第5話 新たな出会い
俺達は西の城門からアルテリオーレの都に入った。
城門で簡単な入場審査があったものの、一応は侯爵である俺は特に止められることなく中に入ることができた。
悪の権化であるバスカヴィル家の当主がやってきたのだ。余計な勘繰りを受けないかと心配していたのだが……。
「ナギサさん! 来てくれたんですね!?」
それはナギサのおかげでどうにかなった。
防衛戦に参加していたナギサのことを知っていた兵士が城門にいたのである。
「ナギサさんが先陣を切って戦ってくれたおかげで、兵士の犠牲者も随分と減りました! お礼を言いたいとずっと思っていたんですよ!」
審査をしていた兵士が目を輝かせ、馬車の窓からナギサに話しかける。
「ああ、お互い命があったようで何よりだ。それよりも……このまま入っても問題はないな?」
「ナギサさんでしたらもちろんです! お連れの皆さんもどうぞ!」
貴族としての地位よりも、ナギサの信頼の方が優っていた。
都市に入れてくれるのであればどちらでも構わないが……何となく、釈然としない心境である。
「なるほど、これが貴族のプライドという奴なのか……俺もすっかり侯爵になっているわけだな」
「どうした? 我が主よ?」
「問題ない。さっさと中に入れよ」
俺達が乗った馬車はそのまま城門をくぐり、アルテリオーレの都市へと入っていく。
城門から中に入るや、広い大通りが姿を現す。大通りの左右にはいくつもの店が並んでいる。
ゲームでは賑やかで大勢の人々が行き交っており、店からは活気のある呼び声で客寄せがされていたのだが……今日は閑散としており、人通りは少ない。
店も閉まっているところが多い。まるでシャッター商店街のようなありさまとなっていた。
「戦いが起こってから一週間……さすがに、まだ傷は癒えていないわけか」
「酷い……怪我人も大勢いますよ?」
車窓から外を見て、エアリスも痛ましそうな顔になっていた。
戦いが終わってから間もない街のあちこちには怪我をした人間がいて、道に寝かされていたりする。怪我人が多すぎて、収容できる施設がないのかもしれない。
「言っておくが……馬車から降りて片っ端から治療して回るとか、やめてくれよな」
「……わかっています」
俺の言葉に、エアリスが辛そうに顔をうつむけた。
本心では怪我人を治療して回りたいのだろう。だが……彼女は俺のパーティーメンバーであり、すでにバスカヴィル家の一員となっている。軽はずみな行動はとることができない。
これから俺達はレオンの生死を確かめなくてはいけないのだ。怪我人を治療して回るほどの時間はない。
「とはいえ……すぐに『奈落』に入れるわけでもないしな。まずは情報収集だってしなくちゃいけないし、少しだけ時間はある」
「……でしたら!」
「どこかに怪我人を手当てしている療養所があるはずだ。そこでなら治療を許可しよう。ただし、俺が必要な情報を集めるまでだがな」
「ゼノン様……!」
「おっと……」
エアリスが感極まったように抱き着いてくる。
狭い馬車の車内で、シスター服姿の美女と密着してしまう。
「やはりゼノン様は素晴らしい御方です! 貴方を選んで本当に良かった……!」
「そうかよ……わかったから、とりあえず離れろ」
「あんっ!」
俺は渋面になってエアリスを押しのける。
あまり抱き着かれると色々と困ったことになってしまう。ここぞとばかりに胸を押しつけてきていたのは偶然であると思いたい。
「療養所は探すとして、俺は町の領主にでも話を聞きに行くかな。さすがに他所の貴族である俺が好き勝手にやると、後で面倒だろう」
この都市を治めているのはアルテリオ公爵家という名前の一族である。
相手は自分よりも家格が上の大貴族。バスカヴィル侯爵家の当主である俺が都市を訪れながら、挨拶もしなかったとなれば後々、面倒なことになるだろう。
「貴族ってのは面倒な生き物だからな。まったく……やれやれだ」
幸いなことに療養所はすぐに見つかった。都市のあちこちに作られており、戦いで生じた怪我人を収容しているらしい。
エアリスと、護衛役としてウルザを療養所に残していき……俺とナギサはそのまま領主の屋敷へと向かっていった。
領主の屋敷は都市の中央にあたる場所にあった。
白亜の清潔そうな壁、赤い屋根が印象的であり、大きな屋敷を囲むようにして広い庭園がある。
「アルテリオ公爵か……ナギサは防衛線の時に会ったのか?」
「いや……兵士や冒険者に指揮を出しているのを見かけたが、話はしていない。遠目ではあったが、なかなかの武人であったと見受けられたが」
「そうか……俺も面識はないんだよな」
同じ貴族とはいえ、バスカヴィル家は王都に。アルテリオ公爵家は東部に居を構えている。
俺はまだ当主になったばかりで社交界には出ていないし……顔を合わせたことすらない。
アルテリオ公爵はゲームにも登場したのだが、こちらも兵士に指揮を出しているだけのNPC。主人公と会話をする場面はなかったはず。
「まあ、侯爵家の当主がきたとなれば
城壁部分に空いた『アルテリオーレの奈落』に通じる穴は兵士によって封鎖されており、一般人の立ち入りが禁止されていた。
冒険者による調査隊が派遣されているという話を聞いたが……調査状況についても、可能であれば聞きたいところである。
そう考えてアルテリオ公爵家の屋敷の正門に向かう俺達であったが……そこでは何やら騒ぎが生じていた。
「公爵様が平民に会えるわけないだろうが! ほら、帰った帰った!」
「きゃあっ!」
正門を守っている兵士が少女の身体を突き飛ばす。
突き飛ばされた少女は道に倒れこんでしまい、打ちつけて怪我でもしてしまったのか足をさすっている。
「おいおい……年端もいかない女の子を相手に、随分と無体なことをしてやがるじゃねえか」
「ああ? お前たちは…………ヒッ!?」
警備の兵士がこちらを向き……思いきり顔を引きつらせた。
どうやら、俺の顔を見てビビっているらしい。悪人顔バンザイ。もう慣れた反応である。
「酷いことをするな……こんな娘子に暴力を振るうとは」
ナギサが倒れている少女に駆け寄る。
見れば、少女は足首のあたりが腫れてしまっている。やはり突き飛ばされた際に怪我をしてしまったようだ。
「そ、その娘が公爵様に会わせろというから断っただけだ! 平民の娘を大貴族である主様に合わせられるわけがないだろうが!」
「ハッ! だったら貴族様なら文句はないな? ほら、屋敷に入る許可をもらって来いよ!」
「これは……」
俺は自分の身分を証明するものを兵士に投げ渡した。
バスカヴィル家の家門が彫られた銀時計……叙勲された際に国王から与えられた貴族家当主の証である。
「し、失礼しました! すぐに公爵様に話を通してまいります!」
兵士が慌てたように屋敷の中に入っていく。
俺は「フンッ!」と小馬鹿にして鼻を鳴らし、少女の下に歩み寄る。
「大変だったな。何があったかは知らんが……とりあえず、これでも傷にかけておけよ」
「あなたは……」
俺が差し出したポーションを少女は素直に受け取った。
一般的な村娘の服を着た少女の年齢は俺よりもいくらか下。あどけない顔立ちをしており、子供から女になろうとしている花のつぼみを思わせる容姿をしている。
こちらを見上げてくる瞳には……不思議なことに、怯えや恐れの色はない。
このくらいの少女が俺の顔を見ると、だいたい泣き叫んだりするのだが……少女のは驚いて目を見開いてはいるものの、恐怖している様子はなかった。
「ん……?」
ふと既視感を覚えて、俺は眉をひそめた。
やや
どこでかは思い出せないのだが……俺はこの子と会ったことがある。そんな気がしたのだ。
「あ、あの……ひょっとして、あの時助けてくれた方でしょうか?」
「あ?」
顔を知っているのは少女の方も同じだったらしい。
俺に向かって、思い切った様子で訊ねてきた。
「覚えてませんか? その……私がおかしな人に誘拐されて、地下牢に入れられたところを救ってもらったんですけど……」
「あ……もしかして、君はアイツに捕まっていたのか?」
俺は少女が言わんとしていることに気がついた。
どうやら、彼女は少し前に起こった『人喰い伯』ベロンガ・ジャクソルトという貴族による子供の誘拐事件の被害者だったのか。
マーフェルン王国に行くきっかけにもなった一件だが、目の前の少女もアイツに拉致されて監禁されていた被害者のようだ。
「そうか……いや、だけど……?」
しかし、俺はどうにも納得がいかない。
初対面でないことは理解したが……彼女に見覚えがあるのは、本当にあの地下牢で会ったからだろうか?
あの地下牢は暗かったし、大勢の子供達が監禁されていた。一人ひとりの顔なんて個別認識してはいない。
「あの時はちゃんとお礼が言えずにごめんなさい」
ポーションで怪我が治ったのか、少女が立ち上がる。
スカートについた土を手で払ってから俺に向けて頭を下げてきた。
「助けてくれてありがとうございました! 私の名前はモニカ・ブレイブと言います!」
「は……?」
「この町へは行方不明になった兄を探しにきました。どうぞよろしくお願いしますっ!」
モニカ・ブレイブ。
その名前は俺が良く知るものだった。
俺が現在進行形で探しているレオン・ブレイブの実妹であり、『ダンブレ2』にも登場したサブヒロインの一人。
悪役主人公であるゼノン・バスカヴィルによって拉致・監禁され、言葉では語りきれないような凌辱を受けることになるはずの少女である。
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