第4話 交易都市アルテリオーレ


 隣国からの帰国後、俺はすぐさま馬車を走らせて交易都市アルテリオーレへと向かった。

 途中で何度か野営を取り、村や町で休ませてもらい、三日ほどかけて到着したのは城壁に囲まれた巨大な都市である。


「ここがアルテリオーレ……実際に来るのは初めてだな」


 街道の途中で停止させた馬車から降りて、都市の外から城壁を見上げる。苦々しい想いでその都の名前を呼んだ。

 東の都であるアルテリオーレは小高い丘の上に建設された地方都市で、スレイヤーズ王国東部の中心にあたる場所だった。そこには多くの物資が各地から集まっており、交易都市として大いに栄えていた。

 都市の規模は王都に次ぐほどに大きい。王国東部において魔物の襲撃に対処する城塞としての役割も果たしており、広々とした町は円形の城壁によって囲まれている。

 しかし……そんな難攻不落の城壁が今は無残に崩れて大きな穴が開いていた。

 穴の周辺には瓦礫の山が積み重なっており、大勢の人々が撤去作業に従事しているのが見える。


「酷い光景だ……東部最大の交易都市にして城塞都市が形無しじゃないか」


 無残に破壊された城壁を目にして、俺は深く溜息をつく。

 東部最大の都市として栄華を誇ったアルテリオーレの都であったが、そこには外からでもハッキリわかるほどに戦いの傷跡が刻まれている。

 城壁は壊されて瓦礫が散らばり、あちこちに魔物の死骸が散乱していた。死体を放置すれば疫病が発生する恐れがあるので、魔法使いらしき者達が死骸を集めて火で焼いている。

 かつては大勢の旅人や行商人が行き交っていたであろう街道も閑散としており、アルテリオーレから出ていく者はいるのに、向かっているのは俺達の馬車だけのようだ。


「アルテリオーレ防衛戦……どうやら、重要なイベントに参加し損ねたようだな」


 ゲームの知識を思い出し、苦い口調でつぶやいた。


 アルテリオーレ防衛戦。

 それは『ダンブレ」のゲームにおいて、シナリオ後半で発生するイベントである。

 魔族によって率いられた魔物の軍勢が、王国東部にある交易都市であるアルテリオーレへと押し寄せてきた。

 主人公であるレオンは仲間を率いて魔物の軍勢に立ち向かい、魔物から都市を防衛するというイベントである。

 このイベントには『防衛達成率』というものが定められており、シナリオ中に生じるいくつかのクエストを攻略していくことで達成率が上昇していく。

 達成率が一定値まで届かないと敗北。町は壊滅してしまい、アルテリオーレの都市そのものが消えてしまう。

 どうにか攻略できたとしても、達成率が低ければ低いほどに都市機能が麻痺してしまう。イベント後にアルテリオーレにおいて利用できる施設が減っていき、NPCの中からも戦死者が出て、その後のシナリオにも支障が出るのだ。


「魔物の軍勢は追い払ったが、城壁が破壊されて防衛機能が低下。いくつかの店が利用できなくなって武器やアイテムの一部が手に入らなくなる……攻略達成率70%というところか」


 50%未満で都市が消えてしまうことを考えると、最低限の合格点は取れたと判断するべきだろうか?

 もっとも、レオン自身が死んでしまった時点でゲームオーバーには違いない。レオン以外も戦死者はいることだろう。

 仕方がないことであったとはいえ、隣国に行っていてイベントに参戦できなかったことが悔やまれてしまう。


 この戦いには絶対に参加するつもりだったのだが……どうやら、予定よりもかなりイベント発生が早かったらしい。

 あるいは、俺が戦いに参加していたらここまで都市が被害を受けることはなかったかもしれない。

 マーフェルン王国に遠征していたことが間違いだとは思わないが、やはり苦々しい感情が湧いてきてしまう。


「我が主……」


 馬車からナギサが下りてきて、いたたまれない気持ちになっている俺の背中に声をかけてきた。

 俺は振り返ることなく、パーティーの中で唯一戦いに参加していたナギサに訊ねる。


「……魔物の軍勢を指揮していたのは『炎血将軍』で間違いないんだな?」


「ああ、そう名乗っていたと聞いている。この城壁を崩したのもその魔族だと」


 俺の問いにナギサが答える。

 すでに報告は受けているが……俺の留守中に起こったアルテリオーレ防衛戦にはナギサとバスカヴィル家配下の密偵数名が参戦していた。

 彼らが防衛戦に参加したのは偶然のことではない。事前に都市の周辺に魔物が集まっているという知らせを密偵が掴み、ナギサが救援のためにアルテリオーレに向かうことを決断したのだ。

 ナギサがアルテリオーレに到着した時、すでに都の領主に雇われた兵士や冒険者が集まっていた。その中には勇者であるレオン・ブレイブの姿もあったらしい。


「ブレイブはたまたま近くの町に魔物討伐の依頼を受けてやってきたところで、この都市が襲われかけているという話を聞いたらしい。魔王軍の襲撃を受けようとしている都市を救うためにせ参じたというわけだな」


「さすがは勇者というわけか……偶然、事件に巻き込まれちまう辺りに巡り合わせの悪さを感じるな」


 呆れ半分、感心半分で肩をすくめる。

 エアリスやナギサのようなヒロインを俺に奪われていたとしても、やはりレオンがこの物語の中心人物であることには違いない。

 引き寄せられるように戦場の中心にやってきてしまう運命力は、やはり主人公ということだろうか。


「この都市を襲った魔王軍は軍団を四つに分け、東西南北からそれぞれ進軍してきた」


 ナギサが神妙な面持ちで説明を続ける。


「義勇兵として戦いに志願した私は、東側からの攻撃に対処するべく城壁に配置された。ブレイブが就いたのは北側の城壁だ。城壁を登ってくる魔物や空を飛んでくる魔物を相手に戦っていて、ようやく敵を撃退できたかと思ったところで……北の城壁が破られた。そして、すぐにブレイブが戦死したという知らせが東の城壁までもたらされたのだ」


「ふむ……つまり、レオンが死んだ場面を直接見たわけではないのか」


「ああ……だが、話は聞いている。城壁を破ったのは敵の総大将――『炎血将軍』ボルフェデューダを名乗る魔族。ブレイブは城壁を破った魔族と一騎打ちに臨み、相討ちに近い形でやられたらしい」


 ナギサが破られた城壁……その下部分に目を向ける。

 城壁の周囲には瓦礫の山ができているが、とある部分には瓦礫がなかった。

 否……瓦礫がないというよりも地面そのものがない。そこにはトラックくらいなら余裕で飲み込んでしまえるサイズの大穴が開いている。


「二人の戦いによって空いた穴だ。ブレイブと敵将は武器で互いの身体を貫いた状態で穴に落ちていったらしい。私が知る限り、死体は発見されていない」


「大穴ね。なるほど……『アルテリオーレの奈落』が開いたのか」


「む……? 我が主、あの穴を知っているのか?」


「ああ、まあな」


 ナギサが首を傾げて訊ねてくる。俺は隠すことなく頷いた。

『アルテリオーレの奈落』は交易都市アルテリオーレの地下にあるダンジョンだった。

 いくつかの条件を満たすことによって解放され、ダンジョン内に入ることができるようになる。

 おそらく、レオンとボルフェデューダの戦いによって地面に大穴が穿たれたことにより、本来とは違うルートでダンジョンへの入口が開いたのだ。


「敵将が倒されたことにより、残っていた魔物の軍勢は撤退した。私は主に報告するためアルテリオーレから離れたので、その後の顛末は知らない。穴の中を探索するために冒険者が派遣されることになるとは聞いているのだが……」


「そうかよ。だったら、その先は自分の目で確かめてみることにしよう。レオンが生きているのかどうか……実際に奈落に潜って、確かめてみようじゃないか」


 俺はナギサを連れて馬車へ戻る。

 御者に発進を命じて、都市の入口へと向かわせた。


 交易都市アルテリオーレ。

 ゲームでは何度となく訪れたその都市へと、俺はゼノン・バスカヴィルになってから初めて足を踏み入れたのである。

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