第37話 勇者の叔父

 かくして、気まずい夕食の時間が終わった。

 床にはいまだにモニカの叔父が刺さっている。

 まさか死んだのではと頭によぎるが……よくよく見ると、ピクピクと小刻みに痙攣していた。


「あ、あの……よろしければ手当を……」


「必要ないわ。ありがとう」


 エアリスが恐る恐る治療を提案するのだが、間髪入れずにアネモネが断る。清々しいほどの笑顔を浮かべて。


「弟はたくましい子だから大丈夫よ。気持ちだけ貰っておくわ。ありがとう」


「え、えっと……」


「それよりも、夕食後のお茶にしましょう? 準備を手伝ってくれないかしら?」


「お、お手伝いします……」


「わ、私も手伝う!」


「私も手伝います」


 エアリスが頷き、同じようにモニカとシエルも手を挙手をした。

 三人がキッチンに消えていき、重苦しい空気がわずかに軽くなる。


「えっと……私はお茶とか飲まないので、部屋で休みますねー」


「あ……私も帰り支度をしなければ。先に失礼するよ」


 メーリアとルーフィーの二人が椅子から立ち上がり、そそくさと逃げるようにして部屋から出ていった。

 部屋の中にはいまだテーブルに着いたままの俺とウルザ、ナギサが残される。


「……すまなかったな」


「あ?」


 そんな中、低い声が聞こえた。

 声の主を探すと……まさかの床下から聞こえてくる。


「……レオンとモニカの叔父、アネモネの弟のオッドマンという。姪御が世話になったと聞いた。礼を言わせてくれ」


「……意識があったのか。というか、ちゃんと生きてたんだな」


 床に頭をめり込ませたままの男の声に応える。

 こんな間抜けな姿だというのに、オッドマンと名乗った男はやたらとバリトンボイスで良い声をしていた。

 もちろん、少しも格好良くはない。良い声なのがかえって滑稽である。


「レオンがシエル嬢と一緒に学園に入ってから、ずっとモニカは落ち着かなかったんだよ。兄と何ヵ月も離れるのは初めてだったから。レオンは長期休暇の際にも帰省しなかったから、ヤキモキとしていたようだ。そこにきて、生死不明の行方知れずとの報告が入って、居ても立っても居られなかったんだろうな。私を脅しつけてアルテリオーレに乗り込んでいったよ」


「ああ、そうか……」


「あの子はレオンと同じく無鉄砲だからな。放っておいたら一人でも行ってしまうと思って、あの子を連れていくことにしたんだ。しかし……目を離した隙に大冒険をしていたようだね」


「……それに関しては謝罪しよう。悪かったな、保護者をほったらかしにして勝手なことをして」


「謝る必要はないさ。むしろ、来るべき時が来たと思ったよ」


「……どういう意味だ?」


 俺が訊ねると、床から出た下半身が両脚を前後に振る。


「あの子は……レオンや義兄もそうだったが、特別な人間だ。私達のような凡人とは違う。特別な運命を背負って生まれた子だ。こんな田舎の小さな村で終わるような人間じゃない。きっと、いつか広い世界に羽ばたく日が来る……そんなふうに思っていたんだ。君がきっかけになってくれたおかげで、モニカは良いスタートを切れたのだと思う。叔父として、父親代わりとして、とても嬉しいよ」


 脚で反動をつけて、オッドマンが床から上半身を引き抜いた。

 ホコリまみれになった中年男性の頭部が現れて、「フウ」と息をつく。


「これからもモニカのことをよろしく頼む。商人をしていて大勢の人間を見てきたからわかるんだ……君は人相こそ良くないが、根っこの部分はまっすぐで信頼できる人間だ。どうか、姪のことを導いてあげてくれ」


「……保証はできないな。俺は善人ではないし、ましてや地面から生えたタケノコの頼みを聞いてやる義理はない」


 俺は肩をすくめて、「だが……」と言葉を続ける。


「アイツのことはそれなりに気に入っているし、利用価値もあると思っている。貴重で稀有な人材だ。使い潰すようなことだけはしないとだけは約束しよう」


「フム、素直ではないのだな。根っこはまっすぐでも、枝は折れ曲がっているらしい」


 オッドマンが苦笑して、身体についたホコリを払う。


「もしも私の力が必要になったら、王都にあるベストロー商会を訊ねてくれ。私に連絡がつくようにしてある。こう見えても……私はそれなりに腕の良い行商人なんだ。大抵のものは手に入れてみせるよ」


「それはどうも」


「それでは、失礼しよう。次に会うのはあの子の結婚式で……なんてね」


 ウッドマンは二本指をピシッと立てて、颯爽と扉から出ていこうとする。

 しかし……タイミング悪く、お茶の盆を持ったアネモネと遭遇した。


「あ……」


「あらあら……まだ出て良いとは言ってませんけど、どうして頭を抜いているのかしら」


「ね、姉さん……これは、その……」


「ごめんなさいね、持っていてくれる?」


「あ……はい」


 アネモネは盆をシエルに預けて……素早いステップでオッドマンの背後に回り込む。


「仕方がないわねえ…………お仕置き、追加ね」


「オオオオオオオオオッ!?」


 ゴスンと鈍い音がして、床に二つ目の穴が開く。

 先ほどと数メートルほど場所を変えて、再び奇妙なオブジェが完成したのであった。

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