第24話 消えたレオン

「しくじったな……俺ともあろう者が情けない」


 かなり本気で苛立いらだちながら……俺は自分の身体の上からガレキをどかす。

 レオンが放った上級魔法により、ダンジョンの入口周辺がことごとく破壊の嵐にさらされてしまった。

 俺は咄嗟に闇魔法を撃って相殺を試みたのだが……さすがに溜めの時間が足りない。

 詠唱不十分で放たれた魔法ではレオンの一撃を打ち消すことができず、わずかに勢いを殺すことしかできなかった。


「おい、お前ら。生きてるな!」


「問題ない。我が主も無事なようだな」


「ゼノン様! 大丈夫ですか!?」


 すぐにナギサとエアリスの声が返ってくる。

 ナギサは俺と同じようにガレキに埋もれていたが、目立った怪我は無さそうだ。服を払ってホコリや砂を落としていた。

 エアリスは結界術を使用して白いバリアーで身を守っている。エアリスの後ろにはウルザに抱き留められたモニカの姿もある。こちらもバリアーのおかげで無傷なようだ。


「さすがだな……咄嗟に結界で二人を守ったのか」


「これが私の仕事ですから……ですが、守れたのは二人だけです」


 ここにはダンジョンを探索していた冒険者、瓦礫を撤去していた作業員など、大勢の人がいたはず。


「ううっ……」


「誰か、助けて……」


 瓦礫に埋もれた人々から、助けを求める苦悶の声が上がっている。

 見た範囲内にはいないが……ひょっとしたら、死んでいる者だっているかもしれない。


「ゼノン様……」


「……わかっている。助けるぞ」


 エアリスに頷きを返して、俺達は怪我人の救助のために動き出す。

 シエルとメーリアの姿が見えないのも気になる。彼女達もガレキに埋まっているのだろうか?


「とんでもないことをやってくれたな……レオン」


 頭上を仰ぐと、レオンの姿は何処にもなかった。

 怪物になったことで手に入れた両翼で、どこかに飛んでいってしまったのだろう。

 勇者として「みんなを守る」と公言していたはずのレオン・ブレイブがこんな無差別攻撃をするなんて……もう人間としての理性は残っていないのだろうか?


「その時は、俺が決着をつけるしかないか……」


 もしもレオンが人間に戻れないようであれば……殺すしかない。


 それが俺がレオンにしてやれる、最後の慈悲なのだから。



     〇          〇          〇



 ガレキの撤去と埋もれた冒険者らの救出には数時間を要した。

 怪我人は大勢いたのだが……奇跡的なことに、死者はいなかった。

 シエル達もすぐに見つかった。彼らはさすがは勇者の仲間だけあって、レオンが放った魔法をどうにか防いで目立った怪我もしていなかった。

 むしろ、化け物になってしまったレオンを目にしたことへの精神的なダメージの方が大きかった。

 レオンの幼馴染であるシエルなどショックのあまり倒れてしまい、今は治療院に連れていかれてエアリスが付き添っている。


 魔物化したレオンの行方はわかっていない。

 城壁にいた兵士が町の外に飛び去るのを目撃しているため、目先の危険はないのだろうが……おかげで完全に行方がわからなくなってしまった。

 ナギサがウルザと冒険者を連れて町の周りを捜索しているが、見つかったという報告はない。


 俺はというと、モニカを連れてアルテリオ公爵邸を訪れている。

 街中に正体不明の怪物が現れて、強力な攻撃魔法を放ってきたのだ。領主に報告しないわけにはいかなかった。

 応接間で一通り事情を話すと、公爵――クリスロッサ・アルテリオは難しい顔で頷いた。


「そう……そんなことがあったのか」


 家督を継いだばかりの女公爵の額にはくっきりと濃いシワが寄っており、せっかくの美人が台無しになっている。

 とはいえ、無理もないだろう。

 魔物襲撃の傷跡も癒えていないというのに、新しい問題が持ち込まれたのだ。運命を呪いたい気分になっているに違いない。


「人間が魔物に変えられるだなんて、そんなことがあるのだな。おまけに勇者の子孫であるはずの彼がそうなるだなんて……まるで悪夢のようじゃないか」


「そうだな。しかし……これは夢ではなくて現実だ。現実である以上、俺達は立ち向かわなくてはいけない」


「それが人の上に立つ者の義務というわけか。やれやれ、家督を押しつけて早世した父を恨みたい気分だよ」


 クリスロッサは深々と溜息をついて、首を横に振った。


「だけど……わからないな。魔王軍の将軍はどうして、レオン・ブレイブを魔物に変えるようなことをしたのだ? 勇者を葬りたいのなら殺せばいいだけのこと。苦労してダンジョンの底に連れていってまで、魔物に変化させる意味はないだろうに」


「…………」


 話を聞きながら、隣に座ったモニカが唇を噛んでうつむいていた。

 彼女の身に降りかかった出来事を思えば、泣きださないでいられるだけでも十分に立派なことである。


「もちろん、何かの意図があるんだろうな……殺すのではなく魔物に変えて、手駒にでもするつもりだったのかもしれないな」


 俺は自分の考えを口にするが、内心ではこの推測は外れだと思っている。

 先ほどのレオンには理性らしいものが感じられなかった。いくら魔王といえど、配下にするのは難しいだろう。

 とはいえ……勇者であった男が魔物になってしまったのだ。今のレオンが暴れまわるだけでも、こちらにしてみれば大迷惑だ。

 人類側の陣営を荒らしたいだけの無差別テロのつもりで、レオンを魔物にしたという可能性もあった。


「バスカヴィル侯爵殿。魔物になった人間を元に戻す方法があるのか? 少なくとも、私は聞いたことはないのだが?」


「俺だってないさ。人が魔物になるだけでも異常なことだ。対処法なんて知るわけがない」


 ゲームではこんなイベントはなかったし、『ゼノン・バスカヴィル』としての知識にもそんな情報はない。

 つまり……レオンを助ける上では、俺のプレイヤーとしての経験はまったく役に立たないということになる。


「とはいえ……簡単にレオンを見捨てるわけにもいかないな。奴は勇者。魔王を封じられる数少ない存在だ。王都に戻ったらアイツを救い出す手立てがないか調べてみよう」


「ゼノンお兄さん……」


 モニカが縋るような目で見つめてくる。

 いなくなった勇者の代理としてモニカが使えることはわかったが……だからといって、レオンを見捨てるのも寝覚めが悪い。

 モニカのためにも、出来ることはしてやりたかった。


「そうか。ならば、バスカヴィル侯爵殿。王都にある大図書館を訪れてみると良い」


 クリスロッサが思い出したように、とある施設の名前を口にする。


「あそこにはスレイヤーズ王国が建国する以前の古い書物だってあるという。魔物化したレオン・ブレイブを救う手立てだって見つかるかもしれない」


「大図書館ねえ……確かに、あそこだったらヒントが見つかる可能性があるな」


 国内最大の図書館である『大図書館』には古い魔導書や魔物の記録が詰め込まれており、ゲームでも困ったことがあるとたびたび知識を求めて訪れる場所である。

 大図書館にいる『真の司書』は五百年以上も生きている大賢者。ありとあらゆることを知っていて、主人公のレオンを教え導いていた。


「ただし、あそこに入るためには国王陛下の許可が必要だったはず。公爵である私だって簡単には立ち入ることはできない場所だ」


「最初に王に会う必要があるか……面倒にならないと良いんだがな」


 ゲームでは、大図書館に入るために厄介なクエストをさせられた記憶がある。

 何度も失敗して、リセットを繰り返してようやく攻略したのだ。


「……スレイヤーズ王国はかつて伝説の勇者が生まれた国。多くのダンジョンを擁する戦士と冒険者の聖地だ。そして、そこを収める国王はかなりのクレイジー。平気で無理難題を吹っかけてくるからな」


 国王はゲームではほとんど登場しなかったものの、部下や臣下を通じてたびたび主人公に問題を押しつけていた。

 魔王が復活して世界が滅びるかどうかという状況で、魔王討伐に関係のない問題を主人公に押しつけてくるのだから、もはや頭がイカレているとしか思えない。

 大図書館への立ち入り許可を求めたとしても、そう簡単に首を縦に振ってくれるとは思えなかった。


「鬼が出るか蛇が出るか。一難去ってまた一難……最近、俺の人生はこんなのばっかりだな」


 ゼノン・バスカヴィルに憑依したことが悪いのか。

 それ以前に、『ダンブレ』というゲームの世界に来てしまったことが問題なのか。


 俺はうんざりと溜息をつきながら、国王にお願いごとをするための手段を考えるのであった。

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