番外編 ウルザとレヴィエナの冒険 ②


 ウルザとレヴィエナは砂賊の頭領を捕らえて、マーフェルン王国の王都に向けて旅を始めた。

 元凶である頭領を生かしておいたのは慈悲などではない。『魔物使い』である男がいなければ、竜者の運転ができないからである。


「……逃げたら容赦しませんの。潰しますの」


「ううっ……」


 御者台に座った頭領が涙目になって竜者を操作している。

 その傍らには半眼になったウルザが乗っており、金属の棍棒の先端を頭領の顔面をグリグリと押しつけていた。


「ご主人様は王都に行くように言ってましたの……ご主人様だったら、鳥なんて自力でどうにかできるはずですの……だから、大丈夫。大丈夫。何も問題ないですの……!」


「あ、あの……棍棒を押し付けるのやめてもらえませんか? さっきから痛いんですけど……?」


「ああっ!? 何か言ったですの!?」


「ヒイッ!? 何も言ってないです!?」


 砂賊の頭領が泣きながら竜者の操縦に戻る。

 竜に引かれて、車輪が砂地に線を描きながら進んでいく。

 事前に頭領に尋問しており……ここからマーフェルン王国の王都までは丸一日以上かかることがわかっている。

 いくら焦ったところで竜のスピードが上がるわけでもないのだが……ウルザは御者台で苛立たしげに足を踏み鳴らした。


「ウルザさん、よかったら私が御者台の方に行きましょうか?」


 竜者の窓からレヴィエナが顔を出す。

 砂漠の暑さを避けるため、冷房の効いた車の中に入っていたのだ。


「ウルザさんももう疲れたでしょう? その男は私が見張っておきますから、中で休んでくださいな」


「……いいですの。ウルザがここにいるですの」


 仲間からの気遣いにウルザがプルプルと首を振る。雪のように白い髪がウルザの動きに合わせて左右に動く。


「だけど……もう3時間も座りっぱなしですよ? まだ日は高いですし、そろそろ限界でしょう?」


「レヴィエナさんよりもウルザの方が目が良いですの……ご主人様を見つけられるかもしれませんので、ウルザがここにいますの」


 ウルザは御者台で砂賊の頭領を恫喝しながら、必死に左右を見回して主の姿を探していた。

 ひょっとしたら、自力で怪鳥から脱出して砂地の上に倒れているかもしれない。約束通り、王都に向かって歩いているかもしれない。

 怪鳥が飛んでいった方角から考えるとあり得ないことなのだが……それでも、一縷の望みに縋ってゼノンのことを探していた。


「……そうですか。それじゃあ、お願いします」


 レヴィエナも主人のことを出されると、それ以上は何も言えない。

 代わりに、水筒に入った水をウルザに手渡した。


「せめて水分補給だけでもしておいてください。汗もかいているでしょう?」


「……もらっておきますの」


 ウルザは水筒を受け取り、口を付けて水を喉に流し込む。

 ゼノンのことが気がかりでそれどころではなかったが……やはりかなりの汗をかいて水分を消耗していたらしい。ゴクゴクと音を鳴らして水が喉の奥に流れ込んでいく。


「はあ……沁みるですの」


「あ、あの……俺にも水をいただけませんか? 喉が渇いちまって……」


「はあ、ですの?」


 おずおずと手を上げた頭領にウルザが三白眼を向けた。


「どの口がほざいているんですの? 手首でも噛みちぎって、自分の血を飲んでたらいいですの」


「そ、そんなあ……」


「ウルザさん、いけませんよ。あまりその男をイジメないようにしてください」


 残酷すぎることを言うウルザに、窓からレヴィエナが窘めた。


「砂賊を憎む気持ちはわかりますけど……その男が倒れたら、竜車が立ち往生してしまいます。最低限の水は与えましょう」


「レヴィエナさん……ですが……」


「はい、こちらを飲んでも構いませんよ」


 納得いかない顔になっているウルザを尻目に、レヴィエナが頭領に新しい水筒を差し出した。頭領は地獄で仏に会ったような顔で水筒を受け取る。


「有り難てえ! 助かった…………ふぶおっ!?」


 水筒に口を付けて中の液体を流し込み…………盛大に吐き出した。


「な、何だこれは!? 生臭っ……水じゃねえのか!?」


「ああ、それはこの国に来る途中で倒した魔物の体液ですよ」


「ゲホゲホッ……ま、魔物の体液だあっ!?」


 レヴィエナの答えに頭領が声を裏返らせる。

 水筒の中に入っていたのは、マーフェルン王国にやってくる途中で倒したカエル型モンスターの粘液だった。

 薬を生み出す素材アイテムとしてゼノンが採取してアイテム袋に入れていたそれを、レヴィエナが水として提供したのである。


「レヴィエナさん、ご主人様のアイテムを勝手に使っていいですの?」


「大丈夫なはずですよー。このアイテムは余分に採っていたはずですし、そのまま飲んでも体力を微回復させる効果があると言っていましたから」


「ああ、それじゃあ構いませんの。いっぱい飲むですの」


 ウルザとレヴィエナが暢気な口調で会話を交わしているが、粘性のある油のような液体を飲まされた頭領はたまったものではない。

 怒りの形相になって御者台から立ち上がろうとした。


「このっ……人が下手に出ていれば調子に乗りやがって! お前らとの旅はここまでだ! 砂竜、この女共を振り落として……」


「えい、ですの」


「ほぎょっ!?」


 チーン……という音が頭領の頭の中で鳴り響いた。

 怒り狂った男の顔がどんどん青く染まっていき、そのまま崩れ落ちるようにして御者台に座りなおす。


「ひ……ば……あ……」


「ちゃんと運転するですの。立ったら危ないですの」


「わ、かり……ました……」


 鬼棍棒を持ったウルザに震える声で応えて、頭領はプルプルと下半身を震わしながら竜車の運転に戻った。

 途中で強力な魔物に遭遇することもなく。頭領が逃げ出すこともなく。

 それから丸1日の旅路を終えて、ウルザとレヴィエナは無事に王都へとたどり着いたのであった。




 なお、ここから先は完全に余談であるが……砂賊の頭領は王都に到着すると同時に、犯罪者として衛兵に引き渡されることになる。

 砂漠を荒らす凶悪な犯罪者として前科があった頭領は裁判を経て処刑されることが決まったのだが……処刑前日、牢屋から脱獄して行方をくらませた。


 衛兵に追われながらも逃げおおせた頭領がどうなったかは誰も知らない。

 だが……とある砂漠の町にある夜の店。男性が女装して接待をするという特殊な趣向の店に、いかつい顔つきの新しい店員が入ったらしい。

 筋肉モリモリの身体にドレスを着て、四角い顔に化粧をした店員。彼(彼女?)はモンスターを操って酒や料理を運ばせるという珍しい接客で人気を得て、男好きの物好きな客から可愛がられたのであった






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