第28話 勇者の母
「あらあら、シエルちゃん! 久しぶりね、遊びに来てくれたの?」
「お、お久しぶりです。おばさま」
「ごめんなさいね。お恥ずかしいところをお見せしてしまって……まあまあ、お客様がこんなにたくさん!」
俺達に……というよりも顔見知りのシエルの来訪に気がついて、レオンとモニカの母親――アネモネ・ブレイブは照れ臭そうに笑いながらプロレス技を解いた。
「ばたんきゅう……」
モニカが地面にぐったりと倒れる。
そんな彼女をアネモネが肩に担いで、家の中に連れていく。
「シエルちゃんがウチの子を保護してくれたのでしょう? お茶を淹れるから入ってちょうだい。他の皆様もどうぞ」
「は、はい。えっと……みんなもいいわよね?」
「…………ああ」
俺はしばし迷いながらも、頷いた。
ゲームの印象ではおっとりとした雰囲気で、子持ちとは思えない若々しい大人の女性であったアネモネであったが、実際に会ってみると想像以上にアクティブな性格だったらしい。
色々とイメージが崩れてしまい、複雑な心境である。
「はい、どうぞ。こちらのお菓子も食べてちょうだいね」
ブレイブの家に招かれた俺達は、リビングのテーブルについて茶を出された。
木製のカップから香ってくるのは紅茶でも緑茶でもない。変わった匂いが立ち上っている。
「珍しい匂いだな……」
「この辺りの特産品で『ドクコシ』というハーブを使った薬湯ですよ。匂いは強いけれど、体内の毒をこして外に出す作用があって、とても身体にいいのよ」
「ふむ……」
少しだけ怪しい匂いがするが、状態異常を無効化するスキルも持っていることだし、飲んだところで問題はないだろう。
カップに口をつけると、クセのある風味が口内に広がっていく。
「なるほど、独特の味わいだが悪くはないな」
「とても美味しいです。私も気に入りました」
隣に座ったエアリスも柔らかく微笑み、見蕩れるような優雅な所作でカップを傾けている。
「あうー……苦いですの。ウルザは好きになれませんの……」
一方で、ウルザは「うえー」と舌を出して、出された茶菓子をバリバリと食べ始める。
「おいおい、さすがに行儀が悪いぞ……」
「気にしなくてもいいわよ。子供のすることだからね」
アネモネが頬に手を添え、のほほんとした顔で首を傾げた。
「その子には果実水の方が良かったかしら? 家にはなかったから買いに出なければいけないけれど……」
「お構いなく。コレのことは気にしなくてもいい。そんなことよりも……話さなくちゃいけないことがあるんだろう?」
「…………」
俺がシエルを視線で促すと、レオンの幼馴染でありパーティーメンバーでもある彼女は沈痛そうな面持ちで頷いた。
「おばさま、今日は大事な話があってきました。その……レオンのことで」
「…………そう、話してちょうだい」
アネモネが居住まいを正して、真剣なまなざしをシエルに向けた。
すでにこの村にもレオンが戦場で重傷を負い、行方不明となっていることは知らされていた。
そんな中でシエルが訪ねてきて、明るい話題ではないと察していたのだろう。
「それがですね、おばさま……」
シエルはポツポツと語りだし、レオンが行方不明になってからの経緯について語りだす。
ダンジョンの中での出来事について彼女は見ていないが、ここに来るまでの情報を共有しておいた。
俺が話しても良かったのだが……初対面で悪人顔の俺の口から語るよりも、顔見知りであるシエルが話した方が信じてもらえるだろう。
レオンが魔王軍四天王と一緒に行方不明になったことについて。
俺達とモニカがレオンを探すため、都市の地下にあったダンジョンに潜ったことについて。
そして……ダンジョンの最奥で、レオンが魔物の姿に変えられてしまったことについて。
最終的に、魔物になったレオンが町を破壊して、どこかに飛び去ってしまったことについて。
一通り話を終えると……アネモネが真っ青になった顔を両手で覆う。
「そんな……レオンがまさか……」
「だ、大丈夫です、おばさま! レオンは私が必ず助けてみせますから! 見つけ出して、絶対に人間に戻して見せます!」
椅子から立ち上がって、シエルが宣言した。
「とんでもないことになってしまったけど……だけど、レオンはまだ生きている! 死んでいないのなら、絶対に助けます! そうだよね、みんな!」
シエルが仲間に顔を向けると、メーリアとルーフィーが頷いた。
「うん、レオン君はちゃんと助けるよ。ワイルドなレオン君も悪くないけど……さすがに魔物はやりすぎだよね」
「状況は楽観視できませんが……方法はあるはず。どうか希望を捨てないでいただきたい」
三人に励まされて、アネモネは気丈に微笑んで顔を上げる。
まだ顔色は悪かったが……どうにか息子に起こった悲劇を堪えていた。
「ええ……ありがとう。ダメね、若い子に気を遣わせてしまって。あなた達も辛かったでしょう?」
「私は全然……ううん、ごめんなさい。レオンを助けられなくって」
「いいのよ、シエルちゃん。それにしても……モニカがまさかダンジョンに潜っていただなんて。本当に仕方がない子ねえ」
「きゅー……」
アネモネがテーブルから少し離れた位置にあるソファを一瞥すると、モニカが力なく呻いていた。母親からプロレス技を喰らって気を失っているモニカは、ソファにぐったりと横たわっている。
そんな娘に溜息をついて、アネモネが今度は俺達の方に顔を向けてきた。
「シエルちゃん達もそうだけど……あなた達にもウチの子がお世話になったみたいね。迷惑をかけてごめんなさい」
「礼を言われるようなことはしていない……こちらこそ、娘さんを危ない場所に連れていって申し訳なかった」
「いいのよ、頭を上げてちょうだい」
俺が頭を下げて謝罪すると、アネモネがゆっくりと首を振る。
「この子は誰に似たのか、考えるよりも身体が動いてしまうタイプだから。レオンがダンジョンに落ちていったと知ったら、一人でも飛び込んでしまったわ。あなたが傍にいて助けてくれたおかげで、こうして無事に戻ってこれたのだもの。感謝しかないわ」
「そう言ってくれると、こちらとしても助かるな。『娘に危ないことをさせないでくれ』とか殴られる覚悟をしていたからな」
「モニカが怪我をしていたら怒ってしまったかもしれないけれど……この子がこうして無事にいてくれるのだから、責めたりなんてできないわ」
「無事、ね……そうだといいんだが」
俺は苦笑して、いまだに気絶したままのモニカを横目で見る。
ダンジョンではほとんど怪我をすることのなかったモニカであったが、母親には気絶するほどのダメージを喰らわされていた。
やはり、子供はどこまでいっても子供だということだろうか?
「今晩は是非とも家に泊っていってちょうだい。とっておきの御馳走を用意するからね!」
アネモネは自分の頬をパンパンと叩いて、椅子から立ち上がる。
息子の身に起こった悲劇を聞かされながら、こうして気丈に振る舞っているのだ。
ゼノンの悪人顔を見てもほとんど怯えることもなかったし……さすがは勇者の母親。強い女性である。
その日、俺達はブレイブの家に泊って宣言通りに手料理を振る舞われた。
アネモネの作る料理は決して豪勢なものではなかったものの、一般的な母親が作る家庭料理といった具合で、どこか懐かしい味がしたのである。
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