第36話 リビングの怪
シエル・ウラヌスからのプロポーズというアクシデントがあったものの……コラッジョ村で済ませるべき用事は終わった。
この村の近辺で発生する……そして、レオンが取りこぼしていたいくつかサブイベントは回収した。
もはやここでやるべきことはない。あとは王都に帰るだけである。
「それは良いんだが……何事だ、これは」
仮宿にしているレオンの家。リビングに足を踏み入れると、そこには三人の人間がいた。
一人目はこの家の家主。レオンの母親であるアネモネ・ブレイブだ。何故か腕を組んで極寒のオーラを背負って仁王立ちしている。
二人目はの娘、レオンの妹であるモニカ・ブレイブ。母親の怒りを感じ取って、部屋のすみで小さくなってガタガタと震えている。
そして……三人目の人物。顔は見ることができないが、おそらく中年男性と思われる人物が部屋の中央にいた。
どうして顔が見えないかというと……その男の上半身が床にめり込んでおり、下半身だけが天井に向かって突き出しているからだ。
「どこぞの前衛芸術……じゃないよな。何があったんだ?」
「あ、ゼノンお兄さん……帰ってきたんだね!」
モニカが助けを求めるような目で見つめてくる。
俺はモニカの横までそっと歩いていき、事情を尋ねた。
「あの床に刺さってるのは誰だ? 空から降ってきたのか、それとも地面から生えてきたか?」
「えっと……アレは私の叔父さん。ちょっと色々あって、お母さんに投げられちゃって……」
「叔父……?」
そういえば……俺はふと思い出す。
アルテリオーレの町で会った際に、モニカが話していた。
レオンが行方不明になって生死もわからない状態になっていると知り、いてもたってもいられずに来てしまったと。行商人である叔父にここまで連れてきてもらったと……そんなふうに話していた。
「あ……そういうことか」
俺はようやく気がついた。
ここ数日、喉に物が引っ掛かっているような気持だったのだが……その原因を理解する。
何かを忘れていると思ったら、この叔父の存在を忘れていたのだ。
モニカのことを知らせなければいけないとダンジョンに入るまでは考えていたのだが……レオンのこともあって、すっかり忘れていた。
「えっと……オジサンも私のことを忘れて商談に夢中になってたみたいで、後になって思い出して探してたけど、私はゼノンお兄さんと一緒に帰って来てて……」
「……それは怒られるよな、うん」
保護者としてモニカを連れていったくせにモニカの存在を忘れてしまい、モニカは勝手にダンジョンに潜っていた。
おまけに、モニカは見知らぬ男と同行して家に帰ってきて……保護者失格の烙印を押されても文句は言えない。
おそらく、その結果として『勇者落とし』を喰らわされてしまい、床にめり込むことになったのだろう。
「何というか……それは俺も責任を感じるな」
モニカをダンジョンに連れ込んだのは俺。勝手にアルテリオーレから連れ帰ったのも俺。
どちらかというと、頭を床に突っ込まなくてはいけないのは俺のような気もする。
しかし、俺の存在に気がついたアネモネは別人のような笑顔になり、こちらを振り返る。
「ああ、ごめんなさいね。お客様がいるのにこんなに部屋を散らかしてしまって」
「……ああ、それは良いが」
「もう夕飯はできていますから、テーブルについてくださいな。ほら、シエルちゃんもどうぞ」
「う、うん……」
同じく、衝撃的な光景を目の当たりにして部屋の入口で固まっていたシエルが、アネモネの言葉に引きつった笑みを浮かべた。
俺とモニカがテーブルに着き、シエルが、エアリス達も後からやってきて椅子に座る。
「それじゃあ、みんな召し上がれ。今日は良いイノシシ肉が手に入ったからごちそうよ! 遠慮なく食べてちょうだい!」
「「「「「…………」」」」」
アネモネを除いた一同は気まずそうな顔を見合わせると、誰からともなくテーブルに並べられた料理に手を付けた。
どうして全員の顔が強張っているかというと、部屋の中央ではいまだにモニカの叔父が床に刺さっているからである。
アネモネが作ってくれた家庭料理は間違いなく美味いのだろうが……正直、この状況で味などわからない。
「…………」
俺は顔に戸惑いが出ないように気を張りながら、無言で料理をかっ込むのであった。
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