第31話 生贄の巫女


「導師というと……この国の宗教権威者だったな。確か、名前はルダナガといったか?」


「その通りよ。導師ルダナガ……あの男がやってきてからという者、この国はどんどんおかしくなっていく」


 シャクナは苦渋に満ちた表情で拳を握りしめる。


「あの男がこの国に現れたのは5年ほど前。どこからやってきたかもわからないわ。血筋も定かではない妖しい男。それなのに……瞬く間に父をはじめとしたこの国の権力者の心を握って、導師という地位まで登りつめた」


「……この国は血筋による身分制度が厳しいと聞いている。生まれもわからない人間がどうやって権力を得たんだ?」


「奇跡を起こしたのよ。雨を降らせたり、魔物の群れを祈祷だけで追い払ったり。死者を甦らせたりしたこともあったわね」


「奇跡ね……胡散臭い話だな」


 縄が解かれて自由になった手足を軽く動かしながら、唇を噛みしめている少女に疑問をぶつける。


「タダの魔法じゃないのか? 雨を降らせるのは知らんが、魔物を追い払う結界を作ったり、死者を甦らせるのは高位の神官職──【司祭ビショップ】などであれば、それらしい魔法が使えるはずだが?」


「もちろん、私だって知っているわ。だけど……あの男は死んでから何年も経ち、骨になった人間を甦らせたのよ」


 神官による復活魔法、あるいは『不死鳥の卵』のような復活アイテムは、死んだ直後でなければ効果はない。死後1時間もすれば効力が無くなってしまう。


「あの男は死んだ王妃を墓場から甦らせることで父の信頼を握り、導師になったの。それからこの国は悪くなる一方。強かった身分制度がさらに厳しくなり、貴族が民衆から必要以上の税を取り立てて、逆らう者を容赦なく弾圧するようになったわ」


「…………」


「おまけに……神を復活させるための特別な儀式を行うからと、巫女であるリューナを生贄にしようと……!」


「へえ……事情が読めてきたな。どうして王女である君達が砂漠のオアシスで水浴びをしているかと思ったら、そんな事情があったのかよ」


 奥歯を噛みしめて悔しそうな顔になっているシャクナに、俺はおおよその状況を推察した。


 導師ルダナガ……魔王軍四天王であるルージャナーガは呪術を使って王に取り入り、この国の権力の中枢を掌握した。『蛇神司祭』と呼ばれる邪悪なシャーマンであるルージャナーガであれば、俺が知らない魔法で死者を甦らせたとしてもおかしくはない。

 ルージャナーガの目的は定かではないが……何らかの儀式を行うため、シャクナの妹であるリューナを生贄にしようとしているのだ。

 生贄にされそうになったリューナを助けるため、シャクナはわずかな護衛を伴って王宮を脱出して砂漠へ逃れてきたのではないだろうか。


「おおよそ、間違ってはいません。バスカヴィル様のご推察の通りです」


 俺の予想を肯定したのはシャクナではなく、リューナのほうだった。


「……って、俺って口に出して喋ってたか? 頭の中で考えただけだと思うんだが?」


「私は【巫女プリーステス】というジョブを神から授かっており、少しですけど人の心を読むことができるんです。おかげで、バスカヴィル様が信頼できる御方であることもわかりました」


「【巫女】だって……! それはまた貴重なジョブだな。狙われるのも納得だぜ!」


【巫女】は【魔法剣士】以上に稀少なジョブであり、『ダンブレ』のゲームにもたった1人しか登場しなかった。

 簡単な回復魔法が使えるだけで戦闘にはほとんど役に立たないが……未来を予知したり、人の心を読んだり、神の預言を授かったり、特殊な能力を行使することができるのだ。


「俺の心を読んでるってことは、最初から俺が敵ではないことはわかってたんだろ? もっと早く助けて欲しかったぜ」


「申し訳ありません。バスカヴィル様が見た目ほど悪い方でないことはわかっていたのですが……それはともかくとして、裸を見られたことは恥ずかしかったもので」


「…………悪かったよ」


「それにしても、バスカヴィル様は本当に興味深い魂をしていますね。奈落のような漆黒の暗闇。けれど、その奥には煌々と光り輝く満月が地上を照らしている。闇に潜む昏き者達は満月であるあなたを崇め、敬い、信仰をしている……バスカヴィル様の心にはそんな光景が広がっています」


「……あまり目に良い景色ではなさそうだな。それでよく敵認定されなかったと思うよ」


 不気味な予言のような言葉に、俺は苦々しく顔をひきつらせた。

 しかし、リューナはなぜか人懐っこい笑みを浮かべてフォローを入れてくる。


「人によっては恐ろしい情景かもしれませんけど……私は好きですよ。バスカヴィル様の魂がとても気に入りました」


「……そうかよ。それは良かった」


 俺は肩をすくめて、柔和な笑みを浮かべているリューナに苦笑する。

 そこでふと気がついたのだが……リューナの瞳は焦点が合っておらず、俺に向けられているのにどこか虚空を見つめているようだった。


「お前、ひょっとして目が……」


「はい。見えません。人の心を読むことができる代償に、私は現実世界を見る視力を失ったのです」


 リューナはあっさりとした口調で言ってのける。

 視覚障害があるだなんて不幸なことのように思えるが……穏やかな顔つきのリューナからはそんな様子は微塵もない。


「神から授かったこの瞳が告げるのです。導師ルダナガ……あの男を放置してはいけない。アレは人間ではない邪悪な怪物です。このままにしておけば、確実にこの国を破滅に追いやることでしょう」


「…………」


「ですから……どうかお願いいたします。バスカヴィル様。非力な私達に力を貸してくださいませ。お望みとあらばどのような報酬だって差し上げます」


 リューナは言葉を切り、「すう」と息を吸って堂々ととんでもないことを言ってのける。


「もしも、この身をお望みとあらば喜んで差し出しましょう。私の身体を好きにして構いませんから……どうか邪悪な導師を打ち滅ぼすために尽力くださいませ」


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