第16話 追加シナリオ


「……妙な『縁』がありやがる。あの国は好きじゃないんだがな」


 マーフェルン王国は『1』において、有料でダウンロードできる追加シナリオで登場する場所だった。


 追加シナリオ──『翡翠の墓標』は砂漠の国マーフェルン王国を舞台として、主人公であるレオンが国家権力の横暴に立ち向かうというストーリーである。


 時間軸は魔王討伐の直後。魔王を倒して時の英雄となったレオンは、ある日、隣国のマーフェルン王国の王族から王宮で開かれる建国パーティーに招待された。

 どうしてもと言われて仕方がなく隣国に向かったレオンであったが……訪れたマーフェルン王国で、権力者から弾圧される民衆の姿を目の当たりにする。


 道の片隅で震える子供、飢えて痩せ細った浮浪者、鞭を打たれ無理やり働かされる亜人──それをゲラゲラ笑って眺めている貴族らに対して、レオンは激しい義憤を覚えた。

 怒りに突き動かされて感情的になったレオンは、招かれた王宮のパーティーで国王に詰め寄り、冷酷で人々を顧みない統治を非難してしまう。

 公衆の面前でなじられた国王は激怒して、レオンと仲間達を捕らえて地下牢に放り込むのだ。


 魔王を倒して英雄になったレオンであったが、『国家』という巨大な力の前にはあまりにも無力。残虐な権力者から民衆を救うことはできなかった。レオンは牢獄の中で己の非力さに打ちひしがれ、悔しさのあまり涙まで流した。

 そんなレオンを救い出したのは国王の娘──つまり、マーフェルン王国の王女である。王女はレオンを牢屋から出して外に逃がし、とある願い事をしてきたのだ。


『どうか私と一緒に戦ってくれないかしら? この国の人々を救うために貴方の力を貸して欲しい!』


 王女は父親の圧政に反発しており、権力に弾圧される民衆を救い出すために『革命軍』を組織していたのだ。

 レオンは王女の手を取り、革命軍の一員となって『国家』という名の巨大な悪意へと立ち向かう……それが主なストーリーである。


「そのヒロインがシャクナ王女……か。まさか勇者の子孫だったとはな」


 俺は小さくつぶやく。

 追加シナリオのメインヒロインであるシャクナ王女であったが、彼女が勇者の子孫であるという情報はシナリオ上に出てこなかった。

 シャクナはマーフェルン王が戯れに手を出した旅の踊り子が産んだ娘であり、母親は王によって弄ばれ、何年も前に死んでいるという設定だった。


「……踊り子の母親が勇者の末裔だったというわけか。偉大な血筋に貴賤は関係ないということか」


「おや、知っていたのかい? シャクナ王女の母親が踊り子ということまで良く知っていたね?」


「ちょっと縁があったみたいでな……さて、どうしたものか。厄介な3択を突きつけられたものだな」


 俺は脚を組んで考え込んだ。

 魔王を倒すために考えていたプランでは、勇者の末裔を仲間に迎え入れ、レオンとは別に新たな勇者を用意することで魔王を封印しようと考えていた。

 だが……その候補者は3人とも、問題がある人物ばかりである。


 第1候補──レオンの妹であるモニカ・ブレイブはただの村娘。戦う力は持っていないため、ゼロから鍛える必要がある。

 さらに、妹を戦いに巻き込んでしまえば兄のレオンも怒り狂うはず。せっかく第一印象最悪な状態から良好な関係を築いたのに、そんな友好関係も無に帰してしまう。


 第2候補──『槍王』の娘は戦力になるかもしれないが、そもそも行方知れずで名前すらも判然としない状態。

 見つかるかどうかもわからない娘、それどころかすでに死んでいる可能性もある娘を頼りにはできないだろう。


「そう考えると……居場所がわかっていて、かつ戦力としても期待できるのはシャクナ・マーフェルンだけか。問題はマーフェルン王国の問題に首を突っ込まなくてはいけないことか」


 シャクナ・マーフェルンは凄腕の魔法使いだった。『雷』の属性を得意としており、魔法以外にもいくつか便利な能力を持っている。彼女が本当に勇者の子孫であるというのなら……戦力としては申し分なかった。

 革命戦争が勃発するのはレオンの魔王討伐後。1年以上も先だったが……シャクナはすでに革命の準備のために行動しているかもしれない。

 シャクナを仲間に引き込むことを考えると、マーフェルン王国の問題に首を突っ込む必要がある。


 侯爵家の当主である俺が隣国の革命戦争に首を突っ込むとか、色々と問題があるだろう。下手したらスレイヤーズ国にまで飛び火しかねない。


「……国王陛下に叱られそうだ。怒られるだけで済めばいいのだがな」


 俺は鬱屈した溜息をつきながら天井を仰ぐ。


「ムシャムシャ、モグモグ……ですの」


 会話が止んだ部室の中で、ウルザが茶菓子を咀嚼する音だけが鳴り響く。

 ご機嫌な様子で甘味に舌鼓を打っている白髪の少女を横目に見て、俺は悩みのない彼女を心から羨ましく思うのであった。

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