第9話 作戦会議
その後、俺達は治療院での奉仕活動を終えたエアリスを連れて宿屋に向かった。
本当はすぐにでもレオンが消えた『アルテリオーレの奈落』の探索を始めたいところだが、すでに日が暮れかけている。
エアリスも治療院での奉仕活動で魔力を消費しているため、大事を取って探索は明日に回した。
街の中央区画にあるその宿屋はアルテリオ公爵から紹介された場所。戦災の被害から奇跡的に免れて建物が残っている。
外観も内装も豪奢そのもの。都市で一番の高級ホテルだったそこは、魔王軍の襲撃によって旅人や商人が来なくなってしまったこともあり閑散としていた。
「広いお部屋ですのー! あ、こっちにはお風呂もありますの―!」
広々としたホテルの部屋にウルザがはしゃいだ声を上げて、あちこちの扉を開いている。
俺がとった部屋は最上階にある一室。ワンフロア丸ごと貸し出しという最高級の部屋だった。
ホテルの部屋だというのにリビングにはバーカウンターまで設置されており、寝室など五部屋はある。家具一つ一つが職人が丹精込めて創造したものであり、細やかな意匠が彫り込まれたものである。
「とりあえず、飲み物の用意をしますね。軽くつまめる物も頼みましょうか」
貴族令嬢であるエアリスは慣れたもので、ウルザのようにはしゃいだりはしていない。
部屋に置かれた冷蔵庫のマジックアイテムから飲み物を取り出し、部屋の外に常時待機しているボーイに軽食を頼んでいる。
「フム……あまり落ち着かない部屋だな。和室があれば良かったのだが……」
東方の剣士であるナギサは難しそうな顔をしており、カーテンを開いて窓の外を確認している。
景色を楽しんでいるわけではなく、俺の護衛として警備的な目で外を確認しているのだろう。その視線は非常に鋭かった。
「公爵からは屋敷に泊まっていくように言われたが……こっちの方が気楽でいいだろう。向こうはバタバタしてたみたいだしな」
俺は肩をすくめて、口を開く。
アルテリオ公爵邸は大勢の人が出入りしており、かなり忙しそうにしていた。
魔物の襲撃によって都が滅びかけ、先代領主までもが戦死してしまったのだから当然だろう。忙しない公爵邸ではゆっくり身体が休まらないと思い、あえて外に宿屋をとったのである。
一通り部屋の内装を確認し、飲み物と軽食がそろったところで、リビングのソファに座った。
「さて……明日からはダンジョン探索だ。一応、作戦会議をしておこうか」
庶民の年収くらいの金額はするであろう高級ソファに腰かけ、仲間達にも座るように促す。
「あ、あのっ……本当に私も座って良いのかな?」
他の面々がソファに座る中で、モニカが遠慮気味に言ってきた。
百パーセント純正の庶民であるモニカにとって、こんなお貴族様御用達のホテルに泊まるのは初めての経験に違いない。
ホテルに入る際も、村娘の服を着た自分の格好をやたらと気にしていた。
「わ、私は床でいいんだけど……ほら、この絨毯だけ見ても、私が暮らしていた家が買えるくらいに高そうだし……」
「構わん。さっさと座れ。つまらん遠慮で時間を取らせるなよ」
「あううっ……」
多少、強い口調で言うとモニカが涙目になった。
おずおずとした様子で四人掛けの大きなソファの端っこに座り、居心地悪そうに小さくなっている。
「フン……」
改めて、俺の周りにはいなかったタイプの女子である。
俺の周囲にいる女性は貴族であったり、剣士や戦士であったり、奴隷であったり……特殊な環境で生きてきた女性ばかりだった。
いかにもな村娘というモニカは珍しい。いや、珍しいのではなくどこまでも『普通』なのだが。
そういえば……『ダンブレ2』ではゼノンがレオンを苦しめるため、モニカと母親を拉致して、
垢ぬけない村娘の少女が泣き叫び、兄の名前を呼びながら犯されるシーンはファンの間で賛否両論が飛び交ったものである。
もちろん、俺は『否』の側の人間。
思えば、俺がモニカと会ってすぐに彼女のことを思い出せなかったのは、トラウマを刺激されて記憶が掘り起こされるのを拒んでいたからなのかもしれない。
「そういえば……叔父と一緒にここまで来たと言っていたが、放っておいていいのか? お前が帰ってこなくて心配しているんじゃないのか?」
「あ、大丈夫。叔父さんは行商人の仕事があるみたいで、宿を取ったらすぐにどこかに行っちゃったから。二、三日は戻らないって言ってたし」
「おいおい、大丈夫かよ……そのいい加減な保護者は」
子供を放っておいて商売とは随分な人物である。
叔父にしてみれば、浮気のことをバラすと脅迫されてモニカを連れてきたのだ。最後まで面倒をみてやる義理もないということなのかもしれない。
「くれぐれも宿から出ないようにって言われてたけど……それじゃあ、お兄ちゃんを探せないから。でも、ゼノンお兄さんに会えて良かったです。私だけじゃ、領主様にも会えなかったから」
「……礼は言らない。どうせ俺も公爵には用があったからな。ついでだ。ついで」
俺はボーイが運んできた軽食のポテトをつまみながら、ソファの前に置かれたテーブルを叩く。
話題を切り替える合図。そろそろ、雑談は終わりにして本題に入らせてもらうとしようか。
「まずは俺が知っている情報を話すとしよう。この都の地下にあるダンジョン――『アルテリオーレの奈落』についてだ」
俺はエアリスが用意した葡萄酒を一口飲んで唇を湿らせ、話を切り出した。
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