第83話 決着


「死ぬがいい! 小生意気な餓鬼めが!」


 シンヤの真っ赤な右腕が振り下ろされる。鋭い爪の生えた腕は岩石を容易くえぐるほどの威力があり、人間の身体などバターのように斬り裂いてしまうだろう。


『悪魔の右腕』――それはシンヤにとって最後の切り札。騙し討ちのための隠し武器である。

 その威力は絶大。ノーマークだった右腕から繰り出される攻撃は『初見殺し』の必殺技だった。


「ああ、そうだよな。お前はそういう奴だよな」


 迫る右腕を無感情に眺めながら、ポツリとつぶやく。


 シンヤ・クシナギは比類なき剣豪である。

 四天王という魔王に次ぐ強敵であり、冴えわたる剣技はレオンやナギサを凌駕していた。


 だが……俺は知っている。

 シンヤは強力な剣士であるが、決して『サムライ』ではないことを。


 そもそも……シンヤがナギサの父親である青海一刀流の師範を倒すことができたのは、剣技で優っていたからではない。今と同じように『悪魔の右腕』による不意打ちで勝利したのだ。


 シンヤは決して正々堂々たる武人ではない。

 勝利するために必要であれば、騙し討ちすることも人質をとることも厭わない卑劣な殺戮者なのである。


「そう……知ってるんだよ、俺はお前のことをよーく知っている」


「なっ……」


 シンヤの右腕が空を切った。

 確かに俺の身体を捉えた『悪魔の右腕』であったが、直撃する寸前に俺の身体が蜃気楼のように消失したのだ。


「闇魔法――イリュージョン・ゴースト」


 それは幻影を生み出して敵の攻撃を回避する魔法である。

 シンヤが切り裂いたのはただの幻影。俺は変わり身の分身からわずかに距離をとって後ろにいた。


「残念、そっちはハズレだ」


「馬鹿な! 読んでいたというのか、我が右腕による一撃を!?」


「読んでいたんじゃない。知ってたんだよ……その醜い右腕にはさんざん煮え湯を飲まされたからな」


 勝つためならどんな卑劣な手段でもやる。それはサムライとしては恥ずべき行いなのかもしれないが、俺としては共感できるやり方である。

 大切なのは『勝利』という結果。それを手にするためならば、アイテムでドーピングすることも、魔法で騙し討ちすることも躊躇わない。

 俺とシンヤはある意味では同類なのかもしれなかった。


「くっ……!」


 確実に仕留めるつもりで放った大振りの一撃を外したことで、シンヤには明らかな隙が生まれている。

 それを見逃してやる義理はない。俺は今度こそシンヤの懐に踏み込んで、カウンターの斬撃を見舞った。


「避けられるものなら避けてみろ。出来ないのなら……死んでいいぞ?」


「っ……餓鬼がああああああああああアアアアアアッ!」


 シンヤが断末魔のごとき叫びを放つ。もちろん、いくら叫んだところで攻撃を止めてやるわけがない。

 下から上に振り上げる斬撃はまっすぐシンヤの身体に吸い込まれていく。


「ぐっ……ぬううううううううううっ!」


 だが……やはりシンヤも一流の戦士。黙って攻撃をもらってくれることはなかった。

『悪魔の右腕』を振り下ろした姿勢から強引に腰をひねり、右半身を盾にするように身体をねじった。

 結果、俺の斬撃は『悪魔の右腕』に命中して前腕から肘の中ほどまで斜めに斬り裂いて停止した。


「へえ……なかなかやる」


「ぐうっ……止めたぞ、悲しい餓鬼め!」


「悲しいのはお前だ――『黒炎龍破』!」


「なっ……!」


 俺の攻撃はまだ終わっていない。

 シンヤの右腕に剣を喰い込ませたまま、闇の魔法剣を発動させる。

 天乃羽々斬丸から漆黒の炎が溢れ出し、シンヤの右腕を内側から焼いていく。


「ぐがああああああアアアアアアッ!?」


「フッ!」


 剣に地獄の業火を纏わせたまま、俺は腰の回転によって剣を振りきった。

 熱を加えた斬撃により、とうとう『悪魔の右腕』が切断されて宙を舞う。クルクルと回転しながら飛んでいった右腕は、地面に落ちると同時に白い灰となって消滅した。


「っ……ギイイイイイイイッ! よくも、よくも我の腕をおおおおおおおっ!!」


 切り札の右腕を失いながら、シンヤは後方に大きく跳んで距離をとる。

 右腕を焼き切られたことによって再び隻腕になったシンヤだったが、瞳の戦意はまだ消えていない。

 秀麗に整った顔を夜叉のような凶相に歪め、灼熱の憎悪を込めてこちらを睨みつけてくる。


「よくも、よくもおっ……もはや楽には殺さぬぞ! 貴様の手足を端から斬り落とし、ダルマにしてからあらゆる苦痛を与えてくれるわ!」


「無理だな、お前には」


「ああ、無理だとも」


 冷たく断言した俺の言葉に、風鈴の音のように澄んだ声音が重ねられる。

 底無しの海のような絶望の宣告は、シンヤのすぐ背後から放たれた。


「なっ!?」


 シンヤが驚きに表情を変える。

 ゾッとするほどの近距離から放たれた声に振り返ろうとするが、それよりも先に静かな斬撃が首を撫でる。


「青海一刀流秘奥――『綿津見ノ太刀』」


「っ……!」


 それはあまりにも静かな……けれど、強力な斬撃だった。

 いつの間にかシンヤの背後に回り込んでいたナギサが放った斬撃は、音を置き去りにするスピードでシンヤの首を薙いだ。

 斬撃から少し遅れて『ズダン』と頸骨を切断する音が響き、シンヤの首が胴体から離れて飛んでいく。


 ゆっくりと、緩慢な動きで頭部を無くした胴体が地面に倒れる。

 宙を舞う首は愕然と両目を見開いており、まだ自分の身に何が起こったのかを理解していないようだった。


「言われた通りに背中を見ていたぞ・・・・・・・・。我が師よ」


 ナギサが微笑みと共に告げ、流れるような美しい挙動で刀を鞘にあてがった。

 晴れた日の海のような青い残光を残して、白い刃が鞘の中へと消えていく。


「仇敵、討ち取ったり」


 カチリと刀と鞘が音を鳴らし、同時にシンヤの首が地面に墜落する。

 落とされた首は『悪魔の右腕』のように灰になることもなく、思い出したように血を流して地面に黒い水たまりを作ったのだった。


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