第27話 勇者落とし
俺達は王都に戻るにあたって、レオンの故郷であるウラヌス伯爵領に寄ることにした。
目的はレオンとモニカ……兄妹の母親と会って事情を説明して、さらにモニカが俺に同行する許可をもらうことである。
「それは構わないんだが……どうして、お前らがいるんだよ」
「別に良いじゃないですかー。バスカヴィルさんのイケズー」
揶揄うような口調で言ってきたのは、おさげ髪にメガネをかけた地味めの容姿の少女……レオンのパーティーメンバーであるメーリア・スーである。
バスカヴィル侯爵家の馬車には俺の仲間とモニカだけではなく、メーリアとルーフィー、シエルが乗っていた。
侯爵家の馬車だけあって大きさはそれなりに広いのだが、これだけの人数が乗るとさすがに狭い。俺の両側からエアリスとナギサが密着してきて、膝にはウルザが乗っている状態でようやく全員が乗ることができていた。
領都アルテリオーレから離れるにあたり、俺達はレオンパーティーに挨拶に行った。
レオンの魔物化によって意気消沈しているシエルの見舞いという意味もある。
軽く言葉を交わして、そこで別れるつもりだったのだが……いつの間にか、彼らも王都まで同行するという話になってしまったのである。
「うーん、さすがに狭いですね」
「ウム、これは密着せずにはいられないな」
俺の左右にくっついているエアリスとナギサは妙にご機嫌な様子で、グイグイと胸部を押しつけてくる。柔らかな感触は素敵であったが、暑苦しくて仕方がない。
俺は八つ当たりを込めて、対面の座席に座っているメーリアを睨みつける。
「お前らも帰るのなら、せめて別の馬車を使えば良いだろうが。どうして、ウチの馬車に乗り込んでくるんだよ」
「いやー、申し訳ないとは思っているんですけどね。急なことで馬車が取れなかったんですよ。旅は道連れ、世は情けってことで許してくださいよー」
メーリアが少しも申し訳なく思っていない様子で言う。
対面の座席にはメーリアとルーフィー、シエル、モニカの四人が肩を寄せて座っていた。こちらもかなり窮屈そうである。
「それに……レオン君のお母さんにも謝りたかったからね。息子さんを守れなくてごめんなさいって」
「うん……お義母様に事情を話さないと……」
メーリアの言葉にシエルが暗い表情で頷いた。
今朝まで寝込んでいたという彼女は食事も喉を取っていないらしく、顔色が悪い。
それでも、レオンの母親と面識のある彼女は、責任感から事情説明をしようとしているのだろう。
「……まあ、俺が事情を説明するよりは信用してもらえそうではあるな。助かるといえば助かるが」
俺のような悪人顔の男が急に家にやってきたら、レオンの母親を変に怯えさせてしまうだろう。
顔見知りで親しい関係であるシエルが説明してくれた方が良い。
「シエルお姉ちゃんがいたら私も心強いかな? 家出したことを一緒に謝ってくれると嬉しいんだけど……」
「モニカ……それは自分で謝ってね。私は庇わないわよ?」
「あううっ、そんなあ……」
モニカがガックリと肩を落とし、頭を抱えた。
当初の予定よりも大人数になってしまったものの、俺達はウラヌス伯爵領へと向かった。
道中で特にアクシデントが起こることもなく馬車は進んでいき、数日後には目的地に到着した。
「ここが私の故郷……コラッジョの村だよ!」
目的の村に到着するや、モニカが声を上げる。
母親に怒られることを落ち込んでいた彼女であったが、ここ数日で開き直ったらしい。その声にはヤケクソな感情が込められていた。
「何もない村だけどゆっくりしていってね! 私の家はアッチだよ!」
「ああ……知っているとも。嫌ってほどにな」
俺の目の前には、のどかな雰囲気の村が広がっている。
小さな家、畑があちこちにあって、羊や牛がのんびりと歩いていた。
コラッジョ村は住民は百人にも満たない小さな村であるが、ゲームでは何度か登場していた。
旅の始まり、オープニングシーンで描かれた場所であり……最終的には『2』の鬱展開としてゼノン・バスカヴィルに焼き払われた悲劇の村である。
山賊の仕業に見せかけて村は焼かれ、住民は皆殺し。例外はレオンの妹モニカと母親だけ。
連れさらわれた彼女達は地下室に閉じ込められ、薬漬けにされてゼノンから性的な調教を受けるのだ。鬱展開が苦手な俺としては、ある種のトラウマを植え付けられた村である。
「ここがコラッジョ……初代勇者様が生まれて、死んだ村ですか」
エアリスが村を見回して、感慨深げに言う。
「勇者様のお墓があると聞いていますが……観光地になったりはしていないんですね?」
「うん、お墓があるといっても、別に見世物になっているわけじゃないからね。他の村人のお墓と一緒の場所にあるし、見てもつまらないんじゃないかな?」
「そうなんですか? そういえば……伝説の勇者様は特別扱いされることを嫌って、爵位を受けることを断ったそうですね。魔王討伐の功績すらも捨て去り、この村で生涯を過ごしたというのだから高潔なことです」
「さあさあ、それよりもウチに行こう! 嫌なことは早く済ませなくっちゃ!」
「嫌なことなのかよ、母親と顔を合わせるのが」
俺は呆れて溜息をついた。
ダンジョンでは華麗な活躍を見せていた彼女であったが、母親に叱られるのを恐れる一人の子供でしかないらしい。
俺達はモニカを引きずるようにして家に連れていった。
他の家から少し離れた場所にある青い屋根の小さな家。レオンとモニカが生まれ育った家がそこにある。
家の前では一人の女性がホウキを持っており、家の前の木の葉を掃いていた。
「お、お母さん……」
「モニカ……!」
女性がこちらに気がついて、驚きの声を上げる。
その女性は長く伸ばした金髪を三つ編みに編んでおさげにしており、着ている服は質素で飾り気はないものの、服の上からでも豊満な身体つきが見て取れた。
二人の子供の母親とは思えないような若々しい女性だ。熟女やオバサンというよりも、綺麗なお姉さんや若奥さんといった印象である。
「モニカ! モニカ!」
「お母さん……!」
母親がホウキを捨てて駆け寄ってくる。
先ほどまで母親と会うことを嫌がっていたモニカもまた、感極まったように走り出す。
「感動の再会か……」
「はい、とても良い場面ですね」
幼い頃に母親を亡くしているエアリスが涙ぐんでいた。
俺達の身守る前で、モニカと母親が抱擁を交わす。
よく似た顔つきの母娘がしっかりと抱き合い、再会を喜び合い……
「えいっ」
「キャンッ!?」
「あ……」
母親がモニカの身体を抱きかかえ……思いきり身体をそらせて、娘を地面に叩きつける。
「ごめんね、モニカ。家出をする不良娘にはお仕置きしなくちゃいけないのよ。悪いことした子供にはお仕置きです」
「きゅう……」
まさかのパワーボムである。
母親はロングスカートをまくれ上がらせ、ブリッジするような体勢でモニカにプロレス技を喰らわせていた。
「ひ、久しぶりに見たわ。おば様の『勇者落とし』……」
「『勇者落とし』……?」
顔を引きつらせてつぶやくシエルに訊ねると、彼女はブルリと身体を震わせながら説明してくれる。
「勇者の一族に代々伝わる技よ。かつて魔王を封印した伝説の勇者……彼と結婚した女性が、浮気した勇者をしばくために編み出したと言われる相伝の奥義。代々、ブレイブ一族に嫁ぐ女性に継承されている勇者殺しの大技よ……」
「……何それ、怖い」
そんな技はゲームにだって登場しなかった。
『ダンブレ2』においてゼノンに身体を貪られるはずの彼女であったが、か弱い未亡人というわけではないらしい。
まかり間違えれば、自分も同じ技を喰らっていたのかもしれない。
俺はゆっくりと首を振って、嫌な未来予想図を振り払うのであった。
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