第33話 聖女と勧誘

 昼食を終えた俺は、そのまま教室に戻ることにした。後ろからはちょこちょことした足取りでウルザがついて来ている。

 ジャンとアリサはここにはいない。恋人同士である2人は食後のイチャイチャタイムに入ってしまったらしく、邪魔にならないようにそっと食堂を出てきたのだ。


「ん……?」


 ふと廊下の窓から外を見ると、校庭の片隅で数人の男女が揉めていた。『男女』とは言ったものの、集団の中で女は1人。残る3人は全員男だった。


「なあ、いいだろう? 俺のパーティーに入ってくれよ!」


「絶対に損はさせないって。俺達は前衛。君はヒーラーだからちょうどいいだろ?」


「今回の探索だけでもいいんだ? お試しでどうかな?」


「その……殿方だけのパーティーに入るのはちょっと……」


 男達から向けられるやや強引な勧誘の言葉。どうやら女性をダンジョンに潜るパーティーに誘っているようだ。

 勧誘された女性は首を傾げながら、困ったように眉をへの字にさせている。窓から見える端正な横顔は知っている人物だった。

 メインヒロイン三巨頭の1人。【僧侶クレリック】という回復職で『セントレアの聖女』などと呼ばれているエアリス・セントレアである。


「このイベントは、ひょっとして……」


 俺は記憶を探り、「ふむ」と頷いた。

 この光景には見覚えがあった。これはエアリスがレオンの仲間に加わるフラグとなるイベントである。

 貴族の生徒から強引に勧誘をされて、困り果てているエアリス。そこに偶然居合わせたレオンが彼らの間に割って入り、エアリスを助けるのだ。


『悪いな。セントレアさんは僕のパーティーに入ることが決まっているんだ』


 貴族を相手に恐れず言い放ち、エアリスの手を引いて校庭から連れ出すレオン。その勇気にエアリスは淡い好意を抱くようになり、それがきっかけとなってヒロインとして親しくなるのだ。


「あったな。こんなイベント……」


 ゲームで起こったイベントが目の前で起こっているのは、妙に感慨深いものがある。

 俺はしみじみとゲームを思い出しながら、邪魔をしないようにその場を立ち去ろうとした。2歩3歩と廊下を進んでいき……ふと、その場に立ち止まる。


「あ……?」


「ふあっ!? ご主人様?」


 急に止まったせいで、ウルザが俺の背中に顔をぶつけてしまう。

 しかし、俺はそんなことは気にする余裕がないほど強い焦燥に襲われた。


「しまった……あの野郎、今日も欠席じゃねえか!」


 慌てて振り返って窓に駆け寄る。

 校庭の片隅では依然として、エアリスが男子生徒に囲まれていた。レオンが助けに入る様子はない。

 当然だ。主人公であるレオン・ブレイブは『玉蹴り事件』の影響によって、今日も学園を休んでいるのだから。


「不味いな……これ、どうなっちまうんだ?」


「いいじゃん、いいじゃん! ずっと付き合ってくれって言ってるわけじゃない! 次のダンジョン探索だけ組んでくれればいいって!」


「なあ、1度くらいいいじゃないか。俺の父親は伯爵だぜ? 君のお父上であるセントレア子爵殿とだって懇意にしているんだから。仲良くしようぜ」


「……そうですね、わかりました。今回だけならばお付き合いいたします」


 父親の名前を持ち出されたのが決め手となったらしい。エアリスは渋々といったふうに頷いてしまう。


「……臨時ではありますけど、私も皆様のパーティーに入れさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


「そうこなくっちゃ! これからよろしくな!」


「放課後、ダンジョンに潜ろうぜ! 今から打ち合わせだ!」


「…………はい」


 男子生徒の1人――伯爵子弟である少年が、馴れ馴れしくエアリスの肩を抱いてどこかに連れて行く。少年の指先は豊満なバストに触れているが、エアリスは唇を噛むだけで抵抗することなく連れ去られていく。


「おいおい……マジかよ」


 まさかの展開。ヒロインがモブキャラに連れ去られてしまう。

 彼らもエアリスも貴族であることを考えると、すぐに嫌らしいことをされることはないと思うが……それでも、明らかに少年達の顔には品性に欠ける情欲が見えていた。「あわよくば」という下心が丸わかりだ。


「……行っちまった。どうするんだよ、レオン」


 歎息しながら、この場にいない主人公に向けてつぶやいた。

 いつまでも玉を抱えて寝込んでいる場合ではないぞ。お前のヒロインが、名前も出てこないようなモブに寝取られようとしている。

 ゼノン・バスカヴィルのような巨悪ですらない小物に大事なヒロインを寝取られるとか、さすがに笑えないぞ。


「これは……参ったな。本当に参った。面倒なことにならないといいんだが……」


 これではエアリスがレオンの仲間にならないじゃないか。ますますあの主人公が落ちぶれてしまう。

 俺は去っていくエアリス達を見送り、うんざりしたように頭を掻いたのであった。

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