口にはしない。だけど――弱者に強者の魔の手が迫った時、それを守れるのは同じく強者だけ。弱者の歩みに合わせて、高みを目指すことをやめた甘ったれでは断じてない!」


「…………!」


「レオン・ブレイブ……今のお前は英雄にはなれない! 自分の幼馴染さえ、守ることなどできないんだよ!」


「言わせておけば……好き勝手なことを言いやがって!」


 レオンは激昂して、俺に向けて斬りかかってくる。

 しかし――鋭く放たれた一撃をカウンターパリィによって打ち払ってダウンをとった。


「ぐっ……!」


「どうした? お前の実力はそんなものか?」


「僕は、僕は……!」


「む……」


「僕は……絶対に負けない!」


 再び地面に倒れたレオンであったが、その身体が白い光に包まれる。

 どうやら、勇者の力を発動させたらしい。夕闇の公園が、また日が昇ってきたように明るくなる。


「僕は弱くなんてない! みんな、みんな守るんだ! シエルも、他のみんなも……僕はみんなを守れる英雄になるんだ!」


「フン……口先だけなら、誰にだって言えるぜ?」


「だったら……この一撃で証明してみせる! 僕は弱くなんてない。絶対に勝つんだ!」


 レオンは光り輝く剣を最上段に構えて、渾身の力を込めて振り下ろした。


 レオン・ブレイブが持っている最大威力の攻撃の1つ――秘奥義『勇翔斬破』


『ダンブレ』においてレオンは3つの秘奥義を修得することができるのだが、これはその最初の1つ。

 序盤で修得することができる技の中では最強のもの。レオンが勇者の子孫であることを証明する一撃だった。

 剣から放たれた光の刃が、俺を飲み込もうと迫ってくる。


「オオオオオオオオオオオオオオッ!」


「流石は勇者の子孫。見事な技だ……だけど」


 俺は瞳を細めて、憐みの溜息をついた。

 どれだけ力を振り絞ったとしても……想いは募れど、レオンの力は俺には届かない。


「その技はもう見飽きたぜ。ゲームで嫌というほど、使ってきた技だ」


「え……?」


 必殺の攻撃を放ったレオンであったが、その表情が愕然としたものに変わる。

 光の刃に飲み込まれる寸前……抵抗することなく立っていた俺の身体が、残像を残して掻き消えたのだ。


『イリュージョン・ゴースト』


 己の身体の幻影を生み出して、敵の攻撃の囮にする闇魔法。

 ゲームでは回避性能を上げる効力しかなかった初級の魔法であるが、ゲームが現実となったこの世界では、レオンの高威力奥義でさえも無効化することができてしまう。


「ゲームでは秘奥義は回避不可。絶対必中の攻撃だったんだけどな……現実はゲームのようにはいかないってことだ」


「っ……!」


 幻影を利用してレオンの懐に潜り込んだ俺は、攻撃を放って無防備になったレオンに剣を振り上げた。


「寝てろ!」


「ぐっ……!?」


 剣の柄でレオンの頭部を殴りつける。

 レオンの身体がぐらりと揺らぎ、そのまま地面に倒れていく。


「か……は……」


「これでわかっただろう。お前は弱いよ、レオン・ブレイブ」


 地面に倒れてうめくレオンを見下ろし、俺は冷たく言い放つ。


「弱い奴には誰も守れない。誰かを守りたかったら、手段を選ぶな。もっと我武者羅になって強くなって見せやがれ」


「…………」


 レオンはそのまま気を失う。

 はたして――俺の言葉はレオンの心に届いただろうか。


「しっかりしろよ。主人公……お前は世界の命運を背負っているんだからな」


 倒れたレオンに言い捨てて、俺は剣をアイテムボックスへとしまうのだった。


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