第35話 新たな寝取り?

 シエル・ウラヌスからの突然のプロポーズ。

 その巨大な爆弾が投下されたことにより、俺達は騒然とさせられた。

 エアリスは顔を真っ青に青ざめさせ、ナギサは殺気立って刀に手をかけ、メーリアやルーフィーは大騒ぎして。

 ウルザはもっと直接的に、「邪魔者は今のうちに消しときますの」とシエルの頭部をホームランしそうになったため、宥めるのに非常に苦労させられた。

 それは彼女が俺に惚れてしまったとか、無意識のうちにフラグを立てていたとか、レオンが怪物になって自暴自棄になっているとか……そういうわけではない。


「要するに……俺と婚約したフリをして時間稼ぎをしたいわけか」


「うん、お願いできないかな?」


 レオンとモニカの家に戻って改めて説明を求めたところ、シエルはそんなことを口にした。


 つまり……こういうことである。

 伯爵令嬢であるシエルには、きちんと身分ある男性と縁談の話があった。しかし、幼なじみのレオンを愛していた彼女は縁談を断り続けていた。

 シエルの父親であるウラヌス伯爵は「平民であるレオンとの結婚は認められない。しかし、学園で功績を挙げて叙爵されるようならばレオンとの結婚を認める」と猶予を与えてくれた。

 しかし、その猶予期間中にレオンが生死不明の行方不明状態となってしまう。その結果、これまで棚上げになっていた縁談が再び持ち上がってしまった。

 縁談を断るための口実として……シエルは俺と婚約して、レオンを救い出すまでの時間を稼ごうとしているのだ。


「縁談の相手は伯爵家みたいだから、侯爵家であるバスカヴィル君と婚約していることにしたら何も言えないと思うのよね。あとはレオンを助けてからどうにか爵位を手に入れて、改めてレオンと結婚したらいいかなって」


「……紛らわしいことを言わないでください。私の正妻の座が脅かされるかと思いました」


 横で話を聞いていたエアリスが大きな胸に手を当てて溜息をつく。

 エアリスは子爵家の令嬢。伯爵家のシエルが嫁いできたら、正妻のポジションを奪われかねない。


「ごめんね、セントレアさん。そういうつもりじゃなかったんだけど……というか、セントレアさんって本当にバスカヴィル君が好きだったのね」


「当たり前ではありませんか。そうでなければ、婚約はいたしません」


「うん、そうだよね……バスカヴィル君とセントレアさんってあまりにも雰囲気が違いすぎるから……あ、これは悪い意味じゃないからね。バスカヴィル君が噂みたいに悪い人じゃないって、もうわかってるから」


「……どうでもいい。そんなことよりも、本題を進めないか?」


 曖昧な笑いで取り繕うシエルに、俺は呆れた目を向ける。


「確かに、俺と婚約したことにすれば時間稼ぎには鳴るだろう。目論見はわからなくもないだが……その提案を受けて、俺にどんなメリットがあるんだよ」


「メリットって……」


「もしも全てが上手く運んだとしよう。俺との婚約をウラヌス伯爵が認めてくれて、レオンを見つけて人間に戻すことができて、レオンが伯爵家の婿になれるだけの地位と功績を手に入れたとする。それで……俺がいったい何を得る? バスカヴィル家にどんな得があるって言うんだよ」


 俺は侯爵家の貴族だ。18禁ゲームの世界だけあって、この世界では重婚が認められている。

 道義的な問題はあるにしても、法的にはシエルと婚約しても何ら問題はない。

 しかし、シエルとレオンが無事にゴールインできたとして、俺に得は何もなかった。

 それどころか、伯爵家の娘と婚約していたのに、婚約者を同級生の男子に奪い取られたという汚名を被ることになるだけである。


「後ろ足で砂をかけられた間抜け呼ばわりされてまで、お前の恋愛を助ける義務が俺にあるのか? お前は俺を悪人じゃないと言ったが……他人のために泥を被ってやるような、お人好しの善人でもないぜ?」


「う……」


 シエルは気まずそうに口ごもった。

 断られると思っていなかったのなら、甘いことである。

 俺にとってレオンやシエルはクラスメイトであり、同じく魔王討伐を目指す同士と言えなくもない存在だ。

 だからといって、仲間かと聞かれたら首を振る。友達でもないだろう。

 命の危機に陥っているのであれば手を差し伸べもするかもしれないが、恋路の面倒まで見きれない。


「それに……怖いんだよな。後ろからの圧が」


 俺は顔をひきつらせて、小さくつぶやいた。

 テーブルについてシエルに向かい合っている俺であったが……真後ろにはナギサとウルザが立っている。

 ナギサは腕を組んで仁王立ち。表情こそ無表情だったが、どこか怒りを感じさせるオーラを放っていた。

 ウルザは鬼棍棒で掌をパシパシと叩いている。いつでも殺れるとばかりに、全身から殺意をほとばしらせて。


 そして、隣の椅子に座っているエアリスはというと……


「お話はわかりましたが……ゼノン様の正妻として、バスカヴィル家の『筆頭夫人』として、ウラヌスさんの提案は受けかねます」


 穏やかな表情を浮かべながら、ハッキリとシエルの頼みごとを拒絶した。


「愛する殿方と離ればなれになり、別の男性と婚約させられそうになっているウラヌスさんには同情します。けれど、私達の夫は侯爵家の当主です。そんなふうに都合良く使うことができる存在だと思っているのでしたら、正直、不愉快です」


「う……都合良いとか、そんなこと思ってるわけじゃ……」


「思っていなくとも、ウラヌスさんのお願い事はそう受け取られてもおかしくないことを自覚してください。貴女はご自分のためにゼノン様に恥をかけと言っているんですよ?」


「それは……」


 シエルは途方に暮れたような顔をエアリスに向けるが、そのまま反論を口にすることなく黙り込む。

 エアリスは心優しく、寛大な性格の女性である。

 その彼女がこんなにも強い言葉を口に出したということは、それだけシエルの提案が無礼なことだったからだ。


『自分の夫を軽く扱うな』


 大人しい性格のエアリスが口にしたからこそ、その言葉は重いものである。


「ごめん……焦って、冷静じゃなかったみたい。悪かったわ」


 長い沈黙の後、シエルは頭を下げて謝罪した。


「私ではなく、ゼノン様に謝ってください」


「うん……ごめんなさい、バスカヴィル君も。失礼なことを言っちゃって」


「別に構わん。力になれなくて悪かったな」


 俺は特に気にすることなく謝罪を受けとった。

 婚約はしてやれないが、別にレオンとシエルの仲を裂きたいわけではない。

 シエルがレオン以外の男に寝取られるという鬱展開も気に入らないし、幸せになってくれるのであればそっちの方が良いに決まっている。


 その後、シエルは改めて父親と話し合いの場を持った。

 話し合いの結果、一ヶ月以内にレオンが見つからなければ、父親が選んだ男と結婚することになってしまったのである。

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