第81話 天乃羽々斬丸


「おい! お前ら、大丈夫か!?」


 胸部から血を流して倒れているシエル。その手当てをしているメーリア。そして――2人から少し離れた場所で、傷を負って膝をつくレオン。

 この中で1番の重傷はシエルだ。エアリスには彼女の治療を任せて、俺は回復薬をレオンに持っていく。


「ば、バスカヴィルさんじゃないですかー。助けに来てくれたんですかー?」


 倒れたシエルの胸元に布を当て、止血をしているメーリアが顔を上げる。

 口調こそ間延びしていて緊張感がないものだったが、その額には玉の汗が浮かんでいた。

 足元には使い切った回復薬のビンや、救援花火の残骸が転がっている。どうやら、花火を打ち上げたのもメーリアのようだ。


「こんなに都合よく助けが来るとか、やっぱり日頃の行いが良いからですかねー? バスカヴィルさんってば、メーリアちゃんのポイント爆上がりですよ? ほっぺにチューしてあげましょうか?」


「……いらねえ。元気そうで何よりだが、そっちはそうじゃないみたいだな。頼んだぞ、エアリス」


「わかりました。任せてください!」


 エアリスが気絶しているシエルの治療に取りかかる。

 顔を紙のように白くさせたシエルは明らかに戦闘不能状態だが、エアリスであれば問題なく治療できるだろう。

 こちらはこれで良い。俺はレオンのほうに行くとしよう。


「ほら、ポーションだ。さっさと飲まないと死ぬぞ」


「バスカヴィル……どうして君がここに……?」


 満身創痍といったふうに肩で息をしながら、レオンが地面に膝を地面についたまま見上げてくる。

 俺は肩をすくめて、逆にレオンに聞き返す。


「そりゃあこっちのセリフだ。どうしてあんなおかしな敵と戦うことになったんだよ」


「……わからない。アイツは俺が勇者の子孫だからと、戦いを挑んできたんだ」


「ふむ……?」


 レオンの説明に、ゲームのシナリオを記憶から引き出す。

 最初のダンジョンで戦ったガーゴイルをはじめとして、勇者の子孫であるレオンはたびたび魔王軍の手先に狙われていた。

 だが……当然ながら、四天王であるシンヤが序盤で登場することなど無い。

 何かきっかけとなる出来事があるはずだが……。


「あ……」


 俺はふと、1つの事実に思い至る。

 最初の刺客であるガーゴイルを撃退した主人公・レオンが次に戦う魔王軍の刺客は、『ガーゴイル・パワード』という名前のモンスターだった。

 これは1度はレオンに敗れたガーゴイルが、魔王軍により特殊な改造を受けて大幅に強化されたモンスターである。

 レオンにとって、ガーゴイルはクラスメイトを殺した宿命の敵。

 お互いに因縁のある者同士が、再びぶつかるイベントバトルがあるはずなのだが……。


「……ガーゴイル、殺っちまったな」


 レオンに聞こえないように、小声でつぶやく。


 考えても見れば、ガーゴイルはすでに俺が倒していた。レオンとの再戦などあるわけがない。


 もしかしたら――俺がガーゴイルを倒したことがシンヤ・クシナギの登場の遠因になっているのかもしれない。

 ガーゴイルという刺客が倒されたことで、魔王軍がレオンの力を警戒して、いきなり四天王の1人を投入してきたという可能性はないだろうか?

 弱い敵から順番に送り込まれてきて、主人公のレベル上げを助けてくれるのが常識というかお約束なのだが……ゲームが現実となったがゆえに、いきなり強い敵が登場するという理不尽な展開が実現してしまったのだろう。


「……また俺が原因かよ」


 というか、ジャンとアリサの命を助けたことでシナリオが変わり過ぎだろう。

 アイツらを助けたことがこんなにも重要なターニングポイントだったなどと、誰が予想できるというのだろうか。


「ぐわああああああああああっ!」


「ナギサ!?」


 そうこうしていると、ナギサが吹き飛ばされて宙に舞う。

 赤い鮮血を撒き散らしながら地面を転がり、俺の足元まで転がってくる。


「しっかりしろ! 大丈夫か!?」


「う……く……!」


 ナギサは辛うじて意識はあるようだが、腹部を深々と斬られていた。

 俺は慌てて回復薬を取り出して傷口に振りかける。


「我が、師よ……」


「しゃべるな。内臓がはみ出るぞ」


「私は、負けてしまった……父の、皆の仇をとれずに……負けて……!」


「っ……!」


 ナギサのつり目がちな瞳から、ポロポロと涙の粒がこぼれ落ちる。

 気丈なナギサがこんなふうに涙を流すなど、ゲームの中ですらなかったことだ。


「悲しい。悲しいな。ナギサお嬢さん……父親の仇討ちすらできない貴女の弱さが悲しい」


「…………!」


 芝居がかった声に顔を上げると、峡谷の崖を背にして、シンヤが嘆かわしそうに掌で顔を覆っている。

 吹き飛ばされたナギサに追撃すらしない。格下として舐め切った態度である。


「どんな気分かな? 仇討ちのために遥々東から追いかけてきて、ようやく仇を見つけたと思ったら、本気を引き出すことすらできず手加減をされて敗北する。さぞや屈辱なことだろう。あの時は・・・・せっかく見逃してあげたというのに、それも無駄だったらしい!」


「貴様……!」


「だが……その本気に敬意を示すとしよう。クククッ……貴女は私を殺せるほどの器ではないが、それでも、利用価値がありそうだ」


 睨みつける俺を無視して、シンヤはくつくつと愉快そうに笑っていた。掌の端から三日月形に歪んだ醜悪な唇が露出する。


「お嬢さん……いや、ナギサ。貴女には我の子を孕んでもらうとしよう! 我と貴女の子であれば、さぞや強い剣士に育つはず! 我が才能を受け継ぐ子を産んでもらい、育て上げ……そして、十分に育った時に斬り殺してやろう! ククッ、クハハハハハハハハッ! 我が血を受け継ぐ子ならば、さぞや良い肥やし・・・になるだろうな!」


 それはあまりにも耳障りな哄笑だった。

 シンヤは悪魔との契約により、強者を殺めることでその命を強さとして取り込む能力を有している。

 ナギサの父親も門下生もこの男に斬り殺され、糧となってしまったのだ。


「クハハハハハハハハッ! 仇と憎む男の子を産むのはさぞや屈辱だろう! だが、安心されよ。流派を追放されることがなければ、貴女は私の妻になっていたのだ! 元の鞘に収まるだけのこと。落ち込むことはありませんぞ! クハハハハハハハハッ!」


「……聞きしに勝る醜悪な男だな。これ以上、クソ以上に臭う言葉を吐き散らしてんじゃねえよ」


「は……?」


 吐き捨てると、今気づいたとばかりにシンヤが俺に目を向けてきた。


「フン……」


 険悪に歪んだ目を、今度は俺の方が無視をする。

 倒れたナギサを横抱きにしてエアリスの下まで運んでいく。


「そっちの応急処置が終わったら、今度はナギサの治療を頼む。それと……俺にバフをかけてくれ」


「わ、わかりました……ストレングスアップ……ガードアップ……スタミナチャージ……ラピッドフット……」


 エアリスが祈るように手を合わせて支援魔法をかけてくる。

 青いエフェクトが俺の身体を包み込み、身体の内側から力が湧いてくるのを感じる。


「ゼノン様、どうぞご武運を……!」


「我が師よ……すまない。本当に……!」


 エアリスとナギサが、そろって俺を送り出してくれる。

 2人の瞳には俺を労わり、無事を祈る想いがはっきりと浮かんでいた。


「負けるわけにはいかないよな。あんな悪党以下のクズ野郎に」


 ヒロインが見守っていてくれるのだ。敗北は許されない。

 ナギサに手を出そうとする不埒な男は、魂の欠片すら残さず殺し尽くしてやる。


「それと……ナギサ、俺は約束を守る男だ」


「…………?」


「約束通り、仇を討たせてやる。ちゃんと背中・・・・・・を見ていろよ・・・・・・


 言い置いて、シンヤに向けて歩いていく。

 心中は怒りで煮えたぎっていたが、思考は不思議なほどクリアに冷めていた。


「……人間ってやつは、怒りが極限に達するとかえって冷静になるのかもしれないな。あの野郎は断じて殺す」


「ば、バスカヴィル……」


 敵に向かっていく俺に、レオンが立ち上がって声をかけてくる。


「僕も手を貸す……2人で戦おう……!」


「無理するな。傷は治り切っていない。脚が震えてるじゃねえか」


「だけど……!」


 レオンはなおも言い募ろうとするが、俺は顔に笑みを貼りつけてレオンに視線を向ける。


「うっ……!」


「勝ち目のない戦いはしない。お前を倒した男の力を見せてやるから、そこで座ってろ」


「わ……わかった。気をつけて……」


 安心させるように笑いかけたつもりだったが、レオンはあからさまに怯えた顔になった。

 俺はそんなに怖い顔をしていただろうか?


「待たせたな。ほったらかしにして悪かったよ」


「……悲しいな。たった1人で我に勝てると思っている驕りが悲しい」


 シンヤが忌々しそうに俺を見やり、吐き捨てるような嘲りを投げつけてきた。


「貴様はナギサの男か? それとも、仲間か? 我を討つために集めた同志にしては随分と脆そうだな」


「言いたいことはそれだけか? まだあるなら続けろよ。どうせ二度と喋れなくなるんだ。口の中のクソを全部出しておけよ」


「……不愉快な男だ。悲しいほどの雑魚が我の糧になることを喜ぶがいい」


 シンヤが流れるような手つきで刀を横に薙ぐ。

 あまりにも自然過ぎて警戒が追いつかない、凪の海のように静かな斬撃だった。


「ハッ!」


「っ……!」


 首を斬り落とさんと放たれた斬撃を、俺はマジックバッグから取り出した剣で受け止める。


「なっ……!?」


 瞬間――シンヤが驚きに顔色を変える。

 驚愕の原因は必殺の斬撃を受け止められたことが原因……というわけではなかった。

 シンヤは大きく背後に飛び退り、俺から距離をとる。


「何だその剣は……! どこでそんなものを手に入れた!?」


 先ほどまでの余裕がシンヤの表情から消え失せる。

 強い敵意と警戒を込めた視線は、俺の右手に握られた剣――『魔剣・天乃羽々斬丸』に注がれていたのであった。

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