第39話 彼女の誓い

 ギガント・ミスリルを討伐した俺は、ドロップアイテムのメダルを回収してダンジョンから脱出した。

 ちなみに、回収したメダルはデンジャラスエンカウント攻略の証明であり、このメダルを集めることで特別なアイテムが手に入ったりする。

『井守の魔女』と呼ばれる人物がメダルを交換してくれるのだが……あの魔女はゲームと同じように井戸の底に住んでいるのだろうか?


 ダンジョンを少し戻った先に縛られたままのエアリスのパーティーメンバーがいて、恐怖と錯乱に泣き叫んでいた。

 これだけ騒いでいながらもモンスターには運良く発見されなかったらしく、とりあえずこちらも無傷なようである。

 そのまま置いて行ってやろうか……そんなふうに思ったが、被害者であるエアリスから待ったがかかった。


「ダメですよ。ゼノン様」


「……助けてどうなる? 生かしておく価値がある連中ではないだろう」


 いつの間にか下の名前で呼ばれるようになっていた。首を傾げる俺に、エアリスは子供に言い含めるような口調になる。


「彼らは私のことを置いていきましたけど、それは私が自分から囮役を買って出たからです。だから皆さんを責めるのは理屈が通りません」


「それはそうかもしれないが……それでもパーティーメンバーを見捨てたことには変わりないぜ?」


「そうだとしても、罰するのは学園の教員方の仕事です。私達が個人の倫理観で私刑を行ってよい理由にはなりません!」


 不満をあらわにする俺にエアリスは人差し指を立てて、「それに……」と付け足した。


「こんな人達のために、ゼノン様が手を汚すことなんてありません! タダでさえ他の方々から怖がられているのに、これ以上評判を落とすようなことはやめてくださいませ!」


「む……」


 俺はやや顔をしかめて黙り込む。

 エアリスの言い分はもっともだ。いくら自業自得とはいえ、クラスメイトを縛って魔物のエサにするようなことをしてしまえば、学園で非難を受けることは避けられない。ジャンをはじめとして、せっかくできた友人だって離れていく可能性がある。

 俺は仕方がなしに肩をすくめ、彼らにかけた拘束の魔法を解除した。


「君は正しく聖女だよ。こんな救いようのない連中にまで慈悲をかけるなんてな」


「私が聖女? まさか!」


 感心半分、揶揄半分に言ってやると、エアリスは心外だとばかりに首を振った。


「私は彼らを救いたいわけではありません。私が守りたいものは貴方の名誉ですよ。命の恩人であるゼノン様」


「フンッ……生意気な返しをしやがる。いつから俺の保護者になったんだか」


 拘束を解かれた男子生徒らが「わあわあ」と騒ぎながら、上の階層に向かう階段へと駆けて行く。

 エアリスは彼らについて行くこともなく、なぜかウルザと一緒になって俺にピッタリと寄り添ってくる。

 ウルザのようなツルペタロリが相手であれば何も感じることはないのだが、エアリスは豊満な体型の美少女だ。必要以上に距離を詰めてこられると、突き出した胸部に腕が触れてしまいそうで恐ろしい。


「……近くないか? もう少し離れて歩いて欲しいんだが?」


 こんなところで痴漢冤罪など起こされては堪らない。そんな意図を込めて告げるのだが、エアリスは頬を薔薇色に染めて微笑んだ。


「私はヒーラーですから、いざという時には守ってもらわなければ困ります。あまり距離をとらないほうがいいでしょう?」


「それは……いや、いくら何でも近すぎるだろ……」


「それに私に好きにして良いと言ったのはゼノン様ではありませんか。自分のために生きて良いと言ったのもゼノン様です。だから好きなようにしているのです。ちゃんと自分の言葉に責任を取ってくださいな」


「…………」


 悪戯っぽく微笑みながら言われると、黙るしかなかった。

 何故こうなったのだろうか? いや……俺が原因なのはわかるのだが、完全にフラグが立っていないか?

 エアリスはまだレオンとパーティーを組んでいないから、『寝取り』にはなってないのだが……本来であれば、レオンが立てるはずだったフラグを奪ってしまったのは間違いない。


「ところで……ゼノン様?」


「……何だよ」


「私の母が亡くなる直前、『あなたの全てを捧げられる運命の相手を探して添い遂げなさい。その人がきっと、あなたにとっての勇者様だから』……そんなことを言っていたのですが、ゼノン様は母が言う通りに勇者なのでしょうか?」


「おいおい……ふざけろよ。俺が勇者なわけがあるか」


 それどころか、勇者を追い詰めて世界を破滅に導く敵キャラだ。

 エアリスの母親が何を思ってそんな遺言を残したのかは知らないが、さすがに勘違いが過ぎるだろう。


「そうですか……だったら、これから勇者になるのかもしれませんね。勇者になるも、悪党になるも、全てはゼノン様の意志次第ですから」


「わけのわからないことを……いつから、お前は占い師に転職したんだよ。人生相談をした覚えはないぜ」


 呆れ返って言ってやるも……エアリスは真顔で俺を見返してくる。

 俺の腕をとって柔らかすぎる胸に抱き、まるで神に誓いを立てるように厳かな雰囲気で口を開く。


「貴方が勇者になるのでしたら、私は貴方を守る聖女にも守護天使にもなりましょう。貴方がタダの凡夫として終わるのならば、私も平凡な女として生涯を捧げましょう。私の仕えるお方、私の運命の人……病める時も、健やかなる時も、私は変わることなく貴方のお傍に侍ることを誓います」


「…………」


 祈るように瞳を閉じて、そんなことを言ってのけるエアリス。

 そんなセリフ、ゲームに出てきていなかったと思うのだが……俺はどんなフラグを立てたというのだろう。


「どうなるんだよ……コレは……」


 予想もつかない展開に途方に暮れながら、俺はとりあえず手に当たっているエアリスの胸の感触に意識を集中させるのであった。

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