第25話 晩餐


 アルテリオ公爵と面会、もろもろの事情説明を終えた俺はその足でホテルに帰る。

 ホテルに向かう道中、後ろをついてくるモニカはずっと無言。言葉を発することなく、うつむいていた。

 兄があんなことになって思うことがあるのだろう。俺も声をかけることなく、あえて無言で脚を進める。

 借りている部屋に入ると、そこにはすでに仲間達の姿があった。


「お帰りなさいですの! ご主人様!」


「うぐっ……」


 真っ先にウルザが駆け寄ってくる。

 腰に抱き着いて、グリグリと尖った角を押しつけてきた。


「帰りが遅いから心配しましたの!」


「……公爵と話し込んでいたからな。とりあえず、離れろ」


 ウルザの頭部を掴んで引き剥がすと、同じタイミングでススッとエアリスも寄ってくる。


「お帰りなさいませ、上着を頂戴いたしますね?」


「ああ、すまん」


 俺の上着を脱がせ、部屋に備え付けられたクローゼットに掛ける姿はまるで夫を出迎える新妻のようである。当然のように正妻面をしていた。


「ちょうど良いタイミングだったな。我が主。先ほど、ルームサービスの料理が届いたところだ。色々と話すこともあるだろうが……まずは座って食べようではないか」


 ソファの上に正座で座っているナギサが言ってくる。

 部屋の中央に置かれたテーブルには様々な料理が並べられている。流石は高級ホテルの料理だ。ルームサービスなんて大して期待もできないかと思いきや、見るからに美味そうなものばかりである。

 香ばしい匂いが鼻をくすぐってきて、腹が鳴って空腹を訴えてきた。


「腹が減っていたところだ。確かにタイミングが良いな」


「モニカも座るが良い。腹が減っては戦はできぬ……まずは腹ごしらえをしなければ、善事も悪事も何も成すことはできぬぞ?」


「……はい」


 モニカが小さく頷いて、ソファの一つにチョコンと腰かけた。


「さあさあ、皆さん召し上がりましょう! ゼノン様はワインでよろしかったですよね。モニカさんにはお酒はまだ早いかもしれませんが……今日は特別です。軽めの果実酒だったら飲んでも良いですよ!」


「……うん、ありがとう」


 この世界にはアルコールに年齢制限はない。

 エアリスに微笑みかけられ、モニカもそっと笑った。


 エアリスがテキパキと手際良く、人数分の飲み物を用意してくれる。

 場違いなほど明るい声を発しているのは、おそらく、落ち込んでいるモニカの姿を見て気を遣っているのだろう。

 俺達はしばし暗い状況を忘れて、食事を楽しんだ。

 まるでパーティーのように並べられた大量の料理に手をつけていく。


 ダンジョンでたっぷりと運動したおかげで腹が減っている。携帯食料では満たされることのなかった空腹を満足感が埋めていく。

 高級ホテルの料理に舌鼓を打ち、程良くアルコールを摂取して……宴もたけなわという段階になって、俺はようやく本題を切り出した。


「さて……それじゃあ、いい加減に今後の方針について話し合うか」


 本来であれば、真っ先に話し合うべきなのだろうが……モニカに気を遣って先送りにしていた。

 もっと時間を置いた方が良いのかもしれないが、何も決めないままに今日を終えるわけにはいかない。

 俺はワイングラスの中身を一気に飲み干して、その場にいる全員の顔を順に見やる。


「まずは確認だ。あえて聞くまでもないことだが……レオンは見つからなかったんだな?」


「…………!」


 モニカが息を呑んで身体を小さく震わせた。

 それでも、アルテリオ公爵と話していた時と比べると顔色はだいぶ良い。軽くアルコールを飲ませた甲斐があったようである。


「ああ、冒険者と手分けして探したが、近隣の森などには痕跡はないな。ただし……狩人が南西に飛んでいく奇妙な生き物を見たそうだ。おそらく、ブレイブのことだろう」


「南西か……どこかで捜査網に引っかかると良いんだが」


 アルテリオ公爵がすでに近隣の領主に書状を送っており、警戒を呼びかけていた。

 魔物化したレオンを見つけたら俺のところに連絡が来るようになっているため、目撃情報を待つしかないだろう。


「バスカヴィル侯爵家の人間も使って、可能な限り捜査網を広げるしかないな。今できるのはそれが精いっぱいだ」


 これはモニカに聞かせるための言葉である。

 猪突猛進な彼女が暴走して、勝手にレオンを探しにいかないように釘を刺しておく。


「目撃情報が少ないということは、裏を返せば人を襲ったりしていないということでもある。魔法をぶっぱなしてきたのは別として、この町の人間を襲うことなく飛んでいったことだし……もしかすると、人間の心が残っているのかもしれないな」


「……うん。レオンお兄ちゃんだもん。魔物になったって、簡単に飲み込まれたりしない。私はお兄ちゃんを信じる」


 モニカが小さく、けれどしっかりとした口調で断言した。

 かなり調子は戻ってきているようだ。これ以上の気遣いは必要ないだろう。

 気を遣うといえば……モニカとは別にショックを受けている人間がいたはずだ。


「エアリス、お前の方はどうだ? やはりウラヌスはショックを受けていたか?」


 レオンの幼馴染。ヒロイン三巨頭の一人であるシエル・ウラヌス。

 彼女は魔物化したレオンを見て、気を失うほど衝撃を受けていた。

 怪我人と一緒に治療院に運ばれていたが……あれから、大丈夫だったのだろうか?


「……ウラヌスさんはちゃんと意識を取り戻しました。しかし、『大丈夫か』と聞かれると頷くことはできそうもありません。ブレイブさんのことを追いかけようとするのを、メーリアさんとルーフィーさんが必死に止めていましたから」


 やはりシエルの方が精神の均衡を欠いているようだ。


「逆にスーとアストグロウは平気なんだな。まあ、二人の方が付き合いが短いからかもしれないが……」


「二人もショックを受けているようでした。ウラヌスさんほど酷くはなさそうですが……」


「ショックを受けるのは仕方がないとして……余計なことをしないと良いんだがな。下手に引っかき回されると、かえって困る」


「そうですね……無茶をしないと良いんですけど」


 エアリスが心配そうに表情を曇らせた。

 レオンパーティーのことは心配だが、今は自分達がどうするかを考えなくてはいけない。


「とりあえず……明日にでも王都に戻ろう。報告も兼ねて、王宮で国王に会う必要がありそうだ」


「あの……ゼノンお兄さん、ちょっといいかな?」


「ん……どうした、モニカ」


 モニカが言いづらそうに手を挙げる。

 一同の視線がモニカに集中した。


「わ、私も王都に連れていって! レオンお兄ちゃんのことを探したいの!」


 モニカがしっかりとした口調で、そんなことをお願いしてきた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る