第40話 国王との謁見

 バスカヴィル家はスレイヤーズ王国の『夜』を管理する家である。

 スレイヤーズ王国内に存在している悪党やギャングを管理して、彼らが王家に牙を剥かないように監督する役割を担っていた。

 爵位こそ公爵に届かない侯爵だったが、『昼』の王である王家と並び立っている『夜』の王であるといえよう。


「……ゲーム以外でここに来るのは初めてだな」


 コラッジョ村から王都に帰還して数日後。

 俺は珍しく正装してキッチリとしたスーツに身を包み、とある場所へと訪れていた。

 王都の中心にあるスレイヤーズ王家のお膝元、すなわち王宮である。

 ここには多くの貴族や官吏が、日夜、働いており、政治を動かしている国の中枢だった。


 王都に戻ってきた俺は国王に謁見を申し込んだ。

 すでに国王のところにはアルテリオ公爵家から諸々の報告が上がっており、すぐに会ってくれることになった。

 俺はエアリスを連れて王宮にやってきており、謁見室である『玉座の間』に向かって廊下を歩いているところだった。


「ゼノン様、そちらの服もとても素敵です。見違えました」


 俺の隣に並んで歩いているエアリスが、頬を薔薇色に染めて華やいだ声を上げる。

 エアリスは一応、俺の婚約者にして正妻というポジションになっていた。

 正式には結婚していないものの、社交界では事実上の『バスカヴィル侯爵夫人』として扱われている。


 俺達は学園の制服でも冒険者としての装備でもなく、貴族用のスーツとドレスを身に纏っていた。

 俺は正直、衣装に着られているような気分だったが……エアリスは流石の着こなしである。

 純白のウェディングドレスのような服を完全に着こなしており、廊下ですれ違う役人や貴族が見蕩れたように振り返っていた。


「陛下とお会いするのも久しぶりですわ。ゼノン様もそうですよね?」


「ああ……親父が死んでから、叙爵の手続きで何度か顔を合わせたくらいだな……正直、気が重いね。あまり会いたい人間じゃない」


「そんなことを言ってはダメですよ。誰が聞いているかわからないんですからね」


 エアリスが困ったような顔で叱ってくる。

 国王は先代のバスカヴィル侯爵……ガロンドルフ・バスカヴィルとは親しい間柄だったようである。

 それぞれスレイヤーズ王国の『昼』と『夜』を支配する者として、通じるものがあったのか。

 表向きの関わりは薄かったが、影であって酒を飲み交わす程度には親交があったとのこと。


「……俺に対しても、『ダチのガキ』という態度で接してくるんだから鬱陶しいんだよ。ことあるごとに呼び出すのを断るのが面倒だ」


 ぼやきながらも足を進めると、謁見の間に到着した。

 扉の前に立っている騎士が警戒した目で俺を睨みつける。


「謁見の約束をしていたゼノン・バスカヴィルだ」


「……許可は出ている。通るが良い」


 騎士が扉に手をかける。

 しかし……扉を開く前に、俺に向けて挑みかかるように口を開く。


「わかっているだろうが……国王陛下にもしものことがあれば、我ら近衛騎士が貴殿を斬る。謁見の間には騎士団長もおられるから、くれぐれもおかしな気は起こさぬように」


「ハッ……たかが騎士ごときがいつから侯爵に無礼な口を利けるようになったんだよ。聞かなかったことにしてやるから、さっさと開けろ。三下が」


「…………」


 騎士は目元の険を強めたが、それ以上は何も言うことなく扉を開いた。

 俺はエアリスに腕を差し出し、彼女がそれを取るのを確認してから入室する。


「バスカヴィル侯爵殿の御成りです」


 侍従が宣言する声を聞きながら、前後に伸びた赤い絨毯を歩いていく。

 細長い絨毯の先……数段の段差の上に置かれた玉座に、四十前後の中年男性が座っていた。

 豪奢な服を着て、マントと王冠を身につけたその人物こそが、スレイヤーズ王国国王。ジュリアス・ジ・スレイヤーズその人である。


「…………」


「…………」


 俺とエアリスが王の御前で膝をつき、頭を下げて言葉を待つ。

 一拍の時を置いてから、俺達を見下ろす国王が厳かに声を放つ。


「頭を上げよ」


「ハッ」


「よくぞ参ったな、バスカヴィル侯爵よ。元気そうだな」


「国王陛下も壮健そうで何よりでございます。此度は謁見の申し入れを受けてくださり、感謝いたします」


「ウム。構わぬよ。クリスロッサから話は聞いている……アルテリオーレでは大変だったようだな?」


 クリスロッサというのは、クリスロッサ・アルテリオ公爵のことだ。

 公爵家は王家の親類にあたる家系なので、ファーストネームで呼ぶ程度には親しいのだろう。


「そなたがアルテリオーレで新しく発見されたダンジョンの調査を行い、さらにはそこから現れた未知の魔物を倒したと報告を受けている。侯爵家の名に恥じぬ見事な働きだ、余は満足しているぞ」


「……光栄でございます」


「して……そなたの方から余に謁見を望むとは、いったい如何なる用事だ? 遠慮せずに申してみるが良い」


「…………」


 来た。やってきた。

 国王との交渉によって、怪物となったレオン・ブレイブを救い出すことができるかどうか、大きく左右されるだろう。

 問題ない。交渉の準備は十分に整えてきた。

 俺は国王の表情を観察しつつ、口を開いた。






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