第3話 強行軍

 隣国から戻ってきたばかりの俺であったが、すぐさま東の交易都市『アルテリオーレ』に向かうことになった。

 目的はレオン・ブレイブの生死を確かめること。報告を聞いた限りでは生存は絶望的だが……それでも、実際に己の目で確かめないわけにはいかない。

 すでに日も暮れているというのに馬車に乗り込み、東へ向かって街道を走る。


「別にお前らは留守番でも良かったんだぞ? 疲れているだろ、色々と」


「そういうわけにはいきません! 私達はゼノン様のパーティーメンバーですから!」


 力強く言い放ち、ふくよかな胸を叩いたのはパーティーの回復役であるエアリスだった。胸を叩いたことで、シスター服に包まれた巨大な乳房がポヨンッと大きく上下に揺れる。


「然り。主が戦場に赴くというのに臣下の私が寝てはいられない。それに道案内は必要だろう?」


 エアリスの隣に座ったナギサも同意した。

 こちらも水色の和装に身を包み、しっかりと刀を持って完全武装している。

 すでに夜も更けているというのに……俺の外出にエアリスとナギサは当然のように同行を願い出た。

 本当に、俺にはもったいないくらいによく出来た仲間である。


「スヤスヤ、スピー……もう食べられませんの……」


 ちなみに、もう一人のパーティーメンバーである鬼娘のウルザは隣で寝こけている。日向で昼寝をしている猫のような愛らしい顔で、俺の肩に頭を預けてヨダレを垂らしていた。

 俺と同じく、長旅から帰ってきたばかりで疲れていたのだろう。馬車に入るや、すぐに寝息を立ててしまった。


 ついでに補足しておくと、メイドのレヴィエナはバスカヴィル家の屋敷で留守番をしている。

 四人掛けの馬車が定員オーバーになってしまったこと。さらに俺が当主となったことでメイド長に昇進した彼女は留守中に仕事がたっぷりと溜まっており、そうそう屋敷を空けられなくなったことが理由である。


「ムニャ、ご主人様……ウルザはちゃんと元気な小鬼を産めましたの……」


「……どんな夢を見てるんだ、コイツは。不穏過ぎるだろうが」


 人から誤解をされかねない寝言に、俺は顔の筋肉を引きつらせた。

 抗議の意思を込めて、幸せそうに寝こけているウルザの頬をつついておく。


「こんな時に何ですけど……ウルザさんもお変わりないようで何よりです。もちろん、ゼノン様も」


「ん、ああ。そりゃあ一ヵ月かそこらで人は変わらないだろ」


 しみじみと言ってくるエアリスに俺は肩をすくめて返す。


「マーフェルン王国では色々とあったが……別に人間性が変わるほどの出来事はなかったよ。普通に気に入らないやつを斬り殺して終わり。いつもと変わらない日常だ」


「そうですか? 他の女の匂いがした・・・・・・・・・・ので、てっきりとんでもない経験をされて来たのかと思いましたわ」


「ブフッ!?」


 エアリスからの不意打ちに俺は思わず噴き出す。

 いかん。予想外の言葉に過剰反応をしてしまった。これでは肯定しているようなものではないか。


「ああ……やっぱりそうなんですね。ゼノン様は素敵で格好良くて、とても優しいですからね。そういうこともあるかと思ってましたわ」


「クッ……カマをかけやがったのか。聖女のくせにタチの悪い事をしやがる……!」


「いいえ? 他の女性の匂いがしたのは本当ですよ? 今のゼノン様からは、褐色肌で翡翠の髪を持った美しい女性の香りがします。微妙に異なる二つの香りが混じっているのは、姉妹を一緒にお召し上がりになったからでしょうか?」


「いや、お前はエスパーかよ!?」


 犬だってここまで嗅覚はないはず。どうやって匂いから髪や肌の色まで当てたというのだ。


「うーん……他にも赤髪の幼女の匂いもしますね? こちらは匂いが薄いようですし、まだ肉体関係はないようですけど……。幼女のようでいて、どこか老練しているように思えるのは、ウルザさんのように外見と実年齢がずれているからでしょうか? 少なくとも百年以上の年季があるはずです」


「……世界一、嫌なソムリエだな。もう頼むから俺の匂いを嗅ぐな」


 世界初。浮気ソムリエの誕生である。

 いや……俺とエアリスは名目上は婚約者であるが、実際は愛人関係に近い。浮気と呼ぶには違うのかもしれないが。


「ム……私も気がついていたぞ? 他の女の気配がしたのは」


「お前もかよ!」


 ナギサも会話に混じってくる。

 いや、お前らそろってこの話題を広げるつもりかよ。


「私は髪や肌の色はわからないが……その者達がそれなりの強者なのは理解できる。魔法と剣を使う戦士に、後方支援専門の魔法使い。それから……人外らしきこの気配は凄まじいな。とんでもないレベルの強者に違いない」


「お前もエスパーかっ!」


 こちらはこちらで達人みたいなことを言いだした。いや、実際に剣の道を究めた達人には違いないのだが。

 震撼して背筋に汗を流している俺をよそに、エアリスとナギサはこの話題に花を咲かせている。


「やはり新しい女が出てきましたか……予想はしていましたが、一度に三人も登場するだなんて流石はゼノン様です」


「ああ、これだけ女を囲っていて無能そうな娘が一人もいないのは、やはり我らが主ということだろう。私もうかうかしてはいられない! もっともっと精進しなくては!」


「はい。戦いだけではなく、女としても自分を磨かなくてはいけませんね! 正妻として、必ずやゼノン様の寵愛を得てみせます!」


「うむ、私も負けるつもりはない。ジパングの女は尽くす女であると知らしめてくれよう!」


「……お前らさ、状況わかってるよな?」


 主人公であるレオン・ブレイブが死んで、それなりに切迫した状況だと思うのだが。

 二人はゲームのことを知らないが……それでも、レオンはクラスメイトで友人ではなかったのか。


「レオン様は神の御許に召されたのでしょう? ならば、冥福を祈ることはあっても悲しむ必要はありませんわ」


「然り。戦士として戦って死んだのだから奴も本望だろう。先ほど我が主が言ったように、私が責任を感じる必要もなさそうだしな!」


「…………」


 いや、ドライすぎるだろ。

 人の生き死にのような問題は女性の方が受け入れが早い、という話を聞いたことがあるが……彼女達に限っては、それが事実だったらしい。


「ただし……もしも亡くなったのがゼノン様だったら、全力で生き返らせる方法を探します。もしもなければ、すぐに私も後を追いますから御心配なく」


「ああ。私も全力で仇討ちをしよう。敵を地獄に叩き落としてから殉死するので、すぐに寂しくなくなるぞ。我が主よ!」


「重てえ……勘弁してくれよ」


 俺は微妙な心境で目を逸らした。

 エアリスとナギサ。本来であればレオンのヒロインになるはずの彼女達は、すっかり俺の女となっている。

 改めてレオンに対して申し訳ない気持ちになりつつ……俺は奴の生死を確かめるため、東の交易都市へと向かっていったのだった。


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