第39話 帰還

 かくして、勇者の生まれ故郷であるコラッジョ村への訪問が終わった。

 手に入れた成果はいくつかのイベント達成報酬。そして……勇者の妹のモニカと母親のアネモネの加入である。


「まさか、おば様がバスカヴィル君に付いてくるなんて……本当に良かったんですか? 村を空けて」


 王都に向かう馬車の中、シエルがアネモネに訊ねる。

 アネモネにだって生活があるはず。仕事だってしているだろうし、簡単に村を捨てて良いのだろうか。


「仕事はしていますけど、あくまでも内職のようなものですから。主人も亡くなって長いですし、モニカもいないのであれば無理して家に留まる理由はありませんよ」


「そうなんですか……」


「それに……旦那様のお屋敷で、メイドとして働かせてもらうことになっていますから。侯爵家のお屋敷で働かせていただけることになっていますので」


「そ、そうなの……?」


 シエルがチラリと俺のことを見てくる。

 そんなふうに目で問われたとしても、俺も知らない。

 モニカを仲間にするために、アネモネも連れていくことを条件として出されたのだから仕方がない。


「そんなことよりも……アネモネさんは、どうしてゼノン様のことを『旦那様』などと呼んでいるのですか?」


 俺の隣に座っているエアリスが膨れっ面で訊ねる。


「『旦那様』だなんて、まるで夫を呼ぶような言い方ではないですか! 正妻である私を差し置いて、あまりにも不遜です。神の名のもとにアウトです!」


「あら? ゼノンさんはバスカヴィル家の当主なのでしょう? 働かせていただくお屋敷の家長を『旦那様』と呼ぶのは不自然なことではありませんよ?」


「それは、そうかもしれませんが……」


「エアリスさんが旦那様の奥方だったのですね。それでは、貴女のことは『奥様』と呼ばせていただきます。これからよろしくお願いしますね、奥様?」


「はうっ……!」


『奥様』という呼び方に、エアリスが感極まったように身体をのけぞらせた。

 自分で自分の身体を抱きしめるようにして、プルプルと震えている。


「い、いいでしょう……正直、バスカヴィル家のお屋敷も人手は足りていませんから。『バスカヴィル侯爵夫人』として、屋敷で働くことを許可いたします」


「はい。どうもありがとうございます、奥様」


「はううう……良い響きです……」


 どうやら、エアリスからもお墨付きが出たようだ。

 エアリスは頬を薔薇色に染めて、侯爵夫人としての立場に酔いしれていた。


「……まあ、我が殿が許したのであれば私は構わないが」


「ウルザは不満ですの! ご主人様の周りに女の人はこれ以上いりませんの!」


 ナギサは仕方がなしに受け入れるが、ウルザは不満そうに両手の拳を上げて抗議する。

 お願いだから、あまり暴れないでもらいたい。ただでさえ馬車の中はすし詰め状態なのだ。暴れられるとあちこちぶつかって普通に痛い。


「あらあら、ウルザさん。そんなことを言わないでくださいな」


「ダメですの、許しませんの!」


「あらあら、仕方がないわねえ……そういえば、お弁当を持ってきていたんでした。どうぞ食べてくださいな」


「ふあっ」


 アネモネがはんなりとした笑顔で弁当箱を差し出してくる。

 中に入っていたのは油で揚げた肉を挟んだサンドイッチ……カツサンドのような料理がだった。


「モシャモシャ……むう、美味しいですの。美味ですの。サクサクでふわふさ。肉汁が溢れてジューシーですの……」


「認めてくれますか、私がメイドとして働くことを。美味しいご飯をいっぱい作りますよ?」


「むう……仕方がないですの。許可しますの」


 ウルザは両手にカツサンドを握りしめ、頬をいっぱいに膨らませて首肯した。

 どうやら、話は纏まったようである。晴れてアネモネはバスカヴィル家に受け入れられることになった。


「……お母さんと一緒。せっかく王都に行くのに、結局、お母さんと一緒」


 場所のすみでは、モニカが泣きそうな顔で首をさすっていた。

 王都に行ってからも母親と一緒に暮らせるのだから嬉しいことではないかと思うが……どうやら、優しくも厳しい母親に監督され続けることのストレスの方が大きいらしい。

 怒らせるとバックドロップで地面に叩きつけられるのだから、さぞやおっかないことだろう。


「……投げられないように良い子でいろよ」


 俺は同情半分につぶやいて、天を仰いで目を閉じるのであった。

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