第82話 悪魔の腕
魔剣・天乃羽々斬丸。
それはゲームで入手できる武器ではなく、鍛冶屋に素材アイテムを持ち込んで制作したオリジナルアイテムである。
10回以上の周回プレイを重ねて強化された武器の性能はゲーム上の最強装備である『聖剣・エクスブレイブ』すらも凌駕していた。
形状は片刃の大太刀のように見えるが、分類上は『刀』ではなく『剣』に属している。
黒い刀身は露を
剣が纏っている圧倒的な威圧感は、素人目から見てもそれが尋常ではない業物であることが窺える。
事実――天乃羽々斬丸を手にした俺に、シンヤ・クシナギは顔面の筋肉を引きつらせて焦りの顔になっていた。
「どこでそんな剣を……! 答えよ、小僧!」
「どうしたよ、顔が引きつっているぞ? さっきまでの余裕はどこに行った?」
「っ……!」
嘲弄として笑い飛ばしてやると、格下と侮っていた相手に馬鹿にされたシンヤが大きく表情を歪める。
「……悲しいな。取るに足りぬ餓鬼が調子に乗っているようだ。これから待ち受ける非業の運命を知らぬ、貴様の愚かしさが悲しい!」
シンヤが地面を蹴り、刀を振りかざして斬りかかってきた。その斬撃は恐ろしく速く、鋭い。
レオンやナギサと戦っていた時とは明らかに違う。手加減なしの斬撃であった。
だが……その渾身の一撃を、俺はわずかに天乃羽々斬丸を傾けるだけの最小限の動きで受け止める。
「馬鹿なっ……!」
「フッ、鈍いな。止まって見えるぞ?」
「ぐうっ……!」
シンヤの刀を弾き飛ばし、返す刀で左肩を斬りつける。
とっさに回避行動をとるシンヤであったが、わずかに間に合わず鮮血が散った。
「実力を隠していたのか!? これほどの迅さをタダの人間が出せるわけが……!」
「答えてやる義理はねえよ! 死んでいいぞ、ゴミカス野郎!」
「くはっ!?」
天乃羽々斬丸で斬りつけると見せかけて、左脚の蹴撃を見舞う。予想外の迅さに対応しきれず、シンヤが後方へと飛ばされた。
もちろん、これで終わりにするつもりなどない。
俺は大きく前方に踏み込んで、追撃を放っていく。
「オオオオオオオオオオオオオッ!」
「ぐううううううううううううっ!」
嵐のように激しい斬撃――それを放っているのは格上であるはずのシンヤではなく、俺の方だった。
天乃羽々斬丸を上から振り下ろし、斬り上げ、横に薙ぎ、払い、突き、また振り下ろす。
シンヤとて無抵抗ではなかったが、明らかに防戦一方に追いやられていた。隻腕と刀だけで懸命に連続攻撃を防いでいるが……受けきれなかった斬撃が次々と被弾して、生傷を増やしていた。
形勢逆転。
一方的な攻め。俺のターンが延々と続き、シンヤを追い詰めている。
天乃羽々斬丸を取り出して、急に俺が強くなった……などということはもちろんない。
圧倒的な強さをもたらした要因――それは俺の左手に握りつぶされている、小さなボトルであった。
課金アイテム――ドーピング・ボトル。
かつてギガントミスリルの討伐にも使った消費アイテムは、スキルの熟練度を一時的に最大値まで引き上げる効力があった。
俺はその課金アイテムを使用して、【剣術】と【身体強化】の2つのスキルをマックスまで上げている。
そもそも、天乃羽々斬丸を装備するためには、【剣術】スキルの熟練度を90以上にしなくてはいけないのだ。ドーピング・ボトルを使用していなければ、そもそも身に着けることすら敵わなかっただろう。
この世界に持ち込むことができたドーピング・ボトルは3本。
ギガントミスリルを倒すために1本使用して、ここでさらに2本を使ってしまった。
課金アイテムは店で購入することはできず、敵を倒してドロップもしない。これで切り札のアイテムを使い切ってしまったことになる。
「だが……惜しくはないな! ナギサを傷つけたクソ野郎をぶち殺せるならな!」
「おのれえええええええええっ! 餓鬼があああああああああっ!」
最大値の【剣術】と【身体強化】による怒涛の攻めを受けて、いよいよシンヤを追い詰めていた。おそらく、すでにシンヤの体力は3割を切っていることだろう。
とはいえ……俺も余裕があるわけではない。
ドーピング・ボトルの効果期限は3分間。残り時間は1分もないはず。
ウルトラマンだったら胸のタイマーが点滅している時間だ。悠長にしてはいられない。
「これで終わりだ!」
「っ……!」
俺はシンヤにとっての死角である右側から、最後の攻撃を仕掛けようとする。
シンヤは利き腕である右腕をナギサの父親に斬り落とされているため、どうしてもそちら側の防御が疎かになっているのだ。
「や、やめろおおおおおおオオオオオオッ!」
シンヤが絶叫する。
端正な顔つきをこれでもかと歪めた断末魔の叫び。
罪なき人を殺し、師を殺し、同輩を殺し……己が強くなるためにあらゆるものを犠牲にしてきた邪悪な剣士に終わりの時が訪れつつあった。
「……などと言うと思ったか!? 悲しくも愚かな小僧が!」
――かと思われた。
俺が剣を振りかぶり、シンヤの胴体を薙ごうとする刹那。
空っぽになっているシンヤの右肩から、真っ赤な腕が生えてきたのである。
それこそがシンヤ・クシナギの切り札――『
シンヤが悪魔と契約をしたことにより獲得した新たな右腕である。
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